第3話 崩壊の序章

 三人が雲の椅子に腰かけている正面には、オワコン王国の様子が映し出される画面のようなものがある。左からアルス、ミリア、ラミアの順で座っている。


「アルスの隣に座っていいのは私だけですからね!」

「別に今更勇者を取って食ったりする気は無いぞ?」

「というか俺、魔王ラミアが女だったなんて今知ったんだけど」

「お主は儂を倒す使命しか頭に無いようじゃったからな。討伐対象が男か女か等、気にする余裕も無かろう」


 ここで会話を切るように画面から盛大な歓声が聞こえ始めた。オワコン王国全体がついに平和になったと歓喜に満ちていた。

 勇者の存在はというと、騎士たちによる行進の最後尾にアルスの小さな遺影があるだけだった。


「勇者死んだってのに、めっちゃパレードするじゃん……。遺影を誰も気に留めてないし、皆薄情だなぁ」

「しかも勇者様は名誉ある戦死という扱いになっています、許せませんね」

「名誉って何なんだろうな……?」


 ため息交じりにアルスはぼやく。旅路ではそれなりに応援の声を貰っていたはずなのに、今や勇者に対する敬意は誰からも全く感じられない。ラミアが呆れ笑いをしながら言葉を続ける。


「名誉などというものは、人間の下らぬプライドが産み出した邪魔な存在じゃ。そんな物に拘り続けていては滅びるのも時間の問題じゃろうて」

「今から本当に滅びちゃうわけですからね!」

「説得力を自分で作っていくタイプの魔王……」


 ラミアの言葉に二人が感心している最中、一部の城壁が崩れる音がした。城門に魔物が集結して攻撃をしているようだ。しかしパレードは止まる気配が無い。


「む、既に攻撃を始めた部下がいるようじゃな」

「本当だ。……というか、思いっきり城門が攻撃されてるのに誰も気づいてないのおかしくない?」

「すっかりパレードに夢中ですね。門番も非番で誰もいませんし」

「阿呆の極みじゃのぉ……」


 危機が迫っているというのに、浮かれに浮かれている国民たちは全く気付かない。第三者的な目でこの光景を見ると何て滑稽なのだろう、とアルスはぼんやりと思っていた。

 彼に勇者として助けなければという使命感はもう微塵も残っていないようだ。


 城門が完全に破られるまでには時間がかかりそうなので、映像は周辺のとある村に焦点を当てた。アルスには見覚えのある場所だったのだが、気になる異変がその近くで起きていた。


「……ん? 村の近くに何か黒い靄が……」

「ああ、ベルフェゴールが襲撃の準備をしている所じゃな」

「ちょっと待て、ベルフェゴールって確か俺が最初に倒した幹部だよな。普通にいるんかい」

「勇者と戦う前に蘇生の用意をしておいたからな。倒された三日後には復活しておったわ」

「嘘だろ……命からがらで勝ったとき嬉し泣きしたのに……」

「備えは当然するものじゃろう。一度倒されただけで崩壊する組織など具の骨頂よ」

「ぐうの音も出ない……」


 勇者一人が勝てなかったら崩壊してしまう人間たちが、如何に下に見られていたかがよくわかる構図だった。ベルフェゴールが人に似た姿を現し、両手に何やら魔力を貯め始めた。


「村一つ程度、あやつの力であれば一瞬で灰に出来るじゃろう」

「マジか……。あの村、俺たちに割と親切にしてくれていたんだよな。滅ぼすのがちょっと心苦しいな……」

「アルス、実はあなたの宿泊費や購入した道具だけとんでもなく値上げされていましたよ。どうせロクに考えず払うだろうからって」

「ベルフェゴール君やっちゃってどうぞー」

「よーし、遠慮はいらぬ。ぶっぱなせー!」


 魔王の掛け声が通じたかのように、ベルフェゴールは強力な一撃を村に放った。



 ――それは、ほんの数秒の出来事だった。


 村一帯が吹き飛び、建物や田畑、住んでいた人々も闇の光に飲みこまれた。


 爆風が収まった頃には、全てが更地と化していた。


 かつてアルスが三日三晩魔物の群れから必死に守った村は、あっけない終焉を迎えたのだった。



「いや、一瞬過ぎて悲しむ暇も無かったわ」

「同情の余地はありません! さあ、この調子で次もお願いしまーす!」

「儂よりノリノリじゃのぉお主……。面白いから良いか」


 どんどんやっちゃってください、とミリアは更に囃し立てる。おいおい、と思うアルスもラミア軍の侵攻を止めようという気は全く無い。オワコン王国の崩壊を、嬉々として眺め続ける二人だった。

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