第2話 生と死の狭間で聖女と再会

「……ん?」


 毒矢で命を落としたアルスは見知らぬ場所で目を覚ました。体を起こしてみると、矢で射られたはずの傷が無くなっている。周囲を見渡すと、自分は空へ浮かぶ雲の上にいるのだと気づいた。


「え、なんだここ……?」


 雲の端から下を見ると、そこは自分がこれまで生きていたはずの王国が一望できる。どうしてこんな所にいるのだろうかと考える。そういえば自分が眠っている間、自分の魂の様な物が、何かに連れていかれるような感覚があった。


「そっか、俺は死んだんだったな。……あの国に、殺されたんだ」


 死の直前に見た光景を思い出した。激しい怒りがこみ上げて、吐き気を催してしまう。もうあの国なんか見たくないと王国から目を反らすと、後ろから女性がこちらに向かって走ってくるのが見えた。アルスはその姿に見覚えがあった。

 

「アルス! 気が付いていたんですね!」

「え、何故ミリアがここに?」

「もう、旅が終わってからも一緒にいようって約束したじゃないですか!」

「それはそうなんだけど、わからないことだらけでな。一体何をしたんだ?」

 

 聖女ミリア、彼女はアルスの旅を支え続けていた女性である。歳が近いのもあり、二人の仲は旅を経て唯一無二となっていた。


 旅を終えた後も共に過ごそうと約束していたが、殺された後すぐに会えると思っていなかったアルトは戸惑いを隠せない。そんなアルトの思考をよそにミリアは語り始めた。

 

「それはですね……禁呪を使って、貴方の魂を私の魂と共にこの場所に移しちゃいました!」

「禁呪!? それじゃあここは……」

「はい! 生と死の狭間、という他の干渉を一切受けない特殊な場所です!」


 ミリアは無邪気な笑みでそう言うが、禁呪を使ったり魂を移したりとかなり怖いことをしていた。状況を少しずつ受け入れ始めたアルトは、更に確認を進める。


「雲の下に見えるのは……」

「はい、私たちの元いたオワコン王国です。貴方と私を裏切った、最低な国です」

「そうか。やっぱり、俺を弓矢で射たのは……」

「はい、……王の命令によるものでした」


 ミリアの笑顔が曇り、怒りを手に滲ませる。アルトも冷静ではいられなかった。勇者として旅立つ前、国への忠誠を誓うよう王に頼まれた事を思い出す。

 王たちは旅が終わった途端に、アルトの忠誠を自らの利益のために踏みにじったのだ。到底許せる事ではない。思い返せば返すほど文句が出てくる。しばらくの間、二人は不満を口にし続けた。

 

「……しかし、あの弓兵殺意強すぎだろ……。毒液付けすぎて滴ってたし」

「魔王部屋の隅でコソコソと矢を毒の入った壺に二度漬けしていました。まさか勇者を射るためのものだったとは思っていませんでしたよ……」

「毒矢ってそんな揚げ串肉みたいな作り方だったの?」


 話している最中にミリアが作った雲の椅子に座り、まるでバカンスのようにくつろぎながら二人は話し続けた。文句を出していくうちに二人の気分は収まっていき、気づけば余生のような安らぎの時間を過ごした。


 アルスがこの後はどうするんだろう、と考え出したところで、ミリアは立ち上がりアルスに言った。


「アルス。ずっとこのままでもいいのですが、そろそろ始まるかと思いますので」

「ん? 始まるって何が?」

「私と共に、オワコン王国が滅びるのをゆっくりと見届けましょう!」

「え? あの国滅びるの? ……それは、見たいかも」

「ですよね! そう言ってくれると思っていました!」


 これが俗に言う愉悦という感覚だろうか、二人は生前にしなかった悪い笑みを浮かべた。


「ちなみに、滅びるってどんな感じなんだ? 国が自滅するのか? それとも新たな脅威が襲い掛かってくるとかか?」

「いや、儂の軍が全員復活して力で滅ぼす。慈悲は与えぬ」

「は? 魔王ラミア!? 復活って!?」

「決戦以来じゃの、アルスよ」

「ラミアさんには解説役で来てもらっちゃいました!」

「えぇー……」


 魔王ラミアとの再会にアルスは思わず身構えた。しかし戦う理由はもうないと気づいた後、大人しく椅子に座りなおした。ラミアも戦うつもりじゃないようでカラカラと笑っていた。


 こうして勇者と聖女、おまけに魔王も含めた三人で『オワコン王国が滅びるまで』を見届ける時間が始まった。

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