第16話 ※視点変更

「ふぅ……やっといなくなってくれたか」


 私――アダム・ヒューゴーは、可愛い娘をかどわかした憎き男から受け取った離婚届を見つめ、ためいきをついた。


「もう二度と奴の顔を拝むこともあるまい」


『離婚でも何でもします、どうか私物だけは返して下さい』


私に訴えながら、震える手で離婚届にサインをしていたカール。

奴め……半べそをかいていたな。いいざまだ。


あの時の情景を思い浮かべ、笑みが浮かんだその時。


「ヒューゴーさん、どうやら我々は必要なかったようですね」


警察官が声をかけてきた。


「はい。どうもわざわざご足労頂き、ありがとうございます。ですが、本当は暴れて欲しかったのですけどね。そうすれば彼を逮捕して頂けたのに。おっと、今の話は聞かなかったことにして下さい」


私の話に、他の2名の警察官が笑う。


「ええ。もちろん、ここだけの話ですね」

「聞かなかったことにしておきますよ」


声をかけてきた警察官が帽子を取って会釈してきた。


「では、我々はこれで失礼致します」


「ありがとうございました。感謝致します」


私も礼を述べると、3人は帰っていった。


「ヒューゴー様、それにしても中々しぶとい男でしたね」


「往生際が悪すぎましたよ」


去ってゆく警察官たちの背中を見届けていると、入口を固めてくれていた使用人達が話しかけてきた。


「ああ、全くだ。大柄なお前たちがいてくれて助かった。カールの奴、怯えて震えていたじゃないか」


私の言葉に、彼らは首を振る。


「いえ、彼が怯えていたのは俺達じゃないですよ」


「そうです。旦那様の迫力が凄かったからですとも」


迫力か……。


「まぁ確かに大切な娘をあの男から引き剥がす為に、こちらも負けてはいられないからな。甘い態度を取っては舐められてしまうだけだ。何しろ奴は口がうまくて図々しい。だからエリザベスはたぶらかされてしまったのだからな……」



私は、当時のことを振り返った――


****


 エリザベスとカールの出会いは、若手青年実業家達が集まって開催した親睦会がきっかけだった。

そこで二人はたまたま出会ってしまったのだ。


口のうまいカールは世間知らずのエリザベスに近づき、甘い言葉であっという間に虜にしてしまった。


だが、どうにもあの男が信用できなかった。

だから私も妻も二人の結婚には猛反対した。何しろ、大切な一人娘なのだ。いい加減な男の元に嫁がせるわけにはいかない。

けれどエリザベスは聞き入れようとしなかった。挙げ句に、結婚を認めてくれないのなら死んだほうがマシだと泣き出したのだ。


大切な娘を死なせるわけにはいかない。

そこでやむを得ず、二人の結婚を認めることにした。だがエリザベスを完全にあの男に託すわけにはいかない。


そこで結婚に条件をつけることにした。

婿養子に入ること、財産はエリザベスと我らが全て管理すること。そして会社の名義人を私に変えること。

この3つだ。


これだ条件を出せば、あいつはエリザベスから離れていくだろうと思った。

だが、あの男は驚くべきことにこちらの出した条件を全て飲んだのだ。

そこでやむを得ず、二人の結婚を認めることにしたのだった。



エリザベスはカールと結婚できたことを大喜びしていたが、私と妻の心中は穏やかでは無かった。

何としても、あの男から娘を守らなければ。


そこで、私は手をうつことにした。

所有する別宅を与え、信頼できる使用人達を配置させることにしたのだ。

さらに奴から買い取った会社の規模を大きくする名目で、使用人達を社員として奴の会社に潜り込ませた。


これで、あの男は屋敷内でも会社内でも監視される立場となった。

だが、愚かなカールは何も気づいている様子は無かった。


恐らく、貴族の仲間入りが出来たことで嬉しかったのだろう。

婿養子のくせに、身の程知らずもいいものだ。


その証拠に、カールはすぐに許し難い罪を犯したのだ。


『浮気』という、重い罪を――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る