第15話

 俺は大きく深呼吸した。


「お義父さん!」


「お義父さんと呼ぶな!! 図々しい奴め!」


「す、すみません!!」


倍以上の大きい声で怒鳴られ、思わず萎縮しそうになる。


「お前のような男に、お義父さんなどと呼ばれる筋合いはない!」


「で、ではヒューゴー子爵と呼ばせて下さい。ヒューゴー子爵! どうしても私を出入り禁止にすると仰るのでしたら、言う通りにいたします。ですがその代わり条件があります!」


「何……? 条件だと?」


義父の眉がピクリと動く。


「はい、そうで……」


「馬鹿者!! まだ自分の立場を理解していないようだな!! お前のようなクズが条件を言える立場だと思っているのか!!」


鼓膜がビリビリ震えるほどの大声で怒鳴る義父。


「ク、クズ……?」


言うに事欠いて、まさか自分がクズ呼ばわりされるとは思わなかった。

しかも、こんなに大勢の見ている前で。流石にこれはショックが大き過ぎる。


「ああ、そうだ。クズをクズと呼んで何が悪い」


義父は腕組みしたまま、微動だにしない。


「くっ……」


思わず、唇を噛みしめる。

だが、こんなことぐらいで挫けてなるものか。これでも俺は若くして一代で事業を起こした社長だ!

おまけに、義父の言われるまま出ていけば……何もかも失ってしまう!!


「そのようなことを仰らず後生ですから、どうかお願いします。この通りですから」


こうなったら下でに出るしか無い。恥をかきすて、情けないほどに何度も頭をペコペコ下げる。


「ふん! まぁ良い。聞くだけ聞いてやろう。お前が出ていく条件を言ってみろ」


やった! 俺の誠意が伝わったようだ!

下でに出て正解だった。


「はい、でしたら私物を全て引き取らせて下さい。会社にある私物と、屋敷にある私物全てです。着の身着のまま追い出されては露頭に迷ってしまいます。私物まで取り上げるのは、あまりに無慈悲ではないでしょうか? 私物の持ち運びの許可と、荷物整理に時間を下さい。5日……いえ、せめて3日。いかがでしょうか?」


情に訴えるように話せば、少しは聞く耳を持ってくれるかもしれない。

何とか出ていくまでの数日間、時間を稼ぐんだ。

そして、その間に信頼を取り戻せれば……うまくいけるかもしれない。


義父は少しの間、考え込む素振りを見せたが……やがて頷いた。


「……いいだろう」


「え!? 本当ですか!?」


まさか、俺の作戦が成功したのか?


「住むところが決まり次第、住所を教えろ。お前の私物を郵送してやろう。それまでは預かっといてやる」


「え!?」


まさか、そう出てくるとは思わなかった。


「だが、こちらもタダでは出来ない。なのでこちらの条件も出そう」


「ど、どのような条件……でしょうか……?」


背中を嫌な汗が伝う。

すると義父がニヤリと笑い、懐から二つ折りにした書類を取り出した。


「これにサインをしてもらおうか?」


「サ、サイン……?」


まさか……果てしなく嫌な予感しかない。


「そうだ。言わずとも分かるだろう。既にエリザベスの署名は入っている。後はお前が署名するだけだ! さぁ! とっとと離婚届にサインしろ! さもなくばお前の私物は没収だ! どうせ、我らが与えた金で買い集めたものばかりなのだからな!」


義父が眼前に突きつけてきた離婚届には……エリザベスの名前がしっかりと記入されていた――


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