世界が何度ひっくり返っても
野森ちえこ
詐欺だとばかり思ってた
まったく、この世は不思議がいっぱいだ。
いつなにが起こるかわからない。
人生は謎に満ちていて、ある日いきなり世界がひっくり返ったりする。
この一年くらい、そんなことを実感させられてばかりだ。
もうちょっとやそっとじゃ驚かないんだから! なんて。
いったい誰に向けての対抗心なのか、腹立ちまぎれに決意してみたりしたこともあったけれど、土台にあるのはうれしい、しあわせな気持ちだったりするから締まらない。
そんな今日このごろ。
わたしは、高校時代からの友人である
彼女は非常にだまされやすい。
今どき誰もひっかからないだろうと思うような手口に度々ひっかかっては、怪しい壺とか、どう見ても安物のガラス玉とかを買わされている。
少なくともわたしにはそう見えていた。
しかし、彼女自身はそう思っていない。
相手のセールストークに流されたわけではなく、自分がしっかり納得したうえで購入したのだからなんの問題もないというわけだ。
そういわれてしまえば他人が口をだすことではないのかもしれない。けれど、やはり友人としては気にかかるわけで、いつか莫大な借金でも背負わされるのではないかとヒヤヒヤしている。
そんなわけで、たまたま用事で近くまできたこの日、ふと真保が暮らすアパートをたずねてみようかと思い立ったのだ。
天気もいいし、気分もいい。このまま帰るのはもったいない。
平日の昼間であるが、彼女はテレワーク中心のWebデザイナーである。スマホを鳴らしてみればやはり在宅していた。
真保の好きなシュークリームを購入していざ突撃! である。
「
「ひさしぶり〜。元気だっ……」
玄関のドアがあいた瞬間、思わず言葉が止まった。ついでに呼吸も止まった。
——わたし、疲れてるのかな?
ちいさな、手乗りサイズの女の子(動いてる! 足をぷらぷらさせてる!)が真保の肩にちょこんと座っている。
さらに真保の背後には着流し姿の大柄な男性の姿が見えるのだけど、なんか微妙に透けているような。
「三恵ちゃん?」
これはいったい。
混乱に絶句していると、今度は足もとから声がした。
「もしかして、おねーさんウチらのこと視えてるん?」
前髪ぱっつん、おかっぱ頭に振袖という市松人形そのものみたいな風貌の女の子がこちらを見あげている。くりくりとした目がかわいらしい。……じゃなくて!
「え、うそ。三恵ちゃん、まさか」
「み、みえてるっ! ていうかなに! この、この……!」
あわあわと目と指を泳がせてしまう。
「お、落ちついて三恵ちゃん! 悪いひとたちじゃないから大丈夫。とりあえずあがって。ここで騒いでたら近所迷惑になるから」
✫
「ええと、つまり、真保が今まで買ってきた怪しげなモノはみんな、こういう……ひと? たちの依り代だったってこと?」
「そういうこと」
ざっくり説明されたところによると、さまざまな事情から人間界にとり残されてしまったはぐれ妖怪やら精霊やらを本来あるべき世界に帰すのが真保のもうひとつの仕事なのだという。代々受け継がれている家業なのだとか。
にわかには信じがたいが、実際に今わたしの目のまえにいるのだから否定のしようがない。
生身を持たない、エネルギー体である彼らが人間界で自己をたもつためには依り代が必要で、一度えらんだ依り代からは遠く離れることができない。つまり、移動するためには依り代を物理的に動かす必要があるわけだ。しかしエネルギー体である彼らにはその力がない。そのため、帰りたくとも自力では帰ることができない。ということらしい。
ものすっごくがんばれば多少は依り代を動かすこともできるらしいが、目的地につくまえに怪奇現象だと騒ぎになるのがオチだという。まあそうだろうなと思う。
「それにしても三恵ちゃん、どうして急に視えるようになったの?」
「そんなのこっちが聞きたいよ!」
真保の部屋には何度もきているが、これまでは視えるどころかその気配すら感じたことがなかった。だからこそ真保は、わたしの来訪にも彼らを隠すような対策をしなかったのだろう。
はからずも霊感ゼロだったことが証明されたわけだが、それがいったいどうしたことか。
「そのコのチカラじゃないのん?」
そういってわたしのお腹を指さしたのは、市松人形を依り代にしている
「そのようだな」
楓ちゃんの言葉にうなずいているのは、角帯を依り代にしているという青年、
「え……もしかして三恵ちゃん、妊娠してんの!?」
「あ、うん。ちょうど今日、病院行ってきたとこ」
「やだもう、はやくいってよ! うわあ、おめでとう!」
「……ありがと。へへ」
依り代ショックでふっ飛んでいたよろこびがジワジワともどってくる。が、ちょっと待って。
「てことは、この子には霊感があるってこと?」
「今は、かな。赤ちゃんて、それこそ目には見えないおおきな力、宇宙とか神さまとか、そう呼ばれるようなエネルギーと純粋につながってる状態だから、赤ちゃんのときはみんな多かれ少なかれ霊感といわれるものを持ってるのよ。だいたいは成長とともに消えていくから、先のことはわからないけど」
そういうものか。ということは、今は赤ちゃんをとおして、わたしもそのおおきな力とやらとつながってるってことか。
赤ちゃんの影響だとすると、これもつわりの一種なのかしら。なんて、ふとアホなことを考える。
「ご主人! あちき、おなかすいたの! おめめグルグルなの!」
突如として空腹を訴えだしたのは、手乗りサイズの女の子、
「お話おわるの待ってたの! いいこなの!」
「あ、そういえば、おみやげ買ってきたんだった。シュークリーム、たべる?」
「たべるの! ご主人のお友だち、いい人なの!」
真保が持ってきたお皿にひとつシュークリームをのせてやる。と、手乗りサイズの結華ちゃんが、こぶしサイズシュークリームに全身でかじりついた。
なんというか、非常にファンタジーな絵面である。
真保いわく、彼らがたべるのは『概念』だから、物理的にたべものが減ることはないのだという。お供えみたいなものだと思えばいいらしい。
まったく、この世は不思議がいっぱいだ。
三十歳を目前にして、きっとこのままずっとひとりなんだろうなと思っていたわたしが、出会ってわずか半年でスピード婚したとか。そして新婚三か月で妊娠したとか。
詐欺にあっているとばかり思っていた友人がじつは、怪異と呼ばれるものたちをたすける仕事をしていたとか。
「そういえば、あるべき世界に帰すって具体的にはどうやるの?」
「入り口がひらくタイミングがきたら、そこに持っていくっていうか、連れていくだけだよ。入り口があるのは、人がほとんどこない山の中とかだから依り代がおおきいとけっこう大変なんだけどね」
「壺とか?」
「壺とか」
どちらからともなく笑いだしてしまった。
まだまったいらなお腹に手をあてる。
まったく、この世は不思議がいっぱいだ。
だけどきっと、これから世界が何度ひっくり返ってもわたしたちは笑っていられるような気がする。
驚いて、たまに泣いて、時々は怒って、そしてまた笑うのだ。
ねえ、赤ちゃん。あなたもそう思わない?
(おしまい)
世界が何度ひっくり返っても 野森ちえこ @nono_chie
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