メモ書き

男の胸ぐらを掴んで壁に叩きつけた。

「俺の友達ダチはどこだ」

「テメェの知った事かよ!」


男の口に指を突っ込み、奥歯の横を強く押した。

うめく声。


「すぐ横に鼻の穴がある。骨の厚みはせいぜい1、2ミリ。あと一押しすれば、鼻の奥までぶち破れるぜ」

歯が鳴る振動を指が感じた。


上顎洞側壁骨は薄いが、指で押して穴を開けれたりはしない。

嘘は真実に混ぜる事で信憑性を持つのだ。


私は耳鼻咽喉科医だ。





夫婦喧嘩のたびに妻は、離婚裁判、財産分与、慰謝料という言葉を口にした。

夫婦間の信頼など冷め切っている。


まさか誘拐されるとは。

神様も粋な事をするものだ。

俺は何もせず、誘拐犯からの電話を無視すればいい。

ありがとうよ。

俺の手間が省けた。


シェリーのボトルを掴んで煽った。

手の甲で口元を拭う。


胸の中で、何かが破れた。

自分とは違う別の何かが衝動として溢れ出してくる。


流しにボトルを叩きつける。

空気を割くような衝撃音と共にボトルが砕け散った。


俺は搾取され続けてきた。

妻の次は見知らぬ男逹だ。

ニタニタ笑いながら。

悔しくないのか。

尊厳がけだもののように腹の中を暴れまわった。

頭の血が引くように冷めていく。


バルコニーのボックスを開ける。

鉄パイプ。

ガス給湯器の修理の後、残されたものだ。


振る。

ひゅっと音を立てる。

錆だらけの感触が今の俺に馴染んでゆく。

折り返し、電話をかけた。




あとどの位、維持してくれるか。

頼む、ゴールまで持ちこたえてくれ。

祈るような気持ちだった。

そのゴールは、どこにあるのか分からない。

激しく汗だくの全開走行。

全ての経験とテクニックを駆使する。

それは自分とは違う、別の何かのように力強かった。

そのSS(スペシャルステージ)は全開走行、一時間であった。

よくやった。

力尽きた、それに声をかけた。

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