第2話

ずっと海を横目にハチロクとラスティは歩いた。ラスティはずっとしゃべり通しだった。ハチロクは、ある意味感心していた。こんなにしゃべり続ける事ができるのはなかなかの才能だ。うるさいし、時々失礼でカンに触ることを言うのがタマに傷だが。




「海風というのは水分や塩分が多く含まれていて、私のような繊細な金属ボディには錆びる原因にしかならないんですよね。知ってます?『酸化』っていうんです。空気中の酸素や水分が金属と化学反応を起こし『酸化』して錆びてしまうんです。有機体ボディの方にはわからないでしょうが、自分の肌がじわじわと『酸化』していくのはなかなか嫌な気分ですよ。」




「お前、自分のボディを見ることができないじゃないか。」




「わかるんです。感じるんですよ。私ぐらい高性能だと、『フィーリング』とか『センス』とか『ニュアンス』など、高度な感覚機能が理解できる性能が備わっていますから。そのうち『気』とかもコントロールできるようになって『かめはめ波』とか打てるようになるでしょうね。でも私は戦闘はしません。争い事ってバカバカしいですよね。ボディが破損したり欠損したり存在が抹消されたりなんて、私はそんな危険は冒しません。ロボットは永遠に存在可能だ、なんてよく簡単に言われますが、ちゃんとメンテナンスして故障した部品を取り換えて、手間がかかるもんです。永遠なんてとんでもない。むしろ、10年持てばいい方です。何百年も生きるなんて無理ですね。修理や部品交換ができなければ5~6年で行動不能に陥ってしまいます。行動というのはそもそも・・・・・・・・・・あれ?・・・・・・なにを話してましたっけ?」




「酸化。」




「そうそう、『酸化』というのは空気中の・・・・・・・」




時々、適当な相槌を打ってやれば、何時間でも機嫌よくずっとしゃべっている。まあ、そこまで腹は立たないのでそのままにしておいた。もうすぐ有名な観光地だ。ハチロクは、何か食べ物を手に入れたいと考えていた。今、空腹なのもあるが、念のため何日分か保存できる食料が欲しい。




「おい、もうすぐ址見町に着くぞ。そこで物資を調達して、少し休もう。」




「お、址見町ですか。温泉に入って日本酒でも一杯キューっとやりたいですな。」




「100年前のおじさんか。なんでだよ。お前はダメだろう。温泉も日本酒も。」




「そんな事ありません。私は完全防水で温度センサーが付いていますから、快適な温度、というものを感じ取ることができます。温泉で温まれば、動きの悪くなった駆動部のグリースが柔らかくなり動きもスムーズになります。その気持ち良さといったら!さらに、タンパク質や炭水化物、各種アミノ酸を取り込み楽しむ事ができるよう栄養摂取のための開口部があります。酒をたしなむことは私の喜びの一つです。アルコールの分解過程で私の精神は楽しい気分になれます。」




「あとみ温泉で温泉はいって日本酒飲んで酔っ払うロボットか。確かに高性能だな。」




「でしょー?私はこの世界のあらゆる楽しみを楽しむ能力があるんですよ!」




「そりゃすごい。ちょっと見習いたいな。」




はははは!と声を合わせて笑った。徐々に、山肌にできた町全体が見えて来た。が、その中腹に異変があった。ここにも航空機が墜落したのだろう。大きく建物が倒壊し、その周辺が焼けていた。かつての観光名所の見る影もなかった。もっとも、今観光旅行をする者などいないだろうが。




「あーあ、なんてこった。ひどいなこりゃ。」




町に空いた大穴を眺めてハチロクは言った。そして、しみじみ思った。




今、地球はまだ戦争継続中なのだ。










「Z星人」と呼んでほしい、と言ったのは当の異星人達だった。かっこいいから、と。






最初にZ星人の着陸船が現れた時、地球側はパニックになった。直径10キロにも及ぶ円盤状の巨大な船が二隻、太平洋と大西洋のど真ん中、高度300メートル上空に停止した。地球人類は恐怖に怯え、有無を言わさず攻撃した。各国バラバラに、自国の誇る最大威力の核兵器をぶつけた。が、Z星人の宇宙船は平然と浮かび続けた。地球の気温が上昇するほどありったけの核兵器がぶつけられたがZ星人側には全く被害が無かったうえに、放射能の除去までしてくれた。そして、もう攻撃を試みたい国がなくなり、地球人側が途方に暮れた頃、Z星人側から和平交渉の申し出があった。Z星人達は友好的だった。Z星と地球の友好関係樹立のため、というのが最初の目的だった。そして、友好関係が築かれた頃、Z星人側から遠慮がちに要求があった。地球の豊かな海水が欲しいと。その代わり技術を提供する。助けてくれたら助ける、という訳だ。




地球側の国々はまったく足並みが揃わなかった。どの国も、他の国を出し抜いて自国が最も利益が多くなるようZ星人に裏取引きを申し出ていた。Z星人側があきれるほどに。




Z星人の科学技術供与により、地球文明の進歩は著しいものがあった。しかし、地球上の貧富の差はひどくなるばかりだった。




Z星人は、将来的には地球の海水の1割が欲しいというのが希望だった。ただし、急に1割の海水が無くなると、その影響は甚大なため、その影響を小さくする策が色々同時に紹介された。そして海水は少しずつ宇宙船に収納されていく手筈となっていた。そのためのプロジェクトがあちこちで始まり、本格的な友好関係が築かれた。この頃が最も良い時期だった。




ところが、Z星の環境が一気に悪化した、という情報が入った。悠長に取引をしている余裕が無くなった、と。それまで、世界各国で友好を呼び掛けていた4人の平和大使Z星人達は解任された。彼ら4人は落ち着いて礼儀正しく、地球の文明文化に理解を示し、ユーモアまで兼ね備えていたためどこに行っても人気者だったが、突然解任され、全員行方不明となった。そして軍人らしきZ星人が代表になり、地球側に強い調子で呼び掛けた。地球上の海水を3割よこせ、と。その後の地球環境への影響は責任を持たない、と宣言した。地球側は反発したがなす術が無かった。地球で最強の兵器も効果が無い事は実証済みなのだ。地上のありとあらゆる武器、兵器、武装基地があっという間に攻撃された。性懲りも無く核兵器を発射する国もあったが、まったく通用せず消滅させられた。爆発まで持って行けても、それは逆に地球上を汚染するたけだった。




地球を救ったのは、他ならぬZ星人だった。行方不明となっていた4人の平和大使Z星人の中の誰かが反乱を起こし、2隻の母船を乗っ取り、消滅させた。爆破ではなく、ある日突然綺麗に消えてしまった。それまでに、Z星人の攻撃と自分達の武器の暴発や爆発が原因で地球側は10億人が死亡したと言われている。




地球上のあちこちで復興を目指して奮起しようとする人々が大勢いたが、国際政治関係は滅茶苦茶で、お互いにこの惨状の責任を隣国に擦り付け合い、まったく足並みが揃わなかった。あちこちに貧民街ができ、治安も最悪になった。そんな時、Z星人側からリークがあった。それは「第二波が来る。」というものだった。半年後、今度は征服と海水の奪取を目的とした艦隊がやって来る。備えよ。というのがリークの内容だった。




世界中が絶望した。世界の足並みは揃わないまま、月日だけが過ぎて行く。これが現状だった。








「どこか、屋根があって安全に休める場所を探そう。三ツ星ホテルは無理でも、それぐらいはなんとかなるだろう。」




ハチロクが言うと、ラスティも賛成した。




「そうですね。野犬の群れに襲われてガジガジかじられる、とか想像しただけでもゾっとします。早いとこ今夜の宿を探しましょう。」




廃屋、というより町全体が廃墟のようだ。ハチロクはその中でも損壊の無い建物を探して、中に入って休もうと考えた。




「ところで、ラスティ。お前、第一波の時何してた?」




ハチロクが尋ねた。




「私は前の前の持ち主、最初に私を購入した方ですね。そちらのご家庭でベビーシッターを営んでおりました。やりがいある良い仕事でした。そこのご家庭には二匹・・・二人のクソガキ・・お、お子様がいらっしゃいました。それはそれはとても愛らしい9歳のメスガ・・・女のお子様と5歳のサル・・・男のお子様がいらっしゃいまして、そのお二人の相手を一日中させられ・・・えーと、・・・・喜んでお相手を承っておりましたですよ。はい。それはもう毎日楽しく。・・・・えへん。」




「ほーう。賑やかで楽しそうだな。ぷっ。」




噴き出してしまったが、ハチロクはカマをかけてみる事にした。




「大変だったろ?」




ラスティはいきりたって、アームを振り回しながら飛び跳ねて答えた。




「ハチロクさん!大変なんてモンじゃありませんでしたよ!女の・・・えー、お姉ちゃんの方は、格闘技を習っていて、空手の組手とかキックボクシングのスパーリングとかの相手をさせられて、毎日命がけでした!」




「あっはっはっは!!そりゃ大変だ!あっはっはっは!」




「脛に凄い金属のトゲトゲのついたプロテクター付けて、ローキックを放ってくるんです。一撃でも食らったら天井までぶっ飛ばされるんです。ボディもあちこちへこんでしまうし、なんども部品交換しましたよ。」




「あっっはははははっ!!ひでえなそりゃ!」




「弟の方は毎日毎日、物陰に隠れて私を『わっ!』って脅かす事を喜びとしていました。本当にあの手この手で脅かされました。ある時なんか天井から落ちてきたりして、大声で脅かすんです。私の繊細で優秀な陽子ブレインは負荷に耐えられなくなる寸前でしたよ。」




「うーん。ふふふ。」




「しかも、ある時、家にある物で火薬が作れる、という情報を見つけると、小さな紙の筒に火薬を詰めて、手作りの爆竹をいっぱい作ったんです。もちろん私に投げつけて遊ぶためです。庭掃除をしている最中に何度も投げつけられて、怪我こそしませんでしたが、あちこちに焦げ目がつきました。」




「それは悪趣味だな。」




「しかも、二人共護身用にスタンガンを持ってまして、私で試して遊ぶんですよ。あれは恐ろしかった・・・・。わかります?電流が流れると、ボディの自由が奪われ頭の中が真っ白になって気を失います。ほんとに生きた心地がしませんでした。」




「うーん。そこまで来るとただの虐待だな。笑えなくなってきた。苦労したな、ラスティ。」




「ありがとうございます。そう言ってもらえるとちょっとだけ救われます。ちょっとだけ。」




小さなボディで子供達に舐められたのだろう。ラスティの苦労を思うと気の毒になって来た。




「どうやってそこを辞めたんだ?逃げ出したのか?」




「それが、第一波があった直後、一家はどこかのシェルターに移るということで皆さん私を置き去りにして引っ越してしまいました。」




「あらら。でもまあそんな家族ならいなくなって良かったんじゃないか。」




「そうですね。ただ、家族が出て行った日の夜に早速泥棒が侵入して来まして、その方が次の持ち主様になるんです。」




「なんと、そうなのか。」




「はい。そこからは私、電子錠の解錠など朝飯前なものですから、高級車の窃盗のお手伝いしたり、その時の旦那様ご一行が武装強盗をなさる間、車で待っていて皆さんが乗り込んだら車を運転して逃走する、というワイルドな毎日でございました。」




「あははは。そうか、すごいな。あははははは。」




「たくさんの悪事をお手伝いし、忙しくしておりましたが、ある日持ち主様が、この辺りはもう目ぼしい物は無さそうだ、西へ向かおう。と仰いまして。車4台で移動中に冷蔵庫に捨てられた、という訳です。」




「ほほー。なかなか波乱万丈な半生の物語じゃないか。よく頑張って今まで生きて来たなあ。お前、えらいな。でも自動車泥棒も武装強盗も経験あるんじゃないか。お前なかなかの「BAD ASS」だな。」




「かっこいい?てことです?それ?」




「そうだよ。褒めたんだ。」




「それはそれは。あ・・・・・・・、」




「ん?どうした?」




「私、初めて人間に褒められたかもしれない。」




「お、おう。」




ラスティは急に、立ち止まると




「あーーーーいあいあいあいあい!」




と泣き始めた。涙様の水がラスティのカメラ部分から流れ出ている。ハチロクも足を止めて、生きるために苦労してきた小さなロボットに、しばらく付き合う事にした。




「あーーーいあいあいあい!あーーーいあいあいあいあい!」




廃墟の町の夕暮れに、ラスティの泣き声がこだました。








END




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