月は輪となり輝きて

@yumeto-ri

第1話

見通しの良い海沿いの広い道路の端を、初老の男は歩いていた。作業服に作業ズボン、軽装だが旅慣れた様子だった。


歩いて移動すること自体、年齢のせいもありかなり負担を感じる。ごま塩頭の男は、「ふっふっ」と規則正しく呼吸をしながらずっと海沿いの街道を歩いていた。学校や公園が街道に面していくつもあった。大き目の公園では子供たちが親の目から離れないよう気を付けながら、奇声を上げて走り回っている。まるで昔のようだ。平和なもんだ、と男は思った。良い天気だった。青々とした空に少しだけ千切れ飛ぶ白い雲。白く欠けた月が見える。


「この辺りはほとんど被害が無かったようだな。」


追いかけっこをしたり取っ組み合ったりする子供達を眩しそうに眺めながら、男は足を止めた。公園の敷地内、家族たちにあまり近づきすぎない場所にベンチを見つけて座った。背負っていたリュックから水筒マグを取り出し、アイスコーヒーを飲んだ。街道沿いはかつて観光地だった都市が多く、人口が減った今は訪れる人も減り、余計に元観光地の寂しさが際立った。大都市は廃墟と瓦礫の破壊の悪夢の場所となっていた。しかし、都会から離れると、昔ながらの生活に溢れている。子供達のはしゃぐ声は、男の心を和ませた。その場を少し離れて、木陰に入り周囲に誰も居ない事を確認してタバコに火を付けた。


沖の方に巡洋艦だか戦艦だかの舳先が上向いて突き出ていた。近くの港へ逃げこもうとして間に合わなかったのだろう。タバコをくゆらせながら、しばし眺めていた。


タバコの火を消し携帯灰皿にしまいこむとまた、歩き始めた。


Z星人は武器や兵器を徹底的に破壊した。だが、彼らは人間を直接攻撃することは無かった。世界中でそうだった。Z星人が直接攻撃したのは武器、兵器のみだった。だが、武器、兵器の使用者や搭乗者は巻き添えを喰う形で結局大勢が亡くなった。船を破壊することで搭乗者達は大勢死んでしまったことだろう。実際、10億の人類が武器や兵器、原子力発電所などと共に消滅したり、爆発で死亡したりしている。


しばらく行くと、巨大なクレーターが見えて来た。大型輸送機らしき航空機が墜落したのだろう。それらしき残骸があちこちに見える。墜落した際、積載していた爆弾が大爆発を起こしたのだろう、地面が何重にも抉れている。そこら中に大きな金属板や砕け散ったガラス、ワイヤーや壊れた機械類、操作パネルなどが散乱していた。さらに、壊れた自転車や古い冷蔵庫、使えなくなったであろうバッテリー、黒や青、白い半透明のゴミ袋に一杯に詰まったゴミ。生活ゴミや粗大ごみが投棄されて一面ゴミの山だった。何か使える物は無いかと、ゴミを漁っている者が何人もいる。男は投棄され転がっている物を眺めながら歩いた。エアコン、洗濯機、ガスコンロ、タンスに扇風機にオートバイ、どれも修理などできそうもないくらい壊れている。男もいつしか使える物はないかとゴミ山を眺めながら歩いた。


「・・・・けて・・・」


「・・・たすけて・・・・・・・たすけて・・・・・」


かすかに聞こえる。助けを求める声だ。男は目を凝らした。


「たすけて・・・・・・たすけて・・・・」


冷蔵庫が何台も積み重なっているあたりから聞こえてくるようだ。男は近づいてみた。扉が閉じた冷蔵庫がある。


「・・たすけて・・・・・たすけて・・・・」


生きた人間ではないようだ。規則正しく聞こえる。これと思われる冷蔵庫の蓋を開けてみた。


「ああ、良かった・・・・たすけて・・・・たすけてください・・・・・」


サッカーボール大のロボット、通称『ビートル・ヘッド』だった。甲虫の頭部分のようなデザインで、細い特殊アームが内蔵されていて、家庭用電化製品、特に半導体の基板の修理を得意とするロボットだ。球になった駆動部分が回転し、好きな方向へ移動できる。


「悪い人間に閉じ込められました。もうすぐバッテリーが無くなります。ここから出して太陽光に当てて下さい。自分で充電できますから。」


重さは10キロほどだろうか。持ち上げて取り出そうとしたが、金属製の鎖で操作アームの駆動部が冷蔵庫の扉にがっちり固定されていた。


「んー、これじゃ助け出すのは難しいな。」


ガチャガチャと鎖を鳴らしながら思わず男はつぶやいた。何か、金属を切断できる物を持っていただろうか。男腕組みしながらは自分の持ち物を思い返してみた。


「早くしてくれますか?バッテリー切れちゃうって言ってるでしょ?」


横柄な態度に男はムっとした。


「お前、態度悪いなあ。助けるのやめようかな。」


「ああっ!待ってウソ冗談。ごめんなさいすみません!助けてください!なんとかしてください!」


変な奴だ。そういえば、と男はリュックを降ろすと、中から金属ヤスリを取り出した。


「時間がかかるが仕方ない・・・・。おい、ちょっとじってしてろよ。今鎖を切ってやる。」


「ああっ!ありがとうございます!あなたのような優しい方に出会えるなんて、今日はなんと愛らしい日なのでしょう!あなたは私のゴータマシッダルタ!感謝いたします!でも急いで!ほらほら!」


ちょっとカンに触る奴だが、仕方ない。ギーッギーッギッとヤスリで鎖を切りにかかった。


「ところでお前、どうしてこんな目に会ったんだ?」


ギーッギーッとヤスリをかけながら聞いた。


「私はかなり高性能なため、前のご主人様には難しい会話を試みてしまったようでして。あまり程度のよろしくない知性のオーナー様ですと、哲学的な寓意を含んだ会話というのは、なかなか答えることができないのですね。いきなりお怒りになって『もういい!お前なんかいらない!』などと仰いまして、私を閉じ込められたんですよ、これが。あなたちゃんと作業してます?集中してくださいね。」


「・・・・・・・・ああ。わかったぞ。」


「はい?何がですか?」


「お前、しゃべりすぎて前の持ち主を怒らせたんだな。」


「はあ?!しししししっけいな!私がしゃべりすぎなんてそんなあなた知性と経験に裏打ちされた私のすばらしく的確な発言がうるさいだなんて。・・・・・・・え?・・・・・・・そうなんですか?」


「ああ、多分な。うるさいから怒ってここに捨てたんだろう。」


「・・・なるほど。話題が難しかったのではなく、私が煩かった、と考えれば色々納得がいきますな。ふんふん。確かに、うるせえと何度か言われましたな。うんうん。あなた、人間にしてはなかなか鋭いですね。」


「ハチロクだ。」


「はい?」


「ハチロクと呼んでくれ。俺の名だ。」


「なるほど、ハチロクさん。では私は『B・H;0808472』と呼んでください。」


「製品名『Beetle Head』の略と製造番号か?そんなの名前といえないだろう。お前は・・・そうだな・・・・。」


ハチロクはロボットを眺めた。錆色のボディだが、実際にあちこち錆びている。冷蔵庫の家は扉のパッキンが腐って雨漏りがひどかったのだろう。


「『ラスティ』ってのどうだ?『ラスティ』。かっこよくないか?」


「・・・・・ラスティ・・・・。そんな人間っぽい・・・・・・。ま、まあ、いいでしょう。商品名よりはマシですかね。名前を付けられるのは初めてですが。」


思いの他気に入ったようだ。ロボットが照れているのを初めて見た。と、その時、ガキン!と鎖が切れた。


「やった!」


「やったー!」


ラスティは冷蔵庫からピョンと飛び出して、ピョンピョン飛び跳ねて喜んだ。


「ははっ」


ハチロクの周りを飛び跳ねながらグルグル回った。ハチロクもそれをみていると良い気分になった。


「おい、充電が無くなるんじゃなかったか?」


「私のおでこに充電パネルが内蔵されていますので、光が当たれば自動的に充電できるんですよ。ははははは!」



「そうか、そりゃ良かった。じゃあな。」


ハチロクはそのまま立ち去ろうとした。


「あっ!待って下さい!ハチロクさん!見たところ旅の途中のご様子。お供いたしますよ!」


「いや、いい。お前うるさそうだし。」


「そんな事おっしゃらずに!私、何かと役に立ちますよ!精密機械の修理や通信傍受、ハッキングに自動車泥棒に武装強盗!なんでもできますよ!」


「ぶっそうな奴だな。」


「武装強盗は冗談ですよ!ハチロクさんには借りが一つできました!この恩を返すまではお供させてもらいます!」


「まあいい。好きにしろ。連れがいるのも悪くないかもしれん。」


「後悔はさせません!きっとお役に立ちますよ!」


こうして、初老の男ハチロクと、錆びだらけでポンコツっぽい小さなロボット、ラスティは旅の道連れとなった。一歩一歩しっかり歩くハチロクの周囲を、前になったり後ろになったり、動き回りペラペラしゃべりながらラスティが付いて行く。奇妙な二人連れだった。ラスティが思い出したように尋ねた。


「そういえば、この旅の目的はなんですか?」


「人探しだ。」


「その人の名は?」


「おそらく『クー』と名乗っている。」


「面識は無い方なので?」


「いや、あるよ。一緒に働いていた事もある。」


「なるほど。手掛かりはありますか?」


「無い。ひとまず居鳴り区で探してみようと思ってる。」


「げっ!」


ラスティが驚いた。無理もない。現在、居鳴り区といえば、職を失い住む所も失った年寄り連中が世界中から集まってできた街だ。最近ではスラム街として有名な場所だ。好んで向かう場所ではない。小さなロボットにしても同じなのだろう。


「居鳴り区ではロボットも刺身にして食われると聞きますが、本当でしょうか?」


ガクガク震えながらラスティが尋ねる。


「それは無いだろう。いくら何でも刺身は無理だろう。生でも焼いても食いはしないよ。トースターに作り替えられる事はあるかもしれんが。」


「ええっ!それは困ります!私、一か所にじっとしていることが苦手なんです!トースターなんかに変えられたら発狂してしまいます!」


「ははは、大丈夫。俺がついてる。そんなことさせないよ。俺が取っ捕まって食われる可能性の方が高い。」


「それは困ります!せめて恩返しさせてもらってから食べられてください!いや、こういう自分本位な物言いが良くなかったのかな・・・・・。

と、とにかくお願いしますよお。ほんとに・・・・。いきなり危険な場所に向かうとは。これは相棒選びを間違えたかもしれませんね。」


「別について来なくてもいいんだぞ?」


「そうはいきません。一度受けた恩を返すまで、少しは役に立ってからでないと離れる訳にはいきません。」


ブツブツ言いながらも、ラスティは付いて来た。


「ところで、目的地まで徒歩で向かうのですか?」


「そのつもりだ。金はあまり持ってないんでな。」


「マジすか・・・・・。それはなんとかしましょうよ。私の繊細なボールタイヤがすり減ってしまいます。乗り捨てられている車なら盗んだところでどこからも苦情は来ないと思います。そうだ、電車に乗ってもいいじゃないですか?動いている路線だけでも。」


「ダメだ。できるだけトラブルは避けたいんだ。人目も避けたい。」


「そんなあ。」


そこから延々とラスティの説得が始まった。徒歩で何百キロも行く事がどれだけ馬鹿げているか、自分は肉体労働には向いていない、時間というものは一方向にしか向かわないため節約するのが一番である、等々言い募った。ハチロクはラスティの前の持ち主の気持ちが理解できた。これはうるさい。相手をするのも面倒なので、そのまま聞き流し足を止めなかった。ただ、恐らくこの先役に立つ事もあろうかと思い、そのまま好きにさせた。天気の良い海辺の道を、散乱する瓦礫のなか初老の男とポンコツロボットはテクテクと歩いて行った。




一台のドローンが遠くからそんな二人を見つめていた。




END









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