第58話 ツジンシーハの街 (お風呂回)

 俺達ルイパーティーは、飛空艇ミューズ号に乗って南の世界最大のアラーユ大陸から、いよいよジョアーク帝国の支配下である北西の大陸、クシャルト大陸へとやってきた。


 一大決戦を控えた聖地チャンティ湖、現在の毒の沼地チャンティに乗り込む前に、万全を期す為に最も現地に近いツジンシーハの街で一泊し、英気を養う事にした。


 万が一飛空艇ミューズ号に残るカサンドラやシュドゥ達が毒の被害にあわないように、飛空艇は毒の沼地やツジンシーハの街から離れた位置に停泊してもらい、そこからはチョコザで移動して街へと入った。


 街を一通り見て廻り、買い物をしようと大通りへとやってくると、突然見覚えのある騎士ナイトが俺の前へとダッシュでやってきた。

 

「わが妻ルイよ! こんな所で会うとはなんという奇跡! やはり俺達は運命の糸で結ばれていたのだ!」


「誰がお前の妻だ! まだ俺の事を諦めてなかったのか!?」

 

 なんとツジンシーハの街に騎士ナイトゴライアと勇者アイスパーティーがいた。とんでもない偶然に俺は驚きを隠せない。


「諦めるはずがなかろう。俺は必ずやお前を惚れさせて見せる。今も男をあげる為に伝説の邪竜を討伐する為にここにいるのだ。俺達が邪竜を倒すところをその目で見届けてくれんか?」


 ゴライアの言葉を聞いた俺は、事態が複雑化してしまったのを感じとり、慌ててゴライアに重要な事を告げた。


「ゴライア、毒の沼地チャンティの毒竜ファーヴニルは絶対に殺しちゃ駄目だ! この竜を殺せば人類に恐ろしい不幸が襲いかかってくるぞ!」


 俺の言葉を聞いた騎士ナイトゴライアは戸惑って勇者アイスの方を見る。

 

「ルイ······お前、俺達の手柄を横取りするつもりか? 俺達はすでにヴィクトリ聖国ではぐれ竜の討伐に成功しているドラゴンスレイヤーだ。邪魔はさせんぞ」


 勇者アイスが怒りをあらわにそう言うと、俺の元へとにじりよってくる。


 不味いな、あのはぐれ竜を討伐できる実力が有るなら、毒対策さえ万全に施せば毒竜ファーヴニルを倒す、いや殺すことが可能かもしれない。

 

「竜ならこの世界には有名な竜が他にもいる。名をあげたいならここのはやめて他に行け。俺達はここの竜を殺す為に来たんじゃない、救う為に来たんだ!」


「話にならんな。俺達はここの竜を討伐する為に準備をしてきたんだ。俺の事を止めたくば力ずくで止めてみろ!」 


 そう言い放つやいなや、勇者アイスは凄まじい気迫にて大上段から俺に斬りつけてきた。


 だが、俺は勇者アイスの剣の軌道を完璧に見切ると紙一重の動きで剣をかわした後、勇者アイスのどてっ腹に拳を深く打ち込んだ。


「ぐはっ!」


 後方に吹き飛ばされた勇者アイスは忌々しげに立ち上がる。


「次は全員で来るか?」


 俺の挑発にも似た一言に勇者アイスは咆哮をあげる。


「ぐおおおっっ!」


 一声吠えると勇者アイスの表情がスンと抜け落ちた。


「いや、もういい。俺自身が力でと言って、力で敗れたのだ。ここは譲るが、いずれ俺は必ずお前を超える! 覚えておけ! お前ら、行くぞ!」


 踵を返してその場から立ち去る勇者アイスと、目まぐるしく変わった状況に困惑した表情を浮かべながらも、その後を付き従う勇者アイスのパーティーメンバー達。


 うーむ、随分と情緒不安定というか、俺に粘着してくるな。あんな奴らでも一応はエリーが気にかけている幼馴染みなんだよな。あつかいに困る。


「ルイちゃん······アイス君がごめんね」


「いや、エリーが謝る事じゃないよ。大丈夫だよ」


「そうなんだけど······あっそうだ! この街は銀のジュエリーの加工が盛んだってさっきのお店でおじさんが言っていたよね。いつも頑張ってくれているパーティーリーダーにプレゼントしようかな!」 


「えっ!? それは嬉しいけど、良いの?」


「うん。出来れば何をプレゼントするかは内緒で渡したいからルイちゃんは別行動にしない?」


「それは良いな。なら私からも何か贈ろう。エリー早速行こう!」


 イーリアスもノリノリになりソワソワしてむしろ率先して行こうとする。うーん、エリー一人では危ないかも知れないけど、イーリアスと一緒なら安全か。


「わかったよ。じゃあ俺はさっき決めた宿に先に戻っているからゆっくり選んできてね」


「うん。三時間以内には戻るからそれまで待っててね」

 

「わかった。じゃあまた後で」

 

 それじゃあ俺も二人に何かプレゼントを買って帰ろう。


 ザックと共に宿の方向に向かいつつ、ふらふらとお店を見て廻ると、この街のもう一つの名産品だと言っていたシルクの小物屋があった。


 同じデザインでモチーフ違いの刺繍がしてあるハンカチが丁度三種類有り、似たテイストで少しだけデザインが違うものもあったので、そちらはカサンドラ用にと全部で四枚のハンカチを買い求めた。


 ふふふっ、エリー達に似合いそうでピーンときたからな。いい買い物ができて良かった。


 しかし直ぐに決まってしまったから、逆に時間を持て余してしまったな。


 ふと斜め前を見ると、公衆浴場があるじゃないか。うーん、まだ三十分位しか経っていないから、一時間くらい風呂に入って帰るか。エリーとイーリアスが入りたければもう一度来ればいいし。


「ザック、ちょっと待っててもらってもいいか?」


「ぷえっ!」


 行って来いとばかりに俺を押して促してくれたので、ザックを厩舎に預けて料金を支払い風呂場へと向かう。


 浴場の洗い場で身体を洗っていると、背後から聞き覚えのある声がした。振り返って確かめると勇者パーティーのネアとローザだった。

 

「こんな所で会うとはますます奇遇ですね。先程はアイス様が失礼を致しました」


 ネアが胸の凶器を隠しもせずに俺に近づいてきた。な、なんだ! その胸は!?


 溢れる母性の持ち主である、皆のお母さんカサンドラをも超える胸! いや、ロケットの様にとんがったなにか! 重力はどうなっているのか!? まさかアフロダイエ○スのように飛んでいくミサイル兵器なのか!? とにかく人外サイズである。おどろき過ぎて目が離せない。


 目が離せないけど······隣の赤髪の巻毛の美少女も見てしまう。コヤツも俺以上に大きなけしからん胸をしている。なんというかこの二人の裸は蠱惑的なのだ。


 我がパーティーの、スポーツマンシップに則った健全なお風呂タイムとの違いにドキドキしてしまう。

 

「待て、お前ら。そんなに近付くな。俺達は仲良しこよしのパーティーじゃないんだぞ」


「あら? 離れるよりもあなたの間合いで過ごした方が、むしろあなたにとっては安全なのでは? 私達はご覧のように裸ですし、武器を隠し持っていたりしていませんので。魔法を使おうとしたらあなたなら一撃で沈められるでしょう?」 


「それはそうかもしれないけど······」


「今までの行き違いをお詫びする為にも裸のお付き合いといきませんか? お身体を洗う途中だったみたいですし、何でしたら洗って差し上げますよ」


「いや、それはいい」


「まあまあそう言わずに、お詫びをしたいのです」


 有無を言わせずに泡立てたタオルで俺を洗い始めた。なぜか二人がかりで密着させてきながらだ。


 うおー! い、いかん。前世に置き忘れてきた煩悩をめっちゃ刺激される! なんでコイツラこんなに洗うのがうまいんだ!?


 こういう時に気を静めるには計算でもすればいいんだっけ!?


 1+1=2、1+2=3······だめだ簡単すぎて意味がない!


 そうだ! 円周率を無限に数えれば!

 3.1415926······ってそっから先覚えてねぇ!


 公式の暗記だ!

 πパイだな!

 

円周は2πr2パイあーる

円の面積はπr2乗パイあーるにじょう

球の体積は4/3×πr3乗身の上に4パイあーるさ


 あれ!? いつの間に寝かされていたんだ!?


 4つ乗ってる!


 おいネア、いい加減にやめろ!


「髪も洗って差し上げますね」

 

 勝手にリボンをはずすな!

 俺の顔を凶器で包み込むな!

 むぐむぐ······


 耳まで覆われて声が聞こえなくなった!

 もういいって! 

 やめてくれ!


「・・・・・」


 かすかに聴こえた!


 やられた!


 パラライズだ!


 体が動かせない!

 

「さてどうしましょうローザ? 殺しますか?」

 


 

 

 

  


 

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