閑話 一方その頃勇者パーティーは・・・その6
エンダーランド王国の王都デイビスを出て南の港にむかい、船に乗った勇者アイス一行は、海を隔てた東のモロダジャナ王国の王都ジョワにたどり着いた。
モロダジャナ王国でも大歓迎を受けた勇者アイス一行。特にヴィクトリア聖国で成し遂げた『グレン山のはぐれ竜』討伐は高い評価を得ていた。
モロダジャナ王国の国王直々に、新造された飛空艇を一隻譲り渡す許可をもらった勇者アイス一行は、飛空艇建造ドックへと向かう。
勇者アイスにより『グローリー号』と名付けられた飛空艇に乗り込み、初めての空の旅に勇者アイス一行は口々に感嘆の声をあげる。
「空を飛ぶとは実に爽快なものだな」
勇者アイスが喜びの声を上げると、黒魔道士ローザが勇者アイスの腕にしがみつきながらこたえる。
「空を飛ぶ船なんて勇者様に相応しい乗り物ですね!」
「ほ、本当に空を飛ぶなど、落っこちたらどうするのだ」
「針路はどうしましょうアイス様?」
「空の上は全く白紙で、どこに行けば良いのかよく分からないからな。ネア、お前はどっちに向かうのが良いと思う?」
白魔道士ネアが尋ねると勇者アイスは参謀的存在のネアに尋ね返した。
「そうですね······死霊魔王城もズイーブド大陸の北方にあった事ですし、魔王軍を求めてまずは北を目指してみる、というのはどうでしょうか?」
「北か。いいだろう。では針路は北だ!」
真北には長く続く飛行不可能な中央高山地帯があるため、実際の針路は航海士との協議のすえ北西になったが、勇者パーティーは順調な空の旅を滑り出した。
勇者パーティーの乗るグローリー号が、ズイーブド大陸を飛び立ってより初めて上陸したのは、北にまたがる東と西、二つの大陸のうち西の大陸の半島であった。
空から眺めて大きめの街を探して、その近くにグローリー号を停泊した勇者アイス一行は、情報収集を兼ねて街を探索した。
皆でおこなった情報収集によると、この大陸の名前はクシャルト大陸という事、北の東西の大陸はジョアーク帝国という大帝国の支配下である事がわかった。
さらに、南の海岸にはとても素早いが倒せばたくさん経験値が手に入るモンスターがいる事、この地より更に北西に行けば伝説の邪竜がいる事、などがわかった。
皆で話し合った結果、今日は一晩この街の宿でゆっくりし、明日の朝から南の海岸で経験値稼ぎをしてレベルを上げてから邪竜討伐を試みる事となった。
夜になって酒場が賑わい出すと、いつものようにネアが情報収集へと数時間一人でおもむき、アイスとローザ、ゴライアは宿の部屋へと向った。
翌日になると勇者アイス一行は予定通り南の海岸へと向かい、メタルジェリー、はぐれメタルジェリーという特殊なモンスターを倒した。
確かに経験値が大量に入るが、最初のほうは逃げられてばかりで思うように倒せずに苦労した。だが、補助魔法の効果や、ある時を境にゴライアがクリティカルヒットを出す確率が増えたため、倒せる確率が大幅に上がった。
その結果ジェリーを狩り尽くした僅か一週間で、皆レベルが5ずつ上がったのだった。
ネアが仕入れた情報によると、毒の沼地を通るのに浮遊靴が必要で、邪竜は毒のブレスを吐くということなので、浮遊靴と防毒装備を整えるために三つのダンジョンに潜った。その結果、無事に各人に装備が行き渡りレベルも3ずつ上がった。
勇者 ∶アイス ∶レベル55→63
ナイト ∶ゴライア ∶レベル58→66
黒魔道士 ∶ローザ ∶レベル57→65
白魔道士 ∶ネア ∶レベル57→65
いよいよ伝説の邪竜討伐である。
伝説の邪竜の討伐を成せば、このズイーブト大陸の外の世界においても勇者アイスの名声は世界中に轟くであろう。勇者アイスは、ここ数日その瞬間を夢想して何度も興奮していた。
邪竜が縄張りにしているという毒の沼地チャンティに最も近い、ツジンシーハの街という所にやってきた勇者アイス一行。
邪竜の情報を求めて街中を聞いて回ったところ、昔は賢竜がチャンティ湖を治めていた事。賢竜がいつの間にかいなくなり、邪竜がチャンティ湖を毒の沼地に変え迷惑しているので討伐して貰いたいという依頼が有る事がわかった。
冒険者ギルドにおいては、100年クエストとして邪竜討伐は常に出され続けているらしい。
ただ街の外れに住む、年齢は111歳だという長老のみは意見が違った。
だがそれが本当ならば、100年間討伐クエストが出続ける事はないであろう。勇者パーティーの誰もがそう思う長老の意見であった。
突然ゴライアが仲間を置き去りにして走り出した。
「わが妻(の予定の)ルイよ! こんな所で会うとはなんという奇跡! やはり俺達は運命の糸で結ばれていたのだ!」
「誰がお前の妻だ! まだ俺の事を諦めてなかったのか!?」
なんとそこにはエリーとルイのパーティーがいた。
エリーとルイの姿を見とがめた勇者アイスの表情は、途端に苦いものへと変わる。
「諦めるはずがなかろう。俺は必ずやお前を惚れさせて見せる。今も男をあげる為に伝説の邪竜を討伐する為にここにいるのだ。俺達が邪竜を倒すところをその目で見届けてくれんか?」
ゴライアの言葉を聞いたルイの表情が急に険しくなった。
「ゴライア、毒の沼地チャンティの毒竜ファーヴニルは絶対に殺しちゃ駄目だ! この竜を殺せば人類に恐ろしい不幸が襲いかかってくるぞ!」
ルイの言葉を聞いたゴライアは戸惑って勇者アイスの方を見る。
「ルイ······お前、俺達の手柄を横取りするつもりか? 俺達はすでにヴィクトリ聖国ではぐれ竜の討伐に成功しているドラゴンスレイヤーだ。邪魔はさせんぞ」
「竜ならこの世界には有名な竜が他にもいる。名をあげたいならここのはやめて他に行け。俺達はここの竜を殺す為に来たんじゃない、救う為に来たんだ!」
「話にならんな。俺達はここの竜を討伐する為に準備をしてきたんだ。俺の事を止めたくば力ずくで止めてみろ!」
そう言い放つやいなや、勇者アイスは腕の一本位は叩き斬る気迫にて大上段からルイに斬りつけた。
だが、ルイは勇者アイスの剣の軌道を完璧に見切ると紙一重の動きで剣をかわした後、アイスのどてっ腹に拳を深く打ち込んだ。
「ぐはっ!」
後方に吹き飛ばされた勇者アイスは忌々しげに立ち上がる。
「次は全員で来るか?」
後方を見れば、ルイのパーティーは全員が臨戦態勢である。
「ぐおおおっっ!」
一声吠えると勇者アイスの表情がスンと抜け落ちた。
「いや、もういい。俺自身が力でと言って、力で敗れたのだ。ここは譲るが、いずれ俺は必ずお前を超える! 覚えておけ! お前ら、行くぞ!」
くるりと向きをかえて、その場から立ち去る勇者アイス。目まぐるしく変わった状況に困惑しながらも、その後を付き従うパーティーメンバー達。
後に取り残されたルイパーティーは、あぜんとするのみであった。
宿の部屋に戻った勇者アイスの願いで、下の階に酒を取りに行ったローザを見送ると、ネアが口を開いた。
「アイス様。昨晩酒場で興味深い武具を手に入れました。かつてこの大陸で栄えたという『オッフラン国』の英雄王『ロイ14世』が使用して、絶大な力を得たという仮面です。大金を使ってしまいましたが、その価値はあるかと思います」
「なぜ昨日渡さなかった?」
「私に売った者が言うには、装備するのに大変な痛みを伴うとか······ただし装備すればステータスは跳ね上がり、無類の力を得るそうです。痛みを伴うという事で、お渡しするのは憚られました······ですが今後、いざという時があればお使いいただければと思いまして······」
ネアは話をしつつ、インベントリから取り出した鈍い光を放つ黒い仮面を、勇者アイスに手渡した。
黒い仮面をしげしげと眺めた後、自分のインベントリに収める勇者アイス。
「わかった、いざという時には使ってみよう。ありがとうネア」
「いえ、お役に立てましたら私も嬉しいです」
ネアがにこりと微笑む。丁度そこへローザが帰って来たが、二人の甘い空気を察してネアに話しかける。
「この街には公衆浴場があるんだって。場所を聞いてきたから、先にお風呂に入りに行こうよネア」
「そうですね。きれいに磨いてまいりますね、アイス様」
「あぁ、行って来い。俺はここで酒を飲んで待っている」
公衆浴場に到着したローザとネアが女湯の脱衣所から中をちらりと覗くと、中にはなんとルイが一人でこちらに背を向けて身体を洗っていた。顔は見ていないが特徴的な黒髪にお団子頭は彼女しかいないだろう。
ネアはフフッと薄く微笑むと、ローザにそっと耳打ちし、全裸になると二人で浴場へと足を踏み入れた。
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