第50話 マーダ神殿

 飛空艇ミューズ号から降りた俺達は、チョコザに乗ってマーダ神殿を目指す。


 実は転職や第二職業を得るだけならば、世界各地の神殿でも可能だ。但し、その者のステータスから導き出されたジョブが自動的に割り振られてしまうのだ。要するに自分でジョブを選べない。


 この世界の大多数の人にとってはそれが当たり前で疑問に思わない様だが、ゲーマーの俺としてはそれでは困る。俺もパーティーメンバーも、大魔王打倒の為に最適なジョブに付き、有用なスキルを身に付けたいのだ。


 世界中でマーダ神殿でのみ、自分に転職可能なジョブの中から自分で選択して決める事ができる。その為、どうしても自分で職業を選びたい者が世界中から大勢やってくるのだ。


 

 転職をするのにも第二職業を得るのにも、今まで積み上げてきた経験値を全て消費する事で新たな職業を得る事ができる。分かりやすくいうと、転職するとレベルダウンしてレベルが1になるのだ。


 但し、スキルは持ち越しできるし、運はそのまま、運以外の各種ステータスは半分にはなるが引き継ぐ事が出来る。第三職業まで得るものは滅多にいないので、できるだけレベルを99まで上げてから転職したほうが、最終的なステータスはより高くなるのだ。


 俺もエリーもレベルは99。転職する準備は万端だ。



 チョコザを駆りながら高地独特の風景を飽きずに眺めていると、世界一高い山の中腹に、マーダ神殿が見えてきた。石造りの尖塔を持つ荘厳な建物だ。前世でいうところのタ○ジ・マハルによく似ている。


 長い長い階段の前に辿り着くと、係の者にチョコザを預ける。ここからは自分の力で登っていく必要があるのだ。高レベルの俺達にはそれも楽勝なんだけどな。




 階段を登り切ると、いよいよマーダ神殿に入った。


 神殿の中には世界中から集まった大勢の人がおり、高い吹き抜けの下、厳かな雰囲気の中にも活気を感じられた。窓からは透き通ったガラス越しに、からりと晴れたきれいな青空や、万年雪に覆われた山々の峰がとても美しく望める。


 俺達も転職希望者たちの列に並び、順番待ちをする。


 たまたま俺達の前に並んだお爺さんと厳ついおっさんの二人組から、今度こそぴちぴちギャルになりたいのぉ、と希望を話し合っている声が漏れ聞こえてきた。


 残念ながら、さすがのマーダ神殿でも転職はできても性転換はできないんだよな。もしできるなら、俺も失ったモノを復活してもらいたいものだ。······ダメ元で聞いてみようかな。


 俺達も仲間達と色んなジョブの事を話し合っている内に、いよいよ順番がやってきた。立派な祭服をまとったお爺さん神官の前に立つと転職イベントの開始だ。


「マーダ神殿へようこそ。お主達も最適なジョブにつけるようにマーダの大神官たる儂が導いてしんぜよう。先ずはこの水晶玉を握るのじゃ。そうするとこちらの光る石板にお主の転職可能なジョブが映し出されれる」


 言われた通り俺が水晶玉を握ると、ひときわ強く光輝き石板にはユニークジョブを除くほぼ全ての職業ジョブがずらりと現れた。


「こ、これは······まさか言い伝えにある光の戦士!? お主達、ちょっと儂の後をついて来なさい」


 お爺さん大神官は別の神官と転職係を交代して、俺達を別室へと案内してくれた。立派なソファに大神官と向かい合って座ると、早速大神官が話を切り出してきた。


「わしの名は『テンチョク』という。お主達は大輝石の加護を受けた光の戦士であろう? 隠さんでも良いぞ。儂は長年の経験でまるっとお見通しじゃ!」


 さっきは自分で言い伝えにあるって言ってたけどね。


「その通りです。大魔王打倒の為に最適なジョブに就きたいと思い、風の大輝石に導かれてここマーダ神殿にやって参りました」


 俺もそれっぽく答えてみた。


「うむうむ。それでは残りの二人もこの水晶玉を握るのじゃ」


 エリーが水晶玉を握ると、俺と同じ様にひときわ強く光輝き、ほぼ全てのジョブが石板に映し出された。若干俺とは内容が異なっている。同じ光の戦士でも個人差は有るみたいだな。


 イーリアスが水晶玉を握ると、光の輝きは同じだが現れたジョブはただ一つだった。


「お主は現在ユニークジョブなんじゃな。転職できるのは一つのみのようじゃ。しかし、このジョブに就くには試練を突破せねばならぬ。試練を受けるか?」


「いや、私は先祖代々続く暗黒剣士ダークナイトのジョブに誇りを持っている。今のところ転職する気はない。レベルもまだ上がる余地があるしな」


 イーリアスがそう答えると、テンチョク大神官はしたり顔でウムウムと頷いた。


「それも良かろう。では吟遊詩人のお主は何のジョブを選ぶ? 聞くまでもないか。現れるのは百万人に一人と言われる『スーパースター』を選ぶのであろう?」


 スーパースターは歌って踊れる職業で更には体力もある為、確かにこれも魅力的なレアジョブだ。前世知識が無かったら、俺でも間違いなくこれを選んだだろう。だが、ゲーム知識をレクチャー済みのエリーが選ぶのは違うジョブなんだな。


「私は『薬師くすし』を選びます。職業は吟遊詩人のままで、第二職業を授けてください」


 エリーがそう答えると、テンチョク大神官は顎が外れるかと思うくらいあんぐりとして驚いている。

 

「薬師はやめておいたほうが良いぞ······ステータス値は全ジョブの中で最低クラスじゃし、何よりお主はスーパースターになれる逸材なんじゃ! もったいないぞよ!」


『薬師』は他のゲームでいうところの、錬金術師の様なものだ。この『ファンサ5』の世界では何故か錬金術師というジョブはなく薬師となっている。薬師も底辺ジョブとして見下されるジョブの一つだが、吟遊詩人との組み合わせで最高のサポートキャラになれるのだ。


「いえ、薬師でお願いします」


「むむむ、儂はどうなっても知らんぞ。それでは『薬師』になりたいと強く念じるのじゃ」


 エリーが両手の指を組んで祈りを捧げると、大神官テンチョクの持つ杖の先端が光輝き、エリーが光に包まれた。少しの間そうしていたかと思うと、ガクッとエリーが膝をついた。


「エリー!」


「大丈夫じゃ、急激なレベルダウンにより、大抵のものはそうなる。すぐに慣れるじゃろう」


 心配ではあるが、大丈夫なようだ。


「では最後にお主の番じゃ、もう何を言われても驚かんぞ。好きなジョブを言うが良い」


 それでは俺の全ての想いを込めて······


「俺の失ったイチモツをもう一度生やしてください!」




 大神官がフリーズしてしまった。


 

  


 

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