第7話 ボーカルスクールメイト回想への扉4

「うちのスクール国際ジャズデーで何するか知ってる?」ドイツ語訛りの英語でアンドレアが言った。レッスン後はボーカルスクールの下のアンカーで他のクラスの新人受講生と集まることが恒例となっていた。

日本では苦手に思えた飲み会だがロンドンのセーラにはその交流の場が心地良くさえ感じられた。無論苦手な英会話の勉強にもうってつけであった。

「仮想大会!」

甲高い声でエレナはビールの入ったパイントグラスを大きく掲げて答えた。

違う、ハロウィンじゃあるまいし、仮想大会ではありません。

「フィッシュアンドチップス早食い大会!」

自国の料理にプライドがあるフランス人のナタリーはイギリス料理にいつも皮肉的だ。

アンドレアは白けた表情でジャズがどこにも入ってないと舌打ちをした。 

「普通に考えたら発表会てきな?いつも冷静なロンドンっ子デボラがナッツを噛みながら肩をすくめた。

ビンゴ!大当たり!

あまりに普通の回答に全員白け顔を露わにした。アンドレは人差し指を立てて話続けた。

「さっきスタッフルームで聞いたんだけど、

その日は毎年恒例でこのパブが会場になって盛大に行われるんだって。

ほらそこの窓辺にステージを設置して。」

デボラが窓辺を指さしプッと吹きだして言った。「ここで全員歌うの?私たち新人だけでも一二人いるのにね。」

「去年から受講している人に聞いたら新人からは3人が選抜されるんだって。」

そう言うとアンドレアはドイツ人の知り合いを遠目で見つけると軽く手を振った。

3人選抜?私には無関係の話題である。

それよりもその晩の目標はアンドレアの訛りを克服すること。どうもドイツ語訛りの英語に慣れない。ⅤがWの発音になる?  

「セーラ、どうする、選ばれたら?」

口をポカンと開けアンドレアを凝視する私の脇腹をデボラが肘でつついてきた。

突然の質問に戸惑い愛嬌を振ることしか出来ない。歌唱力より英語力でしょう、と再び心の声が聞こえた。

しかしこのパブでの会話が私にとって最重要課題化されたのはその翌週のことだった。

何とも自分がその3人のうちの一人に選抜されたと、レッスン後手際よく楽譜をまとめるソフィアの口から聞かされた。まるでクラスの担任が朝の会で「今日はあなたに清掃係をお願いするは」という感じの軽いトーンで。

正に青天の霹靂であった。

それまで観客の前でジャズを披露したことは、

祖母の前以外では無かった。

不特定多数の観客に披露となるとそれなりに肝を据えなければならない。

しかし腑に落ちない。ソフィアがそれまでのレッスンで私の歌を褒めたことがあっただろうか?自分の歌唱力が国際ジャズデイの場で披露出来る程に上達しているとも思えなかった。

私は意を決してレッスン後にソフィアに尋ねることにした。

上をみて口を尖らせて天を凝視する。それが英語でまじめな発言をする前の自分の癖だと知らされたのは、デボラにパブで宗教観について聞かれた時の事だ。死ぬ前の魚みたいだと笑われたことを思い出した。その時も確実に死ぬ前の魚になりソフィアの前に突っ立っている自分がいた。

「なぜ私が選ばれたんですか?」

簡潔に端的に。

ソフィアはすぐには答えず、言葉を選んでいるかのうようにピアノの鍵盤をそっと数回叩いてから顔を上げた。

「理由は2つ、でも今は一つだけ教えてあげる。それはあなたが私の若い頃に似ているから。自分で言うのも恥ずかしいんだけど、私には生まれながらにしてジャズを歌う才能があったと思う。そしてあなたにもその光を感じるの。2つ目は、ショーをやり遂げたら教えてあげるけど、ヒントは、、才能以外のもっと重要なものをあなたは持っているかを見たいの」

ソフィアはこれ以上は聞くなと言わんばかりに、私にウィンクをして足早に部屋を出ていった。私は更に腑に落ちなくなった、才能を認めてもらえた事は天にも登るような心地ではあるが、才能以外の更に重要なものとは何だろうかと。度胸、カリスマ性、観客への対応、女子力?

静まり返ったレッスンルームで1人考えこんだ。

壁に貼られた往年のスター達がこちらを見て含み笑いをし今にも答えを囁いてくれそうであった。

それからショーまでの間私は未だかつてない程の猛練習を重ね、ナショナルジャズデイに備えた。






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