第2話 リック
混み合う駅のホームはいつもと何ら変わりなかった。電車が到着するまで8分ある。
高鳴る鼓動を抑えながら久しぶりに
"what’s new"のアイコンに触れた。
”リックからメッセージが1件”
リックという文字から光が放たれた気がした。
それは2月の朝の、ピンと張り詰めた太陽の反射光とは似ているようで全く違う光。
それは長い間泉の底で眠っていた秘宝が
水面で月明かりをうけて輝いているような光。
私の身体は熱くなるのに
指先が氷のように冷たくなった。
「セーラ、元気か?デートの招集や。
来週三月三日土曜日十八時にとりあえず〇駅の3番出口に来てくれないか。頼みたい事がある。
あと、今から出帳で電波が繋がりにくくなる。だからこれ以上のやり取りは当日まで難しい。
当日俺からまた連絡するから。前みたいな感じで。笑」
慌ただしい駅の光景が停止した。
聞こえてくるのは自分の心臓の鼓動だけ。
3年前に忽然と姿を消した男が、今更何を頼みたいというのだろうか。
“前みたいなやり取り”それは彼の自由気ままなスタイル。よく言えば自由人悪く言えば自己中、そんなやり取り。
しかしそんな彼の自由さに覚悟や責任を感じていたし、自由に見える人間の本質は不自由さを経験したからこその最後のあがきだと何の根拠も無いのに感じていた。
自由であり不自由。そう、彼を描写するなら
そんな言葉がピタリとはまった。
そしてそんな彼の矛盾に振り回されることに私は喜びを感じていた。
電車に乗った私はもはやそこには存在せず、
長い間踏ん張って立ち寄らなかった過去のあの街に引き摺り込まれていた。
リックと出会った、高貴な輝きで人々を魅了する街ロンドン。
厳密に言えば、滞在中は輝きしかなかったが
”あの日”以来あの街をどす黒い色に塗り替えた。今となれば漆黒の街である。
黒く塗りつぶせば五感に染み付いた彼との思い出を消しされると思っていた。
しかしいつまで経っても聴覚だけは騙すことが出来なかった。
二人で聞いたべたな音楽、どこのレストランでも耳にするようなカトラリーの触れ合う音、石畳の上で革靴が奏でる音、そんな日常的ではあるが彼と共有した時間に優しく、時には激しく流れていた音色があれからも私をロンドンに
引き戻そうとした。
ずっとぎりぎりで踏ん張っていたのに。
怒りなのか歓喜なのか訳の分からない感情が内臓あたりでうめき声を上げだした。
その感情を深く追求する余裕もない。
正気を保つ為に車内の広告を黙読したが、どれも頭には入らない。
何て返信するのが妥当か。私達はそもそも焦らせたり、駆け引きをする関係でもない。
だからと言ってキャンキャンと子犬のように尾をふりたくもない。
取り敢えず「了解です。」とだけ返信した。
不思議と会わないという選択肢は無かった。
いや、ずっとこの時を待っていたと正直に言おう。
彼と再会するまで1週間。
彼が私に頼み?再度メッセージを読み返す。
確かにそう描いてある。夢ではないようだ。
車内の窓にうっすらと映る色気無い自分の姿に憤りを感じる。
私から離れていった男たちの気持ちが痛い程分かる。
私は揺れる車内で必死に人気ヘアサロンを探すのだ。
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