さよならエリー

助手席では娘が眠っている。僕は車を走らせて、眼前に広がる灰色の空の向こう、青い海に向かう。


高速道路は空いていて、混んでいない。今はちゃんとハイウェイだ、渋滞の高速道路をハイウェイとはいいたくない。高速なのに遅かったらもうそれはロウウェイ。逆にローソンのレジはとても早い、これこそ損もしないし遅くもないのだから、ハイトクにするべきだ。背徳という言葉のせいでローソンになっているそれを漢字を、言葉を最初に作った人はいやローソンの社長は文部省の圧力になんて負けないで、と僕は応援してあげたい。それはそうと僕は今全裸だ。下道では背徳感でもう僕の下道が中山道を超えて東海道になり、助さんと水戸黄門と井上陽水と伊能忠敬が日本地図と間違えて僕の体の図を書き、杉田玄白の手柄を横取りするところだった。かなり話が横道に逸れてしまったが高速道路はひたすらに真っ直ぐなのでそれることはない。僕の斜め曲がりの中山道は段々と傾斜を強め、すれ違う車の数だけ背徳でハイウェイになっていく。


僕は興奮に興奮を重ねてはまた、偏見も重ねる。

蛍光ピンクのアルファードに乗っているファミリーは確実にもう一つの意味のファミリーにも入っているし、白いNボックスに乗っている40代の独身男性は確実に性犯罪者だ。ラパンに乗っている女子大生は確実にヤリマンだし、こんな所を走るケバブ屋は確実に美味しい、ドーナツは微妙、クレープは美味しい、レモネードは知らん。第一レモネードのキッチントラックなんてレアだし300円出して買うくらいならスーパーのレモネードを買う。だからレモネードはレアなのであって、あ、黄緑色のジムニー、黄緑色のジムニーは確実に変態だ今すぐ同乗者ごとプレスにしてしまった方がいい。かく言う僕が乗っているのは蛍光色のそれも黄色の軽トラだ。もうこの頭の中で畳み掛ける偏見たちで畳を作って、畳売りにでもなろうか。娘を出汁にして畳み売りの少女として売り出そう。そうだ、それがいい。だけど肝心の畳は存在しない、無を売る商売。無では無く、夢を売るのだ。僕は娘を売って娘は無を夢にして売る。はあ意味がわからない。


お日様みたいな色した軽トラは曇り空をどんどんかき分けて、青空を捕まえようと路面を走る。少し濡れて雲間から晴れ間の光が刺し、しらしら光を照り落とす。僕はなんだか嬉しくなってアクセルを踏みスピードを上げた。


娘はやっと起きて僕の方を見る。


パパ!おはよう、と元気な声を上げ。僕はなんだかこの子が生まれた時の産声を思い出し眼頭とヘソの奥がてぅんと熱くなり涙した。ああ天使、我が愛、腰の炎、ひぃひぃと泣いて目の前の景色が揺れる。鼓膜に目覚めたての吐息、寝息混じりの息音で車のスピードも上がる。娘はいいものです。と孤独のグルメの主人公も言っている。たぶん。食べてしまいたいほどにもちもちとした肌だ、だが運転中でできない、悔しい、ぽたり膝には唇から落ちた血が落ちる。僕は唇を噛み締め、大粒の涙を流しながら車を走らせる。海はまだまだ遠いのになんだか肌寒い、血液は肌をつたい、そびえ立つエリア51へと不時着した。


僕はよく、テレポーテーションで娘を処女のまま妊娠させたい、と思う。気は早いがもう娘も9歳だ、もうすぐ二桁台になってしまう。二桁の階段を登ればすぐに大人だ、急速に大人の階段を登る速さは早くなる。いっそ座敷牢に閉じ込めて点滴で最低限の栄養だけ与えて小さいまま育てようとすら考えたこともある。だがその後僕は6ヶ月後悔の熱で何もできなかった。娘の人生を奪ってしまう、そんなことはできない。聖書にも古事記にも六法全書きっと罪だと書いてある。考えることすら罪だ。いっそ裁いてくれればよかったのに、僕はまた娘に甘えてしまう。抱きしめてくれる手の小ささ、体温の温かさ。その全てを愛しているのに、時々僕は酷いことをしたくなる。おじさんがこんなこというのはあれだけど無邪気な子供心なのかもしれない。僕は虫を潰したりカエルに花火を差して破裂させるのと同じように娘を傷つけたくなる。ああ僕はおかしいのかもしれない。


パパ、たこ焼き買って!あのチーズ入りのたこ焼き!タコなしチーズたこ焼き。


いや、もうそれはたこ焼きでは無くて焼きじゃないか?チーズ焼き?ごめんどうでもいいか?


めんどくさいよパパ。賢いと思ってペラペラ喋ってるんだろうけど内容なんて無いようなものでペラペラだからね。


ああやっぱりパパの子だな。すみません、たこ焼き一つとチーズ入りタコなしたこ焼き一つお願いします。


はいよ。チーハイ一つとタコ一つ入りましたー!


でぅす!

でぅす!

でぅす!

(屈強な3人の男たち)


5分後


ヘイ。

ヘイ。

ヘイ。


お待ちどう様。


ありがとうございます。あれ、一つ。


一つったら一つだべよ。普通のとこさ一つってんのに6こ出しやがる。そんな常識さぶち壊しだら。


いや300円払って1つは流石に。


なんか文句あるべか?


でぅす!

でぅす!

でぅす!

(ファイティングポーズをとる3人の屈強な男たち)


ないです。


かあっ。ぺっ。邪魔じゃさっさと散るだ。


パパ…?


今は耐えるんだ娘よ。


パパ…。


僕らは一つずつのたこ焼きとタコなしを食べて車へと戻った。あの男たちはなんだかワンオクのタカに似ていてなんだかカスみたいな接客された以上に腹が立って。腹も減った。


はぁぁパパ、なっさけな。接客もカスだけどさパパもさカスだよね。


金髪を揺らしながら娘は言った。娘はハーフで132センチだ。外国人なのは妻の方で僕らは妻から逃げるように車を走らせている。


僕は溺愛する娘に嫌われたくないばかりに叱ることもできない。こんなに腹が立って、減って仕方がないのに。僕は怒りをただアクセルにぶつけてどこにも出せずにぐるぐる巡らせる。僕の怒りが巡って暖房から出て娘に伝わっていればいいのに。


エリー、娘娘と言っていたが名前はエリー、もとい絵里。にくたらしくも愛おしい僕の娘。海に向かう理由はエリーには秘密にしている。言えばきっと一緒には来てくれないだろうから。妻にも言ってはいない、言えば僕は殺される。僕が殺してしまいたいくらいだけど。なんて物騒なことを考えながらも車は走る。


僕がこんな気持ちなのはあのクソみたいなたこ焼き屋だけじゃ無くて、次の職が見つからない所にもある。クビになった、と言った時妻は僕にため息だけ吐き他に何も言わなかった。その時から話さなくなり。逆にエリーとは話すようになった。仲良くなった。恋だった。仕事ばかりで全く家にいない僕、その間にすくすく育ったエリーはもはや恋愛対象だった。極端に接する時間が少なかったから仕方がないのかもしれない。何度も夢に出ては下着を汚した。その度罪悪感と冷えていく夫婦仲、見つからない職に僕はどこまでも、睾丸と合わせて空っぽになっていくばっかりだった。そこそこの地位にいた頃は厚顔で歩けた街も今となっては下ばかり見ていて、どこの道がどのコンクリートの色かも大体知っている。


だけど今走っているこの辺りの色は知らない。僕らのことを知っている人もいない。最後までハイだった道路の出口の先には海が凪いでいて、夕雲の青と海の青で空まで海みたいだ。


パパ、パパ!!パパ!!うみ!?海!私初めて見たよ、パパ!ありがとう大好き。


ああパパも大好きだよ。


服を着ても裸のままの心は心臓に繋がっていてどくどくと脈を早める。全裸のままならこんなに純粋に思うことができなかったに違いない。


ホテルはとってあるんだよ。と僕は言った。


いくらしたの?高かった?とエリーは言った。


気にしなくていいよ。


でもさ、うち貧乏だし、


いいんだよ気にすることなんてないよ。


そう、ならいいけどさ。楽しむぞー!!おー!あはは。


はははは。


娘の元気な姿を見れて、この旅行に意味が追いついてきた気がして乾いていても想いのこもった笑いが出る。良かった、本当に。


海岸!!テトラポット!だっけ?防波堤!!本当に海だー!泳げないのがもったいないねパパ。


娘は僕の顔を覗き込んで自然と上目遣いになり、胸元に肌色をのぞかせる。


そうだね…。


僕は泣いてしまった。沈みかけた夕日のせいだ、夜に向かっていく時間のせいだ。


もう、なんで泣いてるの。おっかしいの、パパったらすぐ泣くんだもん。


車は数々の民家、割烹、民宿、海浜公園を超えてホテルに着いた。カモメの声で目が覚めるほどに海に近い、ゴキブリの代わりにフナムシが出るらしい。僕はあれこれ入れたカバンを持ち自動ドアを超えて、ロビーに入る。ロビーには台車がありチェックインを済まし、一度車の鍵を確認しに戻った後、部屋へと台車を押し向かった。エレベーターで最上階の7階へ。エレベーターでは何も話さずに部屋に入って、窓の外に見えるイカ漁船の光に2人で声を上げた。光っているのはそれだけじゃなくって、灯台とか別のホテルとかのも見えて同じように僕らを見ている人もいるかもね、とエリーと話した。


パパ、バイキングって本当?私初めてよバイキング。食べ放題なんでしょう。取りすぎちゃったらパパ、お願いね。


とエリーは笑ってみせた。


本当だよ。ビュッフェだけどね、まあおんなじようなもんだよ。


こんどは、パパめんどくさくならないんだぁ。チャンスだったのにさ。


疲れたんだよパパも。


遠かったもんね。途中ふらふらして怖かったよ。


寝てたのによくいうよ。


半分起きてたもん。


はいはい。


信じてないでしょ!


さ、行こうか。混まないうちに。


うん。


ビュッフェ会場は案の定混んでおり、僕らは長い行列の最後に並んだ。並んだ後も行列は育ち、降りてきた階段で二股に分かれてもうぐちゃぐちゃだった。


やっとおぼんをとって、皿もとって僕らは好きなものだけ盛り合わせては決められた席に着いた。


パパなんだかおじさん臭いね。ニンニクの焼いたやつとらっきょうに枝豆、寿司、寿司、寿司、寿司、カレーにスペアリブ。そんで茶碗蒸し。唐揚げ。


そういうエリーだって。オレンジ、ブドウ、杏仁豆腐、スパゲッティにライチ、ナタデココ、たこ焼き、カレー、寿司、寿司、茶碗蒸し。じゃないか、甘いものばっかり。


デザートは先に食べたい派みたい私。


お酒とってくるよ。


はーい。


お酒を何にしようか、飲んだことないけどテキーラでも飲んでみようか。飲んだことないからこそなんて考えながら飲み比べしようと2種類頼み席へと帰った。何度も娘の嬉しそうな笑顔が浮かんでは嬉しくなった。


あ、パパおかえり。


ただいま。


これジュース?


お酒だってば。


そうなんだ。飲んでもいい?


え、いや、うん、いいよ。


やった。何これ、辛い。あんまり美味しくないね私ジュースのが好きかも。


まだまだ子供だね。


そういうパパは本当に美味しいと思って飲んでるの?酔いたいから飲んでるの?


どっちもになれば大人だよ。


ふーん。まあ、大人になんてなりたくないからまずいままでいい。


どうして?


だって大人ってみんな疲れた顔ばっかりしてるし怒ってばっかりで偉そうだもん、やになっちゃう。タバコ臭い人だっているし私、あの匂い嫌い。パワハラとかで自殺しちゃう人もいるし、もうずっとこのままがいいな。


パパも大人になんてなりたくなかったよ。


ならなんでなったのさ。


気づいたらなってたんだよ。


そういうものなの?なんか怖いね。手続きとかテストしてくれればわかりやすいのに。


そうだね。


僕らは時間で少しずつメニューが変わるたびおかわりをしてはダラダラと最後の方まで居座って。気がついたらもう9時だった。


遅くなっちゃったねパパ。でも楽しかったあ。


ならよかった。


もうなんで泣いてるの?


パパだからだよ。


意味わかんない。あはは。


お風呂いこっか。一緒に入る?1人で入れる?いや一緒に入ろう。


私9歳だよ。7歳までって。フロントのお姉さん言ってたよ。


バレないよ。どうせ。


パパ、悪い人だね。


うん。パパは最悪だよ。


そうだったね。いこ、パパ。


部屋に入ってバスタオルと着替えだけ持って大浴場へと歩いた。天井のオレンジがかったライトはなんだか扇状的で心の寂しさをもっと寂しくする。


ピンポン玉の跳ねる音、ふかふかの床を踏み締める音、ちょっとしたゲームセンターの音がいやに耳に染みる。風呂に向かう廊下には小さい掛け軸、その下に生花、それが何個も置かれていてガラス窓からは日本っぽい池が見えた。


風呂につくと、男、男、男、男、男、女の子らしいエリーが金髪のせいもあって目立つ。視線が、たまに舐めるようにエリーを撫でる。僕は不安な顔をしたエリーの服を無理矢理脱がしてバスタオルで包んだ。ぴっちりとタオルは身体の線を写して、小さいながらも性差を感じる。胸には膨らみどころか、肋骨すら出ていて痩せている。ところどころに痛々しい、新しいものもある痣痣。押してみたくなりボタンでも押すみたいに肩の痣を押さえてみた。


痛いよ、パパ。痛いって。ねぇ、パパやめてよ。


欲情、浴場にこだまするエリーの癖のある声。子供ながらに大人っぽさもどこかはらんでいて、耳に残る笛を思わせる声。それが何度も何度も何度も右耳に入っては左耳から出ていく。


あ、え、ごめんねエリー。


僕は我に帰ると膨れっ面でもう、もう、と怒るエリーの手をとって露天風呂へと。寒い、とエリーが呟いて、とてとてお風呂へかけ湯もしないで入った。僕も後に続き、他の客もいないのでエリーもリラックスしていた。


さっぱりとし、脱衣所で髪を乾かしていると、男。それも40代くらいの男が声をかけてきた。


かわいいぃですねぇ。いくつくらいの子供ですか?名前は、いい匂いですねまだ赤子の面影がありますよぉ、はんこ注射の跡なんてほぉらクッキリ。まだ蒙古斑あるんじゃあないですかあ?ないですかねぇ。もう、生殖機能ってありますぅ?生理、まだですかぁ?いくつですか?あれ、ねぇこれ子供ですよね。子供だねぇ、なんなんですかあなた。乾かすの僕の仕事じゃないですかぁ?かわいそうでしょぅねぇ、ね、ね、ね、ね、そうだよね。そうだろ。おい。おい。おい。おい。


…パパ、怖い。


今にも泣き出しそうなエリーを連れて僕は走った。それはもう全力で、頭の中では馬と鹿が流れており気分は正にラグビー日本代表。


男も負けじと走る、が年には勝てなかったのか僕が完勝した。


部屋には鍵をかけ。震えるエリーを抱きしめてたまにするノックと息遣いに2人して震えながら、眠る準備を始めた。布団に入っても音は聞こえる。これは確実にやばい。外側の扉が酷いことになってそうな声が何度も聞こえる。


パパ…。


大丈夫…。大丈夫だから…!


パパも怖い?


まあね。でも大丈夫だから。


パパ…?


息が近い、細い首、涙ぐんだ眼、震えて甘えた声、僕はエリーの首を絞めた。誘われるように、そう自然に死が手招きをしていた。僕の子供心は恐怖しているエリーに呼応して大きくなって、抑えられなくなった。だから首を絞めた。


自分の息がはあはあと荒くなっているのに気づき、はっとして手を離す。意識がない。エリー、エリーと呼んでも答えない。

触れた手首に脈を感じ、心臓の音も確かめたくなり胸に耳を当てた。どくんと鼓動している。安心して抱きしめ僕は解決のために部屋の外に出た。


ドアには精液、唾液。壁に手をつきもたれ掛かる男。僕はまた知らない誰かに操られるように当たり前に男の胸ぐらを掴むと、部屋に招き入れ玄関で首を絞めた。エリーの首よりも骨張っていて太い、喉仏が唾を飲むたびに上下する。力一杯嫌悪感と怒りと殺意すら込めて絞めると案外あっけなく、ぼきりと音を立て、だらり力なく垂れた。死ぬ瞬間にオーガズムに達したのか男の股からは嫌な匂い。その匂いが部屋に漂い、エリーの小さい鼻に入るのを思うと吐き気がして僕は洗面台で吐いた。人を殺した癖に吐いた後の僕はスッキリとした顔をしている。


その汚い死体をボストンバックに入れて小さくしようと殴りつけては、蹴った。僕はなんだか嬉しくて嬉しくてたまらなかった。


明日はエリーと楽しもう。それだけ頭の中心に置きながら。車で近くの山を登り、崖から海にバックごと捨てた。

  

おはよう、エリー。


僕はエリーを抱きしめていた。泣いて、もう僕は汚れてしまった。今更戻れないのだからとあの男の魂が僕に囁く。エリー、エリー。僕のエリー。男の影が僕に被さり僕は下着を脱ぎ、小さな体に被さっていた。お前も俺と同じだと口から溢れた。


パパ?なにしてるの?いや、いや。やめてパパ、ごめんなさい。


僕は、僕はエリーとの血のつながり以上を求めて、求めた。嫌がり痛がる実の娘の目を見る。目には失望と昨日、夜中あの男に向けられていた恐怖した目が今度は僕に向けられていた。


血が垂れ、シーツに落ちる。僕は驚いて繋がりを絶った。だけどそれに興奮し、僕はまた入り込んだ。嫌がり暴れる手を僕の、人殺しの手で乱暴に押さえつける。欲を掻き出そうと何度も何度も打ち付ける。


パパ…。やめてよ。やだよ。いつもの優しいパパに戻ってよ、私の大好きなパパに戻って。怖いよ…。パパ。


耳の奥でぼやと阻まれ、脳が夢を見ていた。無理矢理キスをして、つまらない胸を撫でるというより擦り、また唇を離して今度は小さな口の奥のほうまで舌を滑り込ませて、嘔吐させた。けぷ、とゲップのあと吐瀉物の波が押し寄せ、僕の口に酸っぱい汁、鼻がつんとして僕も嘔吐した。


ごめんなさい。ごめんなさい。と謝りながら僕はゲロまみれで涙に濡れ、ぐったりとした娘を見ながらむりくり絶頂した。


パパ。許してあげる。怖かったけど、謝ってくれたから。私、ちゃんとママの代わりになるからね。パパが嫌いなママの代わりに。


エリー。ママのことはいいから。本当に許してくれるのかエリー、優しい子だね。僕の大好きなエリー。何度でも名前を呼ばせて。エリー。


パパ。


エリー。


パパ。私、今日だけで大人になっちゃったみたい。


どうして?


だってお酒も飲んだし、海も見たしママにだってなれるかもしれないんだよ。それに私、知ってるよ。パパが昨日人を殺した事。


起きてたのか。


ずっとね。だからおあいこ、全部私のせいでだから。パパは悪くないよ。


悪いのはパパだ。人殺しで、勝手にパニックになって。許されないことをした。エリーの純潔を。奪ってしまった。


パパにならいいよ。私パパのこと大好きなんだよ。なにされたっていいの、朝は驚いてパパだけどパパじゃないって思っただけだから。ごめんね。


エリー。


お風呂入ろうよ、せっかく早起きしたんだし汗かいたからさ。パパのせいで。


エリー。


エリーは笑顔ででも掴んだ手は震えていた、僕らはそれ以上何も言わずに言えないでまたエレベーターを降りて大浴場に入った。かぽんと、たまに桶の音がする。人はいなくて貸切状態、露天風呂に出てキスをした。今度は無理矢理ではないキスを。そして、家族同士で恋人になった。


風呂上がり、鏡に映る僕の影。娘の影に被さるようになっていて、吐き気。でも飲み込み、髪を乾かす。軽いエリーの髪はすぐに乾く。濡れないように靴下は脱衣所を出た後履いて、セブンティーンアイスを僕はチーズケーキ味、エリーはキャラメルプリン味を買った。


食べ比べをして、なんだか恋人みたいとエリーが笑った。家族愛か性愛かエリーを見ているとわからなくなる。汗ばんでくっついた薄ピンクのシャツをみていると胸が苦しくなって血が全部流れ出しそうになる。


今日はどこいくのさ。パパ?聞いてるの?ねぇ、パパ。おーい、パパ。


あ、ああエリー。今日はえっと北へ。


北ぁ?もっと寒いとこ行ってどうすんのさ。


しょうがないだろう。人を殺しちゃったんだから。


まあ、そうだね。北かぁ。なんか映画みたいじゃない?人を殺して逃げるって。テルマ&ルイーズみたいじゃん。


そう?ちょっと違うくないか?


でも、警察にはいかないんでしょ。ねぇ、パパ。


行かない。


北に行ったら雪だるま作ろうね。


特大のやつをな。


アイスも食べ終わったし、行こっかパパ。


チェックアウトは11時、今の時間は午前9時、時間もある。


風呂の後、部屋でもう一度寝た後せっかくだからと部屋の小さなお風呂にも入った。


そういえば家のお風呂もこのくらいの大きさだったよね、でもこうやって一緒に入るのは初めてだね。とエリーが言った。


僕は1人で入ったことしかない仕事もそうだし風呂も小さかったから、嫌われているものだと思っていたから。エリーにもずっとそっけなくしてママからの虐待にも気づかなかった。気づいたのは旅の前、ママはもういないんだって言ったらエリー、どんな顔をするだろう。


パパ?


ごめんね、エリー。僕ロリコンなんだ。毎月、献血に行ってるのも死んでしまう子供を助けるためってのもそうだけど、あの。


知ってるよ。だから落ち着いて、話して。


僕の血液が死にかけの子供の体内に入るでしょ、体内に入った血液が巡り巡って体細胞の一つになるでしょ、それで成人まで僕の体細胞が見知らぬ少女を見つめ続ける。それを考えると幸せになれるんだよ。僕は、今まで生きていられたのはね、献血のおかげなんだよエリー。


ちょっと予想超えてきたな。もしかして私が病気になった時も?


看護婦さんに頼み込んで直接輸血してもらった。(愛がなんだでこんなシーンがあった気がする。花束のほうか?)


そのせいで6ヶ月寝込んだんじゃないの?パパ。


そうかもな。


パパが私を殺して自分も死のうとしてるのも知ってるよ。


ごめん。


謝らないでパパ、私を殺すのは許さないよ。でもね、一緒になら。いいよ。


僕はこのエリーの危うさに親ながら何もできないで甘えてしまう事になる。その先にはたから見た幸せはない。だけど僕らの愛は永遠になる。僕らは幸せになるんだ。なんてロマンチストになってみる。


なんでそんな子供好きなのさ。ボロネーゼを食べながらエリーが言った。


発展途上のバチカン市国。磁気不全のICカード。去勢したてのポメラニアン。


あーなんとなくわかったわ。でも今は私だけみててほしいなぁ。私、本当にパパのこと好きなんだよ。


パパも愛してる。


それは家族愛?


どっちもだ。


朝ごはんのクロワッサンとバターロールを食べ終わり、時計を見る。時刻は8時50分、彼らが部屋に戻るまで後10分ある。旅行先の10分間なんてあっという間、食器を片付ける間に過ぎてしまう。


メロンソーダ美味しいね。パパ。


ああ。


また来たいね。


そうだな。


パパのももらちゃお。何これ、苦ぁ。甘ぁ。シュワァ、じゃない。何なの?


コーヒーとコーラを混ぜたんだ。美味しくないか?これも大人の味だな。


訳のわかんない飲み物でお茶の道を極めた千利休みたいなこと言わないでよ。ゲロまずだよ、ドブ川の水と変わらないよ。


女の子が口悪いぞ、全く親の顔が見てみたいもんだな。


毎朝顔洗う時見てるでしょ。


そうだな。


と、席を立ったのが55分。なんと5分で一階から7階まで上がっている。朝ごはん時のエレベーターは混むというのに運のいい奴らだ。人のこと殺しておいて。


もう出るの?パパ。


ああ、早めの方がいいだろ。行けるとこまで行きたいからな。


どこまでもね。


ああ!


どう、パパ?似合ってる?


よく似合ってる。でも寒くないか?


寒かったらパパのコート借りるもん。おしゃれはね我慢だからね。


白いワンピース一枚でよくいうよ。


大泉洋みたいなこと言うんだ。パパ。でも似合ってるでしょ。


うん。


ならいいじゃん。あ、私はもう準備万端だよ。


パパも準備万端だ。


忘れ物は?


ありません。


それじゃあ、しゅっぱーつ!


チェックアウトは空いていて早く終わり僕らは富士山に向かって走り出した。


サービスエリアでは富士山が見えて、建物の古さと相まってなんだかもう今すぐにでも死んでしまいたくなった。綺麗なもの、綺麗なもの、生命に溢れて。山もサービスエリアだっていきいきと息づいている。人も静脈と動脈が流れる心臓みたいに出入りが激しい。エリーだって少女文学の主人公みたいでなんだかアルプスの少女ハイジみたいだ。クララの見た目をしたハイジといえばしっくりくる。


もっと無邪気に、笑ってエリー、いとしのエリー。


サザンオールスターズの桑田佳祐の声に混じってエリーはたい焼き屋の客引きの声に誘われて、もうとんがり屋根の白い木の壁の軒先

に立って僕を待っている。イヤホンをつけたのにギガの死んだ4G回線じゃこの小っ恥ずかしい、娘の名前の由来にもなった曲を消せもしない、Wi-Fiもない古さに苛立つ。コンクリートの照り返し、ざわざわと喧騒、車の排気音、全てが音を鳴らさないイヤホンのせいでうざったい。みんなこんな些細なことで腹を立てたりしない。人を殺した僕がおかしくなっているだけだ、娘を犯した僕がおかしくなっているだけだ。


泳げたい焼き君だったか、それが流れている。カスタードクリーム入りのたい焼きと餡子のたい焼きを頼み出来上がりを待つ間、話しかけられた。かわいいお子さんですね、と店員の男が言った。こいつも下心か、殺してやろうか、とぐるぐるして。


パパ、楽しみだねたい焼き。と言ったエリーの声に頭の靄が晴れる。


はい、カスタードと餡子です。


改めてみた店員の目にはあの舐めるようないやらしさはどこにもない。舐めるように下心を感じていたのは僕、僕自身の性欲が照り返していただけ。息が荒くなる、はあはあと逃げるように小走りに、確認もせずに横断をして、耳にクラクションが響く。僕は下ばかり見てエリーが泣いているのに気がついたのは車に戻ってからだった。


備え付けの道具入れから鋏を取り出して僕は目を切ろうとする。鋏にはぼやけた顔が映る、恐怖が勝手僕は何も傷つけないで鋏をハンドルの隣、ドリンクホルダーに入れた。


相変わらず泣き続け、被害者振るエリーにだんだんと腹が立って、後から死ぬんなら今死んでも同じだろうとエリーの涙を拭っている手を掴んで浮いた緑色の血管をハサミで切った。白いワンピースにぽたりと血が落ちて僕のしてしまった事に気がついて車を走らせる。僕は今すぐに死ななければならないとアクセルを踏み込む。自分を傷つけるより他人を傷つける方が楽だ特に反撃を喰らう心配のないもの相手なら。


高速道路を降りるとすぐに海、血が心臓の音に合わせるように流れていく。エリーの白い顔はさらに白くなって、もう長くないことを僕は悟った。海辺の駐車場に車を止めて。ハサミで今度は腕ではなく、首を、頚動脈を切る。エリー、エリーと名前呼びながら僕は首を切って、震える手でエリーの首を切ろうとしたところで視界が黒くなって、音が消えた。

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