第30話 外伝1「さやかの秘密」

Chapter27「侵攻」の後半からの続きです


 橋爪さんの運転するメルセデスベンツVクラスで城ケ崎の別荘についた。溝口先輩は車の中で大はしゃぎだった。橋爪さんも上機嫌で運転していた。7人乗りのワゴンは快適で高級ホテルのような内装だった。なぜか人事部の佐山さやかも同行していたが不貞腐れている。溝口先輩に雑用係として無理やり呼ばれたらしく機嫌が悪い。溝口先輩は佐山さやかの弱みを握っているのだ。途中で吊り橋を渡ったり大室山に寄ったりしたので別荘についた時には16時になっていた。

別荘は2階建の和風建築で海を見下ろせる高台に建つ立派な建物だった。中は高級旅館のような趣で大広間は二十畳の和室だ。

「もう少ししたら料理が届くからね。七海ちゃん、ちょっと待っててね、佐山さんも、遠慮しないでね、このメンバーは七海ちゃんを売り出すプロジェクトみたいな感じだ。仲間なんだよ」

橋爪さんは海鮮料理の出前を頼んでおいたようだ。テーブルの上に並んだ海鮮料理は豪華だった。佐山さやかがコップや皿を並べ、忙しく動き回っている。佐山さやかは実に気が利く。なぜ独身なのか会社の7不思議の一つとなっている。小柄でキビキビ動き、学級委員のような公平さとモラルを持っており、少し薹が立っているがショートカットが似合うチャーミングなミニグラマーだ。

「凄いの! お刺身がいっぱいなの。エビが大きいの、ちょっと怖いの」

七海の目がLEDライトのように輝いている。

「捕れたての海の幸だ。サザエやアワビ、伊勢海老もあるぞ、近くの高級旅館から取り寄せたんだ遠慮なく食べてくれ」

橋爪さんの声が部屋に響いた。やはりセレブは違う、橋爪家は代々の遺産家で曾祖父は元華族で財界人だったとという。

「これ全部食べていいんですか! 凄い御馳走です。これってクエですか? 果物まであるんですね。この日本酒『菊理媛』じゃないですか! えっ? この白ワイン『シュヴァリエ モンラッシェ』!! 凄すぎる!来てよかったかも」

さっきまで不貞腐れていた佐山さやかも声を上げて笑顔になっている。


 「さやかちゃん、だから言ったじゃん、セレブな宴会だって。いやー、最高ですね、料理も酒も美味いし、窓からの景色も最高ですよ。なんか俺達七海軍団っていうか、七海組ですね」

溝口先輩は酔うのが早かった。七海は刺身をひたすら食べていた。アワビと伊勢海老をそれぞれ左右の手に持って交互にかぶりついている。

「七海組? いいじゃない! そうだよ七海組だよ。中途半端なアイドルやモデルなんか敵じゃないんだよ!」

橋爪さんもやたらと元気だ。

「橋爪さんは著名な写真家なんですってね。知りませんでした。不勉強ですみません」

佐山さやかは橋爪さんに興味を持ったようだ。確かに橋爪さんは不思議な人だ。

「著名だなんて、趣味でやってるようなもんだよ。子供の頃、祖父に貰った『ライカ』のカメラがきっかけで写真にハマったんだ。なんでも祖父はマッカーサーから貰ったらしいんだ。祖父は財務官僚をしていてGHQの予算担当だったらしいんだよ」

「凄い話ですね。マッカーサーですか」

私は驚いていた。今の日本があるのは良くも悪くもマッカーサーのおかげだ。マッカーサーがいなかったら、戦後の日本はアメリア、ソ連、中国、イギリスに分割統治されていたかもしれない。マッカーサーは連合国の分割統治案を突っぱねたのだ。

「うん、橋爪家は没落華族だったんだけど、戦前に曾祖父が事業を起こして、その後、祖父が官僚になって立て直したんだ。父は実業家で、曾祖父の事業を継いで、戦後に総合商社の『橋爪物産』を立ち上げたんだ。今は『ハシコー』の方が馴染みがあるかな、そして息子の俺は道楽者の穀潰しだよ。まあ事業は兄が継いでるから気楽だよ」

『ハシコー』は誰もが知る総合商社だ。IT関連にも進出している。橋爪さんは正真正銘のセレブだった。

「いい所れふね、ロケーションがひい。でも橋爪さんあんまり飲んでないれふね? お酒、美味しいれふよ」

溝口先輩はすでに呂律が回っていない。この人に飲ますには勿体ない酒ばかりだ。

「この別荘は曾祖父の時代からあるんだ。最近改築したんだ。別荘は清里と和歌山の南紀白浜と九州の高千穂にもあるよ。沖縄や北海道のニセコにもあったな。今度みんなでスキーでも行こう。酒は地下の倉庫に寝かせてあるからまだまだある、遠慮なく飲んでくれ、僕は七海ちゃんの寝顔をしっかり見たいから酒は控えておくよ」


 「お刺身美味しいの! 最近気が付いたんだけど、お醤油が凄すぎるの、何にでも合うの。いろんな料理の味の決め手なの」

「七海、醬油は大豆と塩で作るんだ。日本料理の重要な調味料だ」

「うん、でも誰が考えたの? お味噌もお醤油も考えた人が天才なの。鰹節なんて普通なら考えつかないの。凄い工程なの。昆布ダシとかMM星人もびっくりなの。調味料って凄いの。MM378でも作るべきなの! 科学に全振りしてる場合じゃないの! 科学だけじゃ幸せになれないの!」

「水元さんの従妹、本当に綺麗でカワイイですね。写真集見た時びっくりしました。女は中途半端なアイドルや女優には厳しいんです。『なんであんな娘が人気なの。もっと綺麗な人はいっぱいいるのに』って。でも、本当に綺麗な女性には憧れるんです。七海ちゃんは凄いです、憧れの対象です。女性にもきっと人気が出ますよ」

佐山さやかが珍しく謙虚だ。

「そうか、七海は同性からも受け入れられるのか、それは嬉しいなあ」

「水元さん、溝口さんから聞いてると思いますけど、違いますよ! 私はレズビアンじゃありません! 悪質な噂です! でも、もしそうだとしたら何がいけないんですか? 人には自分には変えられない生まれつきの個性があります。私は人事の人間としてそういう個性は受け入れることにしています。そういう人の苦しみも理解しているつもりです。良俗に反するものではありません、個性なんです!」

えっ? レズビアン? 私はまったく初耳だった。佐山さやかの口調はいつも以上に強かった。

「そうなんだ、そんな噂聞いたことないけどな。でも七海を気に入ってくれて良かったよ。会社の休憩室にも写真集置いてもらったみたいだし」

「写真集は今、私の家にあります。持って帰っちゃいました。七海ちゃんは本当に綺麗、カワイすぎる! 本物を見たらもう、一瞬で惚れてしまいました。だってあの美しさ、反則ですよ! それに無邪気で心も綺麗。あっ、言っちゃった・・・・・・とにかく今度水元さんの家に遊びに行きます、七海ちゃんもいるんですよね・・・・・・」

佐山さやかは顔を赤くしている。私はびっくりした。溝口先輩のいう『佐山さやかの秘密』とはこれだったのか。佐山さやかの発言は完全にカミングアウトだった。火の無い所に煙は立たないどころか、炎がボンボン燃え盛っている。


 「MM378も地球に負けないの、MM378に料理を広めるの!」

七海も珍しく酔っていた。普段は酒をまったく飲まない。

「七海ちゃんの宇宙人話が始まったな。七海ちゃんの宇宙人話好きなにょーー、MM378ってどこにあるにょ?」

橋爪さんが盛り上げる。

「大マゼラン星雲なの。16万光年離れてるの」

七海はMM378の話を始めた。橋爪さんと溝口先輩と佐山さやかは興味深そうに聞いていた。

「七海ちゃんの話、結構しっかりしたプロットがあるんだな。なんか本当にMM378があるみたいだ」

橋爪さんが感心している。

「本当れすね、エナーシュはまずそうらし、ギャンゴとか怖そうれすね。SF小説みたいれす」

溝口先輩も興味深そうだが呂律が回っていない。。

「ギャンゴの写真や1万5千メートルの山や、3つの太陽や、7つの月も撮ってみたいよ」

「ダメなの、ギャンゴは危険なの。私が橋爪さんを守るの。でも難しいの。ヒグマなら勝てるけど、ギャンゴは凄く強いの。ヘビはもっと怖いの」

「七海ちゃん、僕を守ってくれるの? 嬉しいにょーー!」

「頑張るの、美味しいお魚のお礼なの!」

「七海ちゃん、カワイすぎる。反則なんだから。本当に来てよかった」

佐山さやか七海を見てうっとりしている。


 宴もたけなわとなり、各自交代で風呂に入った。温泉は露天風呂だった。私が露天風呂につかっていると七海が入って来た。体にはバスタオル巻いている。私の隣で温泉に浸かった。温泉に入るために、まとめてアップにした髪型とうなじの後れ毛が色っぽい。七海のフェロモンが湯煙に溶け込んでいく。興奮して脈が速くなっているのが自分でもわかる。

「タケル、温泉気持ちいいの。地球人はズルいの。いっぱい楽しい事知ってるの」

七海は私の肩にもたれかかってきた。七海の頬とおくれ毛が私の肩に触れる。

「気持ちいいの。幸せなの。ずっとこうしていたいの」

私は心臓が破裂しそうだった。七海が無防備すぎて腹が立った。俺は男だぞ! でも嬉しい。最高ですか? 最高だ!

「MM星人は汗をかかないからシャワーもあんまり浴びないんだよな?」

私は自分を落ち着かせる為にどうでもいい話をした。

「体は拭くだけでいいの。地球にきてタケルの部屋で初めてシャワーを浴びたの。でも温泉は気持ちいいの。タケル、地球に来て本当に良かったの。楽しいことばかりなの。自分が軍人だったなんて信じられないの。最初からこの星に生まれたかったの。そうすれば誰も殺さずにすんだの・・・・・・私はいっぱい・・・・・・失った命はもう取り戻せないの」

七海は悲しそうな顔をしていた。自分の過去を悔いてるようだ。


 湯上りは皆浴衣を着てくつろいだ。七海の浴衣姿は予想以上に美しかった。

「スイカとサザエが美味しいの。マスカットも初めて食べたの、デザートは素敵なの」

七海は笑顔でスイカとサザエの壺焼きとシャインマスカットをいっぺんに食べている。素敵なのはわかるが、サザエの壺焼きはデザートではない。七海にテーブルマナーを教えるのは大変そうだ。窓からは幾つも漁火が見えた。


 バルコニーに出ると海風が気持ちよかった。波の音も聞こえてくる。高台に建つ別荘のバルコニーから見る漁火はロマンチックだ。久しぶりにタバコを吸った。橋爪さんからもらったのだ。七海がバルコニーに現れた。

「タケル、タバコは体に良くないの。あの光は何? 綺麗なの」

「漁火だ。漁師が魚を集める為に使ってるんだ。さっき食べた魚も漁師さんが捕まえたんだ」

「興味深いの。MM378には魚はいないの。漁業も農業も無いの。地球は素敵なの。自然の恵みに生かされているの。この星がどんどん好きなるの。素晴らしすぎるの」

MM378の自然環境や文化から見れば地球は魅力的な場所なのだろう。残念なことに我々地球人はそのことに気が付いていない。


 七海はいつのまにか短パンとTシャツに着替えていた。薄い黄色の短パンに白いTシャツ。もちろん素足だ。Tシャツにはウニの絵がプリントされている。

「わーお、七海ちゃんの姿、無防備すぎるにょーー! 夢にまで見た七海ちゃんのラフな短パン姿なにょ、ナマ足が眩しいにょ、凄いのにょ、無防備すぎるにょーー! みずもっちゃんがじらすから別荘まで来たにょ。みずもっちゃんは毎日見てるんでしょ? ズルいにょーーーー」

「綺麗な足、胸も大きくて形が綺麗。水元さん、本当にズルい! 七海ちゃんの独り占め、許せないです! 冗談じゃなく査定下げますよ! 七海ちゃんと一緒に住むなんて考えただけで胸の奥が、体の芯が熱くなる、ああ~ん」

橋爪さんは七海の姿を見て大はしゃぎだ。佐山さやかも激しく反応している。

「佐山さん、2、3日なら俺が家を空けるから、七海と二人で過ごしてもいいよ」

「ええっ? 本当ですか?」

「そのかわり、俺が企画開発部に異動できるよう力になってよ」

佐山さやかは人事部の社員だ。独身のアラフォー女子だが若い頃は社内のアイドル的存在だった。今でも歳より若く見え、十分可愛い。企画開発部門は新たな商品やサービスを企画する部門だ。各部署のエースを集めた花形部署だ。私は受託システム開発のマネジメントに飽きていた。何か新しいことに挑戦してみたい。企画開発部はこれといった商品やサービスはまだ生み出していないが、費用の高い外部研修などを優先的に受講でき、資格取得の支援も厚く、最新のビジネス動向にも触れることができる。


 「水元さん、それはダメです。公平公正な態度が人事に関わる者の責務です」

「そうか、もし企画開発部に異動できたら七海との生活、一カ月でもいいのに。一ヵ月だよ。七海に朝食作ってもらえるぞ。女性同士だから、一緒にスーパー銭湯とか行けばいいじゃないか。七海は温泉が気に入ったみたいだ。夜は隣で寝ればいい。七海に腕枕とかしてあげたらどう」

私は佐山さやかを『とことん挑発』した。全砲門を開いての一斉射撃だ。

「腕枕は気持ち良さそうなの。誰にもしてもらった事ないの。背中を流してもらったり、体を洗ってもらいたいの。私は一人っ子だからお姉さんが欲しかったの」

都合よく七海が無邪気に話にのってくる。僥倖だ!

佐山さやかは何かを想像しているのか、目がトローンとしている。

「まあ、公平公正が第一だから無理だよな。諦めるよ。さすが佐山さん、人事の鑑だ」

餌をぶら下げておいて一旦引く。

「佐山さんがお姉さんなら嬉しかったの、さやかお姉ちゃんなの。だから残念なの」

七海、ナイスアタック! 七海に悪意はない。だからこそ尚更罪作りで手に負えない。

「七海ちゃん・・・・・・そんな・・・・・・水元さん待って! 考えさせて下さい!」

手ごたえあり! 全弾命中。攻撃の効果を認む。敵の被害甚大なり。我が方有利。

「企画開発部か、あそこは永友専務直轄の部門だ。予算も潤沢だし、皆楽しそうに仕事してるよ。俺なんか来週、トラブルのお詫びまわりだよ。ガクちゃん『橘花産業』には同行してくれよ、あそこは厳しい、再発防止策の説明をしてくれ」

つい先日、会社が提供しているWebの受発注システムが半日ダウンしたのだ。利用顧客は50社以上に上る。私はデータの復旧作業の特別チームを編成し、二日ほど会社に泊まり込んだ。『橘花産業』の情報システム部門の担当課長は癇癪持ちで酷いキレ方をする。過去に罵詈雑言を浴びせられたうえにコーヒーを顔にぶっかけられたことがある。今回も汚れてもいいスーツとシャツを着ていくつもりだ。


 大広間に布団を敷いて皆で寝ることにした。右から溝口先輩、私、七海、橋爪さん、佐山さやかの順番になった。

「今日はもう寝るの、寝顔は見放題なの、お休みなさいなの」

七海が目をつぶった。

溝口先輩と橋爪さんが胡坐をかいて七海の顔を真剣に見つめている。佐山さやかも四つん這いになって七海の顔を覗き込む。なんとも滑稽は風景だ。動物観察か重病人の見舞いのようだ。七海の寝息が微かに聞こえた。

「おおっ、寝たみたいだな。七海ちゃんの寝顔、本当にカワイイなぁ~、やっと見れたよ。予想以上だ、撮影の時とは違うよ。ナマの良さがあるよ、本当に寝てるんだよな・・・・・・」

橋爪さんは感慨深げだ。

「ですよね、橋爪さん、写真は撮らないんですか? 最高の被写体ですよ?」

溝口先輩はスマートフォンを構える。

「写真なんか意味ないよ、頭に焼き付けるんだ。写真なんてしょせん人工物だ。頭の中のアルバムに焼き付ける、それがあるべき姿だ。写真の歴史なんてたかだか200年だ。太古から人間は『大切な人の姿』や『思い出』を『頭のアルバム』に焼き付けて生きてきたんだ」

「七海ちゃんの寝顔カワイイ、どうしよう私、もうダメかも、ああ~恥ずかしい・・・・・・」

佐山さやかは切なそうに呟いた。

「佐山さん、美しいものの前に男も女もないんだよ。心が動くのは恥ずかしいことじゃないよ。ミロのビーナスやモナ・リザがそうだ。オードリーヘップバーンだっていまだに女性ファンが多い。私の業界にも同性愛者は多いけど、みんな立派な仕事をしている。相手を傷つけなければ愛として成立するんだよ。七海ちゃんはみんなの愛を受けるべくして受ける存在なんだよ」

「橋爪さん、ここまでの気持ちになったのは初めてです。自分でも不思議です。欲望とかじゃないんです。性別とかもどうでもいいんです。単純に好きでどうしようもないんです」

佐山さやかは陥落寸前だ。弾薬と食料が尽きた要塞のようだ。あと一押しだ。『降伏勧告』を試みることにした。『狡猾な軍使』を送り込む。

「七海と住めば毎日寝顔を見れるのに。寝息や寝言も聞き放題だし、七海っていい匂いがするんだよなぁ。隣で寝てると漂ってくる」

「水元さんのイジワル! 七海ちゃんの寝息に匂いだなんて、ああっ、なんかゾクゾクします」

「ゾクゾクじゃなくてウズウズじゃないの? 花のようなミルクのような優しい匂いなんだよな」 

「もうウズウズでもムラムラでもいいです! 水元さん、寝る場所変わって下さい! 今晩だけでも七海ちゃんの隣で寝たいです!」

「今晩だけ? 欲が無いねえ、でも俺は七海の保護者みたいなもんなんで、隣は譲れないよ」

敵が降伏に条件を付けてくるようであればきっぱり切り捨てる。条件はこちらからのみ与えるのが降伏勧告の鉄則である。

「水元さん、イジワルです」

佐山さやかは涙目になっている。

「人聞きの悪いこと言わないでよ。企画開発部の件、動いてもらえば2、3日、上手くいったら一カ月七海と暮らせるんだよ。何も不正や背任行為を強要してるわけじゃないんだよ。できる範囲での協力を求めてるんだよ。今晩だけじゃなくて何日でも隣で寝れるのに。七海の淹れるコーヒーとオムレツは最高だ。溝口さんも感動してたよ。今度遊びに来て泊まっていけばいい、まあ俺もいるし一日だけだけどね。皆で戦争映画でも観ようぜ」

「そうそう、最高の朝だったよ、オムレツ美味しかったなあ。さやかちゃん、協力してあげたら? 七海ちゃんの寝言がまたカワイイんだ、守りたくなっちゃうよ」

溝口先輩ナイス。でも抱き付くのはやめて欲しかった。今日は援護射撃もドンピシャだ。絶望だけでなく希望も与えるのが有効な降伏勧告だ。

佐山さやかの陥落も近い。私は酔っているせいかストンと眠りに落ちた。


 目が覚めるとまだ照明がついていた。橋爪さんが横になって首を右に曲げて七海の寝顔を見つめていた。なぜか佐山さやかが七海の布団に入って七海の右側に寝ていた。時計を見ると朝の6時だった。

「橋爪さん、ずっと起きてたんですか?」

「うん、七海ちゃんの寝顔をずっと見てたんだよ。いくら見てみ見足りないんだよ。本当に綺麗だ。首が痛いよ」

「七海の寝顔、いいですよね」

「水元さん、七海ちゃんは本当に『宇宙人』なのかもしれないな。こんな綺麗な顔、他に知らないよ。肌だって赤ちゃんみたいだ、産毛一つ生えていない。ホクロもシミもニキビの痕も皺もまったく無い。人間とは思えないよ。私は写真家として長いけど、本当に不思議な気分だよ」

橋爪さんの指摘は鋭い。すがに女性専門のプロの写真家だ。七海の顔は私がAIで作って七海が変身して完全コピーしたのだ。ホクロやシミなんてあるはずがない。

「ふんっ 守る の ・・・378も  地球 も  負けないの タケル 帰ってくるの ご褒美は ふふっ 鰻重なの ふふふ 私は鰻の味には  うるさい の むにゃ スススー」

七海の唇がわずか動いた。

「寝言です」

七海はどんな夢を見てるのだろう。少し気になった。

「うん、寝言、最高だよ。本当に最高だよ! 七海ちゃんを守りたくなってくるよ、守りたいにょーーーー! うおーーーーにょーーーー!」

「ズルい、寝言なんて・・・・・・可愛いすぎる! 私も七海ちゃんを守りたい! ずっとそばに居たい、ああーーなんか切なくなる」

佐山さやかも目を覚ましていた。

「水元さん、私、やってみます。若い頃、永友常務が何回も口説いてきました。全部断りましたけど、今でも飲みに誘われます。七海ちゃんと一か月間二人で暮らせるのなら何でもやります! 永友常務に水元さんの異動を提案してみます。色仕掛けならなんとかなるかもしれません」

「佐山さん、そこまでしなくてもいいよ」

私は『心が痛かった』。ちょっと調子に乗りすぎた。人の心を弄ぶつもりは無かった。佐山さやかは真剣だ。真っ直ぐな愛だ。人と少し性的嗜好が違うことでずっと辛い思をしてきたに違いない。

「もし企画開発部への異動が実現したら七海ちゃんと一か月間同棲させて下さい! 約束ですよ!」

「女同士で一緒に住んで楽しいのかね? 七海とは世代も違うから話も合わないんじゃないの? きっとつまらないよ」

「私の気持ち、知ってるくせに。イジワルすぎます。子供の頃、いじめっ子だったでしょ!?」

「なんのこと? やっぱりレズビアンなの? 七海に変な事教えないでよ」

「水元さん、本当に酷い! 私は覚悟を決めたのに」

佐山さやかの目から涙が溢れそうになっている。


 「佐山さん、七海は寂しがり屋だ。家庭がかなり複雑でいろいろあったんだ。子供みたいに無邪気だけど、人の何倍も傷ついて来た。想像できないような辛い目にも合って来た。それでも真っ直ぐで芯の強い娘なんだ。だから優しくしてあげて欲しい。まだまだ七海には人の愛が必要だ。傷が癒えてない。女性にしか気がつかない事もあると思う。男の俺では限界もある。俺には優しさが足りないんだ、最近気が付いた。七海を癒し切れない。佐山さん、一か月間七海をお願いします。企画開発部の件はゆっくりでいいよ。安いビジネスホテルでも探すか、たまには一人も悪くないな」

七海は元々家族はいないが、MM378で我々には想像できない深い傷を負っていることは確かだ。感情が芽生えた今、なおさら辛い思いをしているに違いない。佐山さやかが少しでも七海の気持ちを癒してくれるとありがたい。佐山さやかにもいい時間と思い出を作って欲しい。思い返せば佐山さやかにはいろいろと世話になっている。酔い潰れてタクシーで家まで送ってもらったことも一度や二度ではない。キャバクラ嬢に振られる毎にヤケ酒に付き合ってくれた。

「水元さん・・・・・・嬉しいです。七海ちゃんに変なことはしません。大切にします。レズビアンだって人間です、相手の嫌がることはしません。それに水元さんは自分が思ってるよりずっと優しい人です。人事畑が長いんで、人を見る目だけは自信があります。私の宝です。レズは感性が鋭いんです」

佐山さやかが笑顔で涙をこぼした。

「なんの話してるの? レーズンって聞こえたの。レーズンパンは焼いた方が香ばしくて美味しいの、クルミパンも美味しいの」

七海が目を覚ました。

「七海ちゃん、本当にカワイイね。妹になってね」

「うん、わかった。佐山さんはお姉ちゃんなの」

七海は寝起きの気だるそうな顔までカワイイ。みんな七海に心を奪われ、七海を放っておけない気持ちになってしまう。しかしその気持ちは何故か心地良い。


 我々は朝食の後、磯遊びをした。朝食は干物がメインの和食だった。七海は干物と温泉卵が余程口にあったのだろう、ご飯を5杯もお替りをした。佐山さやかは母親のような優しい顔でお櫃からご飯をよそっていた。


 佐山さやかが『ウミウシ』を手にもって七海を追いかけている。

「キャー、やめて! さやかお姉ちゃん、やめてよ、変な形なの、色がありえないの! 気持ち悪いの~!」

「七海ちゃん、ヘビだけじゃなくて、こういうのも苦手なんだ、ふふふっ、あはははっ、私は海の近くで育ったからこんなの平気だよ、ほらほら」

佐山さやかは見たことも無いような屈託のない笑顔だ。

「ヘビよりはマシだけど、ダメなの~、気持ち悪いの~ でも、地球の生き物は興味深いの。不思議なの キャッ、お姉ちゃん、やめて欲しいの~、来ないで~、降参なの~」

橋爪さんも、溝口さんもヤドカリや貝を拾いながら七海と佐山さやかの様子見て笑っている。

私は去年買った一眼レフカメラで風景と、皆の姿を撮影した。このカメラが溝口先輩や橋爪さんと交流するきっかけになった。

初夏の太陽がみんなの笑顔を輝かせている。ひと際輝いていたのは佐山さやかの、何かから解放されたような屈託のない明るく優しい笑顔だった。

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