第27話 Chapter27 「侵攻」

Chapter27 「侵攻」


 「七海さん、ジーク少尉からのメッセージを日本語の音声で再生してもよろしいですか?」

「聞きたいの、お願いなの」


《ジョージ大尉、お元気でしょうか。銀河系、太陽系、第三惑星地球におられることを聞きました。今、第1政府はMM378を暴力と恐怖で支配しようとしています。ヘルキャ中将の方針です。ヘルキャ中将は独裁者となり、全てを支配しようとしています。レジスタンスも必死に戦っていますが劣勢です。第1政府は平和条約で禁止されている物理攻撃兵器も使用しています。MM378の歴史的倫理観を侵しています。ギャンゴの集団まで操って支配地域を蹂躙しています。これは許される行為ではありません。第1政府は現在大型宇宙輸送船を複数建造中です。おそらく地球に侵攻する為だと思われます。大尉も危険です。早く脱出してMM378に戻り、我々と合流してください。そちらの惑星にMM星人がいることも知りました。彼らも我々と共に戦います。可能であればまた連絡いたします。大尉お元気で》


 七海は黙っていた。顔には強い怒りの感情が浮かんでいる。

「お聞き頂いた通りです。第1政府が地球に侵攻するのは早ければ半年後が予想されます」

「私の宇宙船はまだ長野県にあるの?」

「はい、無事です。我々も宇宙船をいくつか保有しています。大型宇宙船ですが航行性能はかなり劣ります。MM378まで8ヵ月はかかります。部隊を送り込むのは早くても1年後になります」

「そんなに待っていられないの! 第1政府はギャンゴまで使ってるの、異常なの、半年後には第1政府が侵攻してくるかもしれないの!」

「大型宇宙船を使えば大量のギャンゴも運べます。沢山のギャンゴが地球に放たれれば軍隊を出動させる必要があるでしょう。どの国でも警察では対応できないでしょう」

「ギャンゴは聞いたことあるけど、戦車やヘリコプターなら楽勝じゃないのか?」

私は以前からギャンゴの存在が気になっていた。

「ギャンゴは戦車の主砲くらいじゃ倒せないの、20mmバルカン砲でも無理なの。とにかく強いの、皮膚が硬いの、パワーも半端じゃないの! 超濃硫酸も吐くの、地球の生物のレベルで想像したらダメなの。早く行かないと大変なことになるの!」

「物理兵器の開発も対ギャンゴ用の銃を開発する必要があります。ギャンゴには一つ弱点があります。頭頂部です。皮膚や羽は固く、戦車でも無理でしょうが、頭頂部は弱いようです」

「本当なの? 知らなかったの」


 「先祖からの伝聞です。我々の先祖もMM378にいた頃、ギャンゴには苦しめられました。MM星人はポリシーとして物理兵器は使いません。逃げるしかありませんでした。そんな中でギャンゴを罠にかけたそうです。その時に弱点が発覚しました。この星の兵器であれば対物ライフル程度の威力でギャンゴを倒すことができます。ただし正確に頭頂部に打ち込まなければなりません。90度の角度で撃ち込む必要があります」

「無理なの、ギャンゴの頭頂部に90度の角度で撃ち込むなんて。ギャンゴの高さは8メートル以上あるの」

「罠に落とすか、転ばせる事ができれば可能かと思います。早速対ギャンゴ兵器の開発を検討します。第1政府が物理兵器を使用してる以上、我々も物理兵器を開発します。すでにアサルトライフルとショットガンは量産体制に入っています。MM星人のポリシーには反しますが、そのような事を言っている事態ではありません」

「残念なの。MM378の歴史的倫理観を変える必要があるの。殺すための武器は作らないのがMM星人のポリシーだったの」

「我々も残念ですが仕方ありません。戦争の形が変わったのです」


 「今日は射撃場を使わせて欲しいの。銃の扱いを徹底的に覚えたいの」

「花形をインストラクターとしてつけましょう。花形は第2次世界大戦では終戦間際にソ連軍と戦い、戦後はフランス外人部隊に入って、数々の実戦経験もあります。湾岸戦争やアフガニスタンにも行っています。銃器や爆発物の扱いのエキスパートです」

「助かるの。戦うのはイヤだけど、MM378と地球のためなの」

「東京の北区の荒川沿いと江東区の埋め立て地に我々の施設があり、射撃場もあります。いつでも射撃練習ができるよう、帰りに許可証をお渡しします」

「ありがとう、MZ会は凄いの」

「俺もその射撃場使ってもいいかなあ」

私もいざという時に備えて射撃練習がしたかった。何よりもミリタリーマニアにとって実銃を撃てるのは最上の喜びだ。

「はい、ただし内密にお願いします」


 「今、花形に連絡しました。打ち合わせが終わった後、射撃場に行って下さい。唐沢が案内します。それと、花形が七海さんに格闘術を教わりたいそうです。よかったら指導してやって下さい。格闘技場もこの施設にあります。遅くなるようなら本日はお泊り下さい。鰻重を用意しましょう」

「鰻重! 食べたいの! タケル、今日は泊まりなの。花形さんに格闘術を教えるの」

七海はやる気満々だ。

「花形は七海さんに負けたのがよほど悔しいのでしょう。まあ、あいつにはいい薬になりました。あいつは自分が世界で一番強いと思っていました。上には上がいるという事を知ったようです。七海さんはおそらく人類で最強です」


 「七海さん、3ヵ月あれば我々も破壊工作の準備ができます。今潜入している潜入員を集結させて3ヵ月後に破壊工作と攪乱作戦を展開します。第1政府の動きを一時的に止められると思います。潜入員は総勢200名ですが、破壊工作のプロです。バグルンも使う覚悟です。ヘルキャ中将を倒すことができれば第1政府の動きは完全に止められるのですが。七海さんもその時まで待って下さい」

「わかったの、3ヵ月待つの。でもそれ以上は待てないの! 3カ月たったら私はMM378に行くの! 侵攻を食い止めるの!」

「七海、まさかMM378に帰るのか!? おいっ!」

「タケル、ごめんね」


『私はこの時の記憶を失ったようだ。

記憶を取り戻したのは3か月後だった。』


 季節はGWが明けて初夏になっていた。七海は春先から龍王軒でパートをしていた。店長も王さんも大喜びで七海目当ての客で店は賑わっていた。七海は時給よりチップでの稼ぎの方が大きかった。私と七海は橋爪さんが開設した小さな事務所にいた。溝口先輩も同席している。

「七海ちゃん、また重版だよ、口コミで広がってるみたいだよ。これで累計3万部の発行だよ。水元さん、七海ちゃんの印税は450万円だ、ただし受け取りは来年になるけどね」

「嬉しいの! 450万円あれば家賃も半分払えるの。美味しい物も食べられるの」

「それに写真集第2弾の話も出てるんだ! 出版社は乗り気だよ。今度はもっと宣伝活動も行うつもりらしい。七海ちゃんにかける期待が大きいんだよ。写真集だけじゃなくて、アイドルとして売り出せるかもって盛り上がってる。グアムやサイパンロケなんて話も出てるんだよ。口コミがメインで売れるっていうのは実力がある証拠だよ。私にも七海ちゃんに関する問い合わせは沢山きてる。七海ちゃんは写真家仲間の間でも評判なんだ、七海ちゃんを撮りたいっていう写真家がいっぱいるよ。七海ちゃんも忙しくなるぞ。私も事務所を開設したからね、頑張るよ」

「凄いな七海、なんか七海が遠くへ行っちゃうような感じだよ」

「それは無いの。私はどこにも行かないの、どこにも行きたくないの、皆の傍がいいの」

「ガクちゃん、ネットのアイドル掲示板でも七海ちゃんの名前が結構あがってるんだよ。『謎の超美形モデル』とか、『癒し系モデル新人ナンバー1』とかさ。いっそ取材とか受けちゃったら、もっと人気でると思うよ、攻めるなら今だよ、今、今、今!」

「そうですね。七海どうする?」

「うーん、溝口さんには悪いけど、取材はもう少し待って欲しいの、なんか苦手そうなの。準備がしたいの」

「それと忘れてもらったら困るのが約束の件だ。七海ちゃんの寝顔の件だ」

「ああっ忘れたました」

「忘れたじゃ困るにょー、いいこと考えたのにょー、僕の別荘に皆で行くにょー、そうしたら七海ちゃんの寝顔も見れるにょー」

「橋爪さんの別荘ですか?」

「そうなにょ、東伊豆の城ケ崎に別荘があるにょ、お魚が美味しいにょー」

「いいですねえ、東伊豆ですか。景色もよさそうですね」

溝口先輩は乗り気だ。

「そうなのにょ。七海ちゃんに美味しい魚を食べさせたいにょ」

「美味しいお魚! 行きたいの、タケル、行きたいの!」

七海はもっと乗り気だ。


 私はパートを終えた七海と『教育の森公園』のベンチで風にあったていた。梅雨はまだ明けていないが夜風が夏を感じさせる。

「パートはどうだ? 忙しいみたいだな」

「うん、チップを貰えるように頑張ってるの」

「どうすれば貰えるんだ?」

「基本は笑顔なんだけど、写真撮影が一回1000円、あーんして食べさせてあげると2000円で半分が私の収入になるの。七海独り占めコースもあるの。私と一緒に1時間食事をしながらいろいろ話せるの。料金は5000円で食事代は別なの。私が食べた分もお客さんが払うの」

「なんかメイドカフェみたいだな。店長もよく考えるよな」

「おかげで5時間働いて1万円になることもあるの。お昼の賄いのご飯も美味しいの。それにね、私も時々賄いを作るの。中華料理のコツを教わってるの。今度作るから楽しみにしてて欲しいの。あんかけとチャーハンには自信があるの。今日はお土産にジャンボ肉シュウマイをもらったの、早く食べたいの」

七海は手に下げたレジ袋を私に見せた。ジャンボ肉シュウマイは七海の大好物だ。七海の作ったチャーハンを食べるのが楽しみだ。


 「七海と出会ったのはこの公園だ、去年の今頃だな」

「うん、懐かしいの。私はホームレスのおじさんだったの」

「うんうん、いきなり宇宙人だとか言って、美島七海に変身してもらったんだよな」

「うん、あれからいろんな事があったの、楽しかったの」

「ああ、本当に夢のような1年だったよ」

「ねえ、タケル、峰岸さんと連絡を取って欲しいの」

唐突だった。

「どうした?」

「宇宙船を管理して欲しの」

「どうしたんだ、急に」

「宇宙船はメンテナンスしないと使えなくなるの、使うことは無いけど、念の為なの」

私はMZ会日本支部の広報窓口を調べ電話をした。夜だったが繋がった。峰岸を呼び出した。

「お久しぶりです、水元さん。お元気でしたか? その節は失礼いたしました、もう半年以上前ですが」

「そんなにたつのか、七海が宇宙船を預かって欲しいらしいんだが可能か?」

「はい、可能です、メンテナンスですね。いつでも通信チャンネルをオープンにしておきますので七海さんにそうお伝えください」

「その後MM378で変わったことは無いのか?」

「特にございません。相変わらず第1政府と他の政府は交戦状態です。それと水元さん、今度ぜひ水元さんのカラオケをお聴きしたいのですが、私は歌いましたので」

「カラオケ、何の話だ?」

「いえ、何でもありません。通信の周波数と暗号解除コードとコールサインは明日速達でお送りしますので七海さんにお渡し下さい」

「わかった」

「戸籍や住民票はお使いいただいておりますか?」

「ああ、助かってる、七海は働いてるよ。モデルとしての出だしは好調だ。税務署対策もばっちりだ」

「それは良かったです」

私は結果をすぐに七海に伝えた。

「良かったの、週末に宇宙船の取りに行くの。山の中なの」

「俺も協力するよ」

足手まといになるかも知れないが、私は七海と行動を共にしたかった。


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