第26話 Chapter26 「カラオケ」

Chapter26 「カラオケ」


 会社帰りの池袋駅だった。山手線から丸の内線に乗り換える為にコンコースを歩いていた。一人の男が私の前に立った。峰岸だった。峰岸は相変わらず黒いスーツに灰色のシャツにブルーのネクタイだった。

「水元さん、お話があります。少し時間を頂けますか?」

私と峰岸は池袋の西口にあるカラオケボックスに入った。峰岸の提案だ。峰岸は店員にウーロン茶二つと唐揚げとポテトフライを注文した。

「もう会うことはないんじゃなかったのか、それに七海の写真集を3000冊も購入したのはあんた達じゃないのか? 宗教法人が写真集なんてどういうつもりだ」

「我々はあまり堅苦しくない宗教法人です。厳しい戒律やタブーはありません。各施設の娯楽ルームや歓談室に写真集を置くくらい問題ありません。心ばかりの支援のつもりです」

峰岸の話は嘘くさい。

「ありがたい話だな、手短にしてくれ」

峰岸はカラオケのリモコンを操作すると何曲か曲をリクエストした。

「私は歌いませんが、何も曲を入れないのは不自然なので。カラオケボックスは密談には最適な場所です」

「水元さん、明日、七海さんとこの前の施設に来ていただけますか? 車でお迎えにあがります、遅くても明後日の日曜日には帰っていただけると思います」

「七海に直接アポをとればいいだろ」

「水元さんにもぜひ来て頂きたいのです。MM378で動きがありました。とても大切な話です。七海さんは水元さんを信頼しています。ぜひご同行願いたいのです」

部屋の中にはJPOPの伴奏が響いていた。

「どんな話なんだ?」

「ここで話すことはできません。水元さんと口裏を合わせていることを七海さんに悟られたら七海さんの心が乱れます。疑心暗鬼は話し合いにおいて一番好ましくない状態です。私からアポイントがあったことを七海さんに話して二人で来て欲しいのです」

私は無性に腹立たしかったが断ることは出来なさそうだ。必要とあらば七海を拉致するくらい平気でやる連中だ。

「峰岸さん、一曲歌ってよ。ここはカラオケボックスだ。誘ったのは貴方だ」

私は峰岸にせめてもの意地悪をしたかった。

「わかりました、次の曲を歌わせてもらいます」

峰岸はJPOPのバラードを歌った。Mr.Childrenの『Tomorrow never knows』だった。何故か峰岸は立ち上がって熱唱していた。思ったより上手かった。地球での生活の長さを感じさせた。歌い終わった峰岸は私にマイクを渡した。

「水元さんも一曲いかがですか?」

私は無視した。


 翌日、春日通りの『フェミリーマート』の前に黒のセダンが停まった。私と七海は後部座席に座った。助手席にはサングラスをした体格のいい男が座っていた。この前私と七海を拉致した4人組のうちの一人だ。

「今日はショットガンを持ってないのか?」

「念のためスミス&ウェッソンのM29を携帯しています」

「44マグナムか。ダーティーハリーかよ」

「44マグナム弾ならギリギリ大丈夫かもしれないの」

七海はギリギリ大丈夫かもしれないが私は即死だ。

「この前みたいに喉を潰されたんじゃ洒落になりませんからね。まだ話すと痛いんですよ。そちらの女性、強いですね。あの時、右足の踵でつま先を踏まれて、左の膝を股間に押し込まれて動けませんでした。手首を縛られていたのに、完璧な攻撃でした。見事な組技でした。地球人に負けたのは初めてです。是非格闘術を教わりたいです。私は花形と申します」

助手席の男は前回の拉致の際、七海が首を絞めて倒した工作員だった。

「花形さん、聞いて無いの? 私はMM星人で『ムスファ』なの」

「えっ? そりゃ勝てないはずだ。MM378の第1政府には潜入員として潜り込んだことがあるが、『ムスファ』なんて見た事ないです。本当に存在したんですね。任務でグリーンベレーやスペツナズの軍人と戦ったこともありますが楽勝でした。飲み屋で横綱の二羽白やレスラーの力道海に絡まれて喧嘩になったこともありますが余裕でした。しかしムスファは強いですね」

「花形さんは強いんだな。ヒュードルやミルク・コロコップにも勝てるのか?」

私は弱いが、格闘技は大好きだ。ミリタリーマニアには格闘技好きが多い。

「打撃系は得意です。多分20秒もあればKOできます」

私は花形の強さに感心した。しかしそれより強い七海にもっと感心した。

「私は暴力は嫌いなの。地球に来て嫌いになったの。やさしさが一番なの。暴力なんて何も生まないの」

「峰岸さんも人が悪い。あなたの事を、ただの地球人の女性だから丁寧に扱えなんて言ってました。まさかムスファだったなんて。いい経験をさせてもらいました。上には上がいる」

「花形さんは何歳なの」

七海は同じMM星人の年齢が気になるようだ。

「320歳くらですね、1700年頃に日本で生まれました。赤穂浪士の討ち入りがあった頃です」

「農民だったのか?」

「そうですね。でも幕末は新選組の隊士でした」

「ええっ、そうなの? 近藤勇や土方歳三に会ったことは?」

「もちろんです。副長は怖かったです。鳥羽伏見の戦いまで隊士でした。五稜郭には行きませんでした」

「なんか凄いなあ」

私は感動していた。MM星人が新選組の隊士だった。しかも今こうして私と話している。

「太平洋戦争では徴兵されて満州に行きました。歩兵でした。戦後はシベリアに3年ほど抑留されました。復員後にMZ会に入信しました。たしか峰岸さんも歩兵として出征したずです。唐沢さんは戦闘機パイロットだったそうです。みんな地球人に同化する為に戦いました」


 車は1時間ほどで観音崎の施設に到着した。私達は前の尋問室に案内された。目の前に座るのは峰岸と唐沢だ。

「七海さん、ジーク少尉からメッセージを預かっています」

「ねえ、もう接触しないんじゃなかったの? 話が違うの! どうしたの?」

七海が少し動揺している。

「状況が変わりました。我々の潜入員が10名、第1政府に捕まりました。酷い拷問を受けています。他の潜入員がジーク少尉と接触しました」

「どういう事なの?」

「第1政府は相変わらず他の政府と交戦状態です。支配区域は広げましたがレジスタンスに手を焼いています。潜入員はレジスタンスの疑いをかけられ捕まりました。」

「もっと詳しく説明するの!」

「我々は第1政府と潜入員の開放について交渉していますが、芳しくありません。それどころか地球に討伐部隊を送ろうとしているようです。目的は我々の殲滅と貴方の暗殺です」

「どういうことだ、何でそうなるんだ!」

私は怒鳴っていた。

「第1政府は我々の存在を看過できなくなったようです。七海さんのことも。とにかく第1政府は尋常じゃありません。焦っているようです」

「あなた達はどうするの!」

「我々は戦うことを選択しました、レジスタンスにも協力します」

「第1政府に勝てるの? 第1政府を甘く見ない方がいいの!」

「難しいでしょうね。我々は長い間戦闘行動を行っていません。ポングを使えるものも数えるほどです」

「脳波戦ができないようじゃ勝ち目はないの!」

「物理的兵器を使います。この星の銃などを参考にした武器を開発しています」

「それは平和条約違反なの」

「第1政府は物理攻撃兵器を使用し、大量に生産中です。地球人も制圧するつもりかもしれません」

「許さないの! そんな事許さないの! 地球は関係ないの!」

「峰岸さん、どんな武器を開発してるんだ?」

私は興味が湧いた。

「アサルトライフルのAK47系統を参考にしています。口径は10mmでカートリッジも大きくして装薬を増やしています。対MM星人仕様です。また、ショットガンも20番口径ショットシェルの装薬量を1.5倍にしたものを開発中です。スラッグ弾ならMM星人も一発で倒せます。反動やマズルジャンプについてはMM星人の身体能力なら問題ありません」

「レーザー兵器なんかは考えなかったのか? MM星人の科学力なら可能だろ?」

「レーザーやプラズマ兵器も検討しましたが、コストに見合いませんでした」

「10mm口径のアサルトライフルと装薬1.5倍のショットガンか。地球人ならオーバーキルの性能だ」

「私もそのショットガンが欲しいの、脳波攻撃と物理攻撃を併用するの。ショットガンはこの前撃ったから大丈夫なの」

七海は興味津々だ。

攻撃用脳波と弾丸が同時に飛び交う戦場を想像した。攻撃用脳波で脳を破壊され、銃弾で肉体を刻まれる。凄まじい光景だ。




『ここからはミリタリーマニア向けです、読み飛ばしてもらっても問題ありません』




「峰岸さんは太平洋戦争に出征したんだよね?」

私は花形の話が気になっていた。峰岸と唐沢は太平洋戦争に参加したというのだ。

「花形ですか。あいつはおしゃべりだな。確かに私は徴兵されてニューギニア戦線に行きました。二等兵でした。酷い戦いでした。戦友が大勢餓死しました。MM星人は地球人より食事の量は遥かに少ないのですが、それでもきつかったです。本当に食べるものがありませんでした。シャングルの中を逃げ回って病気と飢餓で皆倒れていきました。飢えた状態で山脈を超える作戦も無謀でした。補給の無い軍隊ほど惨めなものはありません。ニューギニアに20万人も兵を送って、補給も撤退も無く、最後は捨て駒のようでした」

「戦闘はしたのか? 銃も撃ったんだよな?」

「38式はいい銃でしたがボルトアクションなので敵のM1ガーラントやトンプソンの速射性に撃ち負けました。私は鹵獲したトンプソン短機関銃を使っていました。後半は弾薬が不足し、皆銃剣で機関銃と戦いました。敵の中にはMM星人もいましたが、テレパシーを使って直接戦闘にならないようにしていました。私は接近戦と白兵戦とゲリラ戦でアメリカ兵とオーストラリア兵を120人ほど殺しました。あまりいい思い出ではありません」

峰岸は悲痛な顔をしていた。


 「唐沢さんは戦闘機乗りだったんだって?」

「はい、海軍兵学校を卒業後、操練を出て搭乗員になりました。甲戦の士官搭乗員です」

「甲戦ってことは、機種はゼロ戦?」

「96艦戦と零戦です。母艦搭乗員ではありませんでしたが、ラバウル、マリアナ諸島、フィリピン、本土防空に参加しました」

「ええっ本当にゼロ戦パイロットだったの? まじかよ!」

私は興奮がマックスだ。まさか元ゼロ戦パイロットと話せるとは。夢みたいだ。終戦から78年たった今、ゼロ戦パイロットは100歳近い。存命の方は殆どいないだろう。

「零戦はいい飛行機でした。操縦性が抜群でした。開戦から終戦まで零戦でした。21型と52型です」

「空中戦はしたの? どんな感じだったんだ? 詳しく聞かせてよ!」

私は興奮が抑えきれない。

「はい、開戦当初は零戦は無敵でした。P40やP38を墜としました。それぞれ10機以上墜としました。MM星人はGに強く、視力もいいので楽に戦えました。ただし後半になると敵も新鋭機を投入し、数も多かったので苦戦しました。F6Fは手強かったですね。零戦が得意な格闘戦には付き合ってくれませんでした。一撃離脱戦法では零戦は不利でした。なにしろ数が多かった。追い回されました。F6Fは5機しか墜とせませんでした。頑丈な機体でした。弾が当たってもなかなか墜ちない。P51も手強かったです。機体性能が違いすぎたので、墜とすことはできませんでした。運よく特攻は逃れましたが、終戦間際の本土防空戦は酷いものでした。敵機が日本本土上空を我が物顔で飛んでいました。結局私の総撃墜数は26機です。共同撃墜を合わせると43機でした」

「唐沢さん凄すぎる!」

「敵には同じMM星人もいたはずです。特攻に行ったMM星人もいました。僚機の部下も何人も失いました。なんか空しかったですよ」

「紫電改とか疾風はどうだったんだ?」

「タケルは紫電改が好きなの! 写真集も持ってるの」

暇そうにしていた七海が話に割り込んできた。

「私はずっと零戦でした。紫電改には乗ってみたかったですね。ほぼ343航空隊が独占していたので乗る機会はありませんでした。生産数も極めて少なかった。紫電改は乙戦なので勝手は違ったでしょうね。疾風は陸軍機だったので噂程度しか知りませんでした。紫電改ならF6Fと互角以上に戦えたでしょう。しかし島を拠点とした洋上での戦闘は航続距離の問題から厳しかったと思います。甲戦と乙戦それぞれの役割がありました。初期の進攻作戦では航続距離の長い甲戦、速度と上昇力の必要な本土防空戦では乙戦ですね。終戦間際に防空戦闘機の『雷電』の慣熟訓練をしたことがありますが、零戦の感覚で操作するとすぐに失速して危険でした。私は滞空時間が長く、操縦性の良かったの零戦が好きでした。零戦は太平洋戦争初期の進攻作戦には欠かせませんでした。異常な航続距離でした。敵の新鋭機が続々と現れる中、開戦から終戦まで戦ったのは評価すべきです。陳腐化した性能で戦い続けざる得なかったのが現実ですが。まあ日本の工業力の問題ですね。」

「20mmはやっぱり威力があったの?」

私の興味は留まるところを知らない。


 「52型の2号銃は初速も速くて良かったのですが、21型の1号銃は初速が遅かったので弾が重力で下がってしまい、当てるのが大変でした。当たれば威力は凄かったです。とにかく接近して撃ちました。弾丸の携行数も少なかったのであっという間に弾切れです。新米搭乗員にはきつかったと思います。米軍機の12.7mmは低進性が良くて、羨ましかったです。発射速度も速かったです。でも頑丈な米軍機相手でしたので20mmじゃないと墜とせなかったかもしれません」

「撃墜したときはどんな感じだったんだ? 捻り込みとか使ったの?」

「捻り込みは実戦では殆ど使いませんでした。相手の機数が多いので、捻り込みで速度を落とすのは危険でした。空戦時は機体を横すべりさせました。訓練では教えてもらいませんが、ベテラン搭乗員は皆使っていました。敵の弾が当たりにくくなります。真っ直ぐ飛ぶのは危険です。敵機の翼が折れたり、火を吹いたりする光景を見ると嬉しいというよりホッとしました。やらなければやられる、それが戦争です。火を吹きながら墜ちていく列機の搭乗員がこちらに敬礼をしていた姿が今でも忘れられません」

唐沢の話はとてもリアルだった。


「MM星人も社会になじむ為にたいへんだったんだな」

「この星で生きていく為には所属する国家に同化する必要がありました。MM星人は身体能力が高いので、戦死率は低かったです。小銃弾くらいなら軽傷でした。戦場で活躍した者も多かったです。私の知人は特攻兵器の刺突爆雷で敵の戦車を20両以上撃破しました。地球人なら1両目で死んでいます。花形はソ連兵を1000人以上倒しているはずです。何にしても戦友の死は辛かったです。皆生きて帰りたかったはずです。そこはMM星人も地球人も違いはありませんでした」

峰岸は神妙な顔をしていた。

私はただただ圧倒された。戦争経験者の話を聞く機会は減っている。戦争というももの本質は経験者にしかわからないだろう。峰岸も唐沢もMM星人でありながら日本人だった。日本の為に戦ったのだ。



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