第24話 Chapter24 「嘘」

横須賀線の成田空港行は横須賀が始発駅だったためか空いていた。時間は午前11時近かった。私と七海はボックス席に隣同士に座った。

七海は峰岸からもらった小さな銀色のカプセルを指で摘まんで見つめたいた。おそらくかつての部下のメッセージが入っているのだろう。

「これから脳波を使ってメッセージを読むの」

そういうと七海は目をつぶった。

《【発:ジーク】【宛て:ジョージ】ジョージ大尉、お久しぶりです。自由の身でいると知って驚きました。クサイメシューに収監されていると思っていました。私とジャック大尉は軍法会議の傍聴席にいました。酷い裁判でした。裁判のあと、私とジャック少尉とメッサー少尉は軍を追放されました。ガンビロンの秘密を知る関係者は軍を去りました。第1政府はガンビロンの使用を認めませんでした。その為、各政府の追及を受けましたが、第1政府は逆に各政府を攻撃しました。第1政府と38の政府が交戦状態になりました。第1政府はガンビロンを使用して幾つかの政府を壊滅状態に追い込んでいます。民間人にも多くの犠牲が出ています。現在第1政府は12の政府を支配しています。支配された政府は第1政府の政策で弱体化しています。第1政府は自分の政府においても圧政を始めました。軍内の不満分子は秘密旅団の手で抹殺されています。民間人も例外ではありません。支配地域では虐殺も行われています》

「タケル、メッセージ途中まで読んだけど、怖いの」

「七海、落ち着くんだ、俺にも教えてくれ」

七海は途中まで読んだメッセージの内容を小さな声で私に話した。ボックス席は私と七海しかいないのが幸いだ。

「酷いことになってるな。七海、ここは地球だ、大丈夫だ、俺がいる」

「うん、でもなんか信じられないの、とてもMM星人のやることとは思えないの」

七海はそう言うと再び目を閉じた。


 《大尉の使用したガンビロンは人体実験だったのです。大尉は無罪です。師団長は解任されて軍を去りましたが、人体実験だった事を知っていました。そのことを公式発表しようとしていたようですが、暗殺されました。私とジャック少尉は師団長の持っていた資料を入手しました。間違いなく人体実験でした。マークマックスにも細工がされていたようです。現在私とジャック少尉はレジスタンスの組織に入り第1政府と戦っています。メッサー少尉も一緒に戦っていましたが、先日戦死しました。今の第1政府は異常です。軍令部のヘルキャ中将が政府の実権を握っています。首相以下、内閣は何も出来ない状況です。大尉、無事でおられるとの事ですが、おそらく他の惑星におられることと思っています。どうかMM378に戻り、我々に力を貸して下さい。

『ムスファ』が加わることで士気もあがります。我々の組織には民間人も多く、訓練が必要です。脳波戦のエキスパートであり、格闘教官でもある大尉の力が必要です。今回我々に接触してきた個体の話だと大尉との通信はこれが最初で最後だということでした。どうか我々の力になって下さい。MM378の正しい未来を我々と作りましょう。それでは大尉、お元気で》

七海が目を開けた。その目は焦点が合っていない。

「七海、続きはどうだった」

私は七海の顔を覗き込んだ。

「特に何も。MM378はきっと大丈夫・・・・・・」

七海の声は低く、私の顔を見ようとしない。七海は嘘をついている、私はそう直観した。七海は今まで嘘をついたことが無い。だから分かるのだ。七海の視線、喋り方があまりにも不自然だ。七海は嘘が苦手だ、初めての嘘も顔に現れる。

「そうか、昼頃には家に着きそうだ、峰岸からの謝礼は20万円だった、今夜は美味しいものを食べよう」

「七海、聞いてるのか?」

「ごめんなさい、聞いてなっかたの」

私達は東京駅で丸の内線に乗り換えて、茗荷谷で降りた。


家に着くと宅急便が届いていた。この前スタジオで撮影した七海の写真だった。アルバムに収められていた。私は部屋に入るとアルバムを広げた。写真の中の七海は輝いていた。溝口先輩の言う被写体至上主義が理解できるような気がした。しかし、橋爪さんの撮った構図や七海の表情を切り取るテクニックも凄い。プロの腕を見せつけられた。


 「イラッシャイマセ、ワア! ナナミサン、キョウモスゴクキレイ、テンチョウ、ナナミサンキタヨ! キョウモカワイイヨ」

「おおーー、七海ちゃん待ってたよ、こっちこっち」

私と七海はテーブル席に座った。

「おーいビール2本に龍王餃子とジャンボ肉シューマイ2人前!」

店長が厨房に叫んだ。

「王、水買ってこい」

「テンチョウ、イマオキャクサンイッパイ、ムリヨ」

「客? 知るかそんなもん、早く買ってこい! 時給下げるぞ!」

私はさっき届いたばかりのアルバムを開いた。 

「ええっ、これ七海ちゃん? 凄い、凄すぎる! 何だよこれ、プロのモデルじゃん、ええっ、凄い、表情が凄くいい、笑顔がいいよ。何、何この寂しそうな顔、ああー本当にスゲーな、心臓バクバクだよ、やられちゃったよ!」

「プロの写真家に撮ってもらったんです。七海はもしかしたら、写真集でモデルデビューするかも知れないんです、この写真はお試し版です」

「いやー、いけるよ、絶対いけるよ、あれっ、ブホッ」

店長がビールを吹き出した。

「ゲホホッ、水、水着もあるの、スゲー、スゲー、七海ちゃんスタイルいい! イイ、イイッ、凄くイイッ、おーいどうなってるんだよ、日本はどうなってるんだよ、ウクライナでは戦争してるって言うのに、けしからん、けしからんよこの体は!」

「店長、見すぎ、恥ずかしいの」

七海は少し顔を赤らめて恥ずかしそうにしている。

「私は水着に反対したんですけどね、成り行きで撮ることになっちゃって」

「いい! 反対しなくていい! 反対なんかしちゃダメ!  戦争反対! 七海ちゃんの水着賛成!」

「タノシソウデスネ、ワオッ、ナナミサン、ミズギ、スゴイ、ムネ、スゴイ、イイカタチ、アシモキレイ、アフッ」

餃子を持ってきた王さんが興奮してる。

「王、鼻血出てるぞ! ひっこめろ」

「テンチョウ、ムリ、ムリ~」

王さん鼻血を垂らしていた。店内は満席だ。他の客がこちらの騒ぎを見ている。

店長はアルバムを何度も見返している。

「七海ちゃん、本当に凄いね、もう嬉しくて涙が出ちゃうよ」

「凄い、本当に綺麗ですね、プロのモデルや芸能人顔負けです、写真集出たら何冊か買わせてもらいます」

いつの間にか木村が横に立ってアルバムを覗き込んでいた。

「おい、木村、何やってんだ、出かけるぞ、今日の幹部会は遅れたらやばいんだよ!」

木村は奥のテーブルの仲間に呼ばれて席に戻っていった。


 他の常連客も店長の持つアルバムを覗き込んで歓声を上げている。

「うわー、写ってるのこの娘? 綺麗だねー、それにカワイイ、実物はもっといいねえ、今日は来てよかったよ」

「スタイルいいねえ、こりゃたまらんなあ、本人が横にいると余計興奮しちゃうよ、握手してよ」

「この娘は天野七海ちゃん、うちの店の看板娘、イメージガールなの、気安く見ないでよ、鑑賞料取るよ」

店長は勝手な事を言っている。七海はいつのまに龍王軒のイメージガールにされていた。

「ねえ、本当にデビューしたら間違いなく売れるよ、七海ちゃん餃子とか作っていい? 七海ちゃんが触った餃子の皮で餃子作るの。七海ちゃんの写真がプリントされた皿とか、レンゲとか作っちゃうの、もうこの店限定なの、チャーハンとか食べるじゃない、ちょっとずつ七海ちゃんが見えてくるの、ラーメンどんぶりの底とかでもいいね、みんなスープ飲み干すよ、小皿や取り皿にも七海ちゃんの写真、きっと料理食べるのが進むよ」

店長は商魂たくましい。

七海はそんなことお構いなしに餃子とジャボ肉シュウマイとエビチリをガツガツ食べている。

「アノ、シャシン、ナンマイカモラッテ、イイデスカ、カホウニスルヨ、部屋ニカザリタイヨ、部屋ニナナミサンガイッパイ」

王さんの目が血走っている。鼻にはティッシュを詰めている。なんか怖い。

「王、お客さんに何言ってるんだ、仕事しろ、時給下げるぞ!」店長が一喝した。

「あのさ、焼き増しとか出来るのかな? デジカメってやつでしょ、出来るよね? 出来なきゃおかしいよ! もし焼き増ししてくれたら、餃子一生タダにしちゃうよ、ねえ、どう? どうよ?」

なんか店長もぶっ壊れている。

「ジャンボ肉シュウマイもタダならいいの、美味しいの。焼き増しいっぱいマシマシなの」

七海も交渉上手だ。ジョッキに入った水を美味しそうに飲んでいる。今日も王さんが横川まで『アサハおいすい水:天然水』を買いに行ってくれた。

「もちろんだよ、当然だよ、超ジャンボにしちゃうよ、だから焼き増しして、焼き増ししてよ、もうエビチリも一生タダ! もってけ泥棒」

龍王軒は私と七海が落ち着ける場所だった。MZ会に拉致監禁されていたのが遠い昔、いや、無かった事のように思えた。


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