第23話 Chapter23 「レジスタンス」

Chapter23 「レジスタンス」


 三日目の尋問が始まった。

「おはようございます。七海さん、鰻重はどうでしたか?」

「美味しかったの。本格的は鰻重だったの。私は鰻の味にはうるさいの!」

「それは良かったです。私も今度、唐沢に聞いて出前を取ってみようと思います。それではMM378で何があったか教えていただけますか」

「その前にお願いがあるの、MM378に潜入しているあなた達の仲間に連絡をとって欲しいの」

「どうしてですか?」

「かつての私の部下達に接触して私が生きてることを知らせて欲しいの」

「それは危険ではないのですか?」

「地球にいることは知らせなくていいの、自由でいること知らせて欲しいの」

「七海さん、今のMM378は貴方が脱出する前とは状況が変わっているようです」

「どういう事なの?」

「第1政府はMM378で孤立しました。他の全ての政府と交戦中です」

「どういう事なの? 詳しく教えて。教えるの!」

「七海さんのお話を聞いてからでないと、それはできません。これ以上交渉が長引くようなら、全て無かったことにします。安心して下さい、貴方方はすぐに開放します」

「どういうことだ、勝手すぎるだろ、教えてくれてもいいだろ」

私も納得がいかない。

「申し訳ありません。状況が変わりましたので」

「わかった、私から話すの」


 『七海はすべてを話した。MM378での第2政府との戦いの事、ガンビロンの事、裁判の経緯と様子、そして戦犯になって地球に脱出するまでの経緯をすべて話した。私は驚いた。七海が軍人だった頃の話、ガンビロンや裁判の話など七海の過去は想像を遥かに超えていた。『ムスファ』の意味も理解した。』


「なるほど、第1政府が他の政府全てと交戦状態になった背景がわかりました。ガンビロンと呼ばれる脳波攻撃が原因だったようですね」

「今のMM378はどうなってるの?」

「半年ほど前から第1政府と他の政府の連合が交戦状態に入りました。おそらくガンビロンの使用を巡る対立からでしょう。第1政府は他の政府を次々と潰しています」

「どういうことなの?」

「新兵器を使用して他の政府滅ぼし、MM378を支配しようとしています。酷い政策をとっているようです。新型兵器はおそらくガンビロンでしょう」

「信じられないの! 支配なんて、第1政府はMM378をまとめ、平和な未来を創造する為に存在しているの。MM378の良心なの」

「第1政府に歯向かう者は民間人でも収容施設に送られているとの話もあります」

「そんな事あり得ないの、嘘なの!」

「我々も驚いてます。MM378での戦争は各政府の方向性がどうしても折り合わない時に発生してきました。侵略や支配でなく、MM378の政策を決めるものでした」

「そうなの。いつも第1政府は正しい道を示してきたの。だから私は戦ってきたの」

「本当にそうでしょうか? 七海さんは生まれた時から第1政府の配下にいました。教育も第1政府に受けたはずです」

「何が言いたいの?」

「貴方は生粋の第1政府の申し子です。我々の先祖は今の第1政府に迫害されてこの星に逃げてきたのです。民間人が大勢殺されました」

「嘘なの! そんな事ないの、革命だったの。前の政府が酷かったから革命が起きたの!」

「七海さん、今日の話はここまでにしましょう。貴方はだいぶ興奮している。接触してほしい貴方のかつての部下の名前と階級をここに書いて下さい。3日以内には接触できるでしょう」

「3日、そんなに早く連絡が取れるはずがないの! 何ヵ月もかかるはずなの!」

「いえ、それが可能なのです。時空超越転移装置を応用した通信手段を我々は持っています。我々の先祖はずっとその装置の開発を行ってきました。今も改良中です。最新型であれば12時間でMM378に情報を送信できます。七海さんの脱走をMM378の潜入員からの送信で知り、すぐに太陽系を監視しました。七海さんの宇宙船が長野県の山に着陸したところから我々は貴方を監視しています。最初は近くの村の老婆に変身しましたね。洗濯物も盗んだ。その後老婆の姿で東京まで歩いて、酔っぱらいの中高年の男性に変身した」

「わかった、信じるの」

「今回だけです。今後は貴方の指示でMM378のMM星人と接触することはありません」

「水元さん、七海さん、明日の尋問は無しにします。お休み下さい。この敷地内であれば部屋から出てもかまいません。脱走防止の監視バンド腕に着けさせてもらいます。通信機能もありますので唐沢をいつでも呼び出せます。敷地の外に出ればお二人の脳は焼けてしまいますのでお気をつけ下さい」


 私達は部屋で夕食を食べた。有名な焼き肉店の高級な焼肉弁当だった。私達の扱いが良くなったようだ。食事の後、私と七海はそれぞれのベッドに入った。

「七海、さっきの話は本当か?」

「本当なの」

「いろいろ、辛かったんだな」

「MM378にいるころは感情があまり無かったから辛くなかったの。でも私は命令通りに戦っただけだから裁判の判決に納得がいかなかったの。冤罪なの」

「七海、脱走してよかったな。そうしなければどうなっていたかわからない」

「うん、よかったの。MM378には鰻重やすき焼きやお寿司が無いの。それにタケルがいないの」


 翌日、私と七海は建物の外に出た。久しぶりに太陽の光を浴びた。施設は思ったより広かったが周りをフェンスに囲われていた。敷地の一部は海に面した断崖になっていた。私と七海は断崖の近くの芝生に座った。海は穏やかで驚くほど青かった。

「七海、やっぱりここは観音崎だ、海を挟んで向こう側に房総半島が見える。あそこが富津岬だ」

「もうここの場所はどうでもいの。私達に危害を加えないことは分かったの」

「MM378に異変が起きてるみたいだな」

「私が実行した作戦がトリガーになってるみたいなの」

私は何も言えなかった。他の星のこととはいえ、七海の過去を考えると軽々しく意見が言える立場ではない。感情が希薄だったといえ七海は少なからず傷ついたであろう。感情を持つようになった今、どう考えているのだろうか。

「タケル、人類の歴史は勉強になったの。絶対の正義なんて存在しないの。きっとMM378でも同じなの。第1政府は絶対の正義じゃないの。私はそう思い込まされていただけ」

「七海、大丈夫か?」

「大丈夫なの。私は絶望したりしないの。常に学ぶの。そして何が本当に正しいか、何を行うべきなのかを考えるの。MM378全体のことを考えて生きる必要があるの。なんか悔しいの。まだまだ地球人よりは薄いけど、感情を持って良かったの」

七海は私が思っているより遥かに強かった。私は七海の見た目の美しさだけではなく、そのまっすぐな強さにも強く惹かれた。

「七海、唐沢に頼んでロッテリオの『絶賛チーズバーガー』を買ってきてもらおう、うなぎ屋を検索してたら、横須賀にロッテリオがあったんだ、俺はソフトクリームも食べたいな」

「うん、食べたいの」


 「すみません、遅くなりまして、ソフトクリームを探すのに時間がかかりました。コーラと水も買ってきました。溶けないうちお召し上がり下さい」

唐沢が大きな袋を肘から下げて現れた。サングラスを掛けている。両手にはソフトクリームを持っている。ソフトクリームは溶け始めていた。『絶賛チーズバーガー』は10個買ったはずだ。

「ねえ、唐沢さんは今何歳なの?」

七海が唐沢に尋ねた。

「この星の年齢だと320歳です」

「私より若いんだね、でもおっさんなの、キャハハ」

七海はそう言うとソフトクリームを舐めた。

「見た目を40代に設定してますんで」

唐沢はそう言って苦笑した。

海を見下ろしながら食べるチーズバーガーは美味しかった。

唐沢もチーズバーガーを両方の手にそれぞれ一つずつ持って交互に頬張っていた。七海があげたのだ。


 尋問4日目

「七海さん、貴方の元部下との接触に成功しました。メッセージは後ほどお渡しします、昨日も申し上げましたが今後は貴方の指示でMM378のMM星人と接触することはできません」

「ありがとう、彼らは元気だったの?」

「申し上げにくいのですがレジスタンスになっていました。第1政府を倒す為に戦っています。七海さんの話の裏もとれました。第1政府が貴方を追うことは無いようです、我々も安心です」

「私も安心したの、でも何でレジスタンスになったの?」

「我々にはわかりません。明日、お二人を開放します。車でJR横須賀駅までお送りします。申し訳ありませんがそこからは電車でお帰り下さい。電車代は協力していただいた謝礼をお渡ししますのでそこからお支払い下さい」

「戸籍の処理は進めております。2週間以内に完了します。住民票は来週には完了します。生年月日はご希望通り、1999年7月7日です。大学の方は記載いただいた通りの大学を卒業したことになります」

大学は東京の中堅大学を選んだ。規模の大きな大学で在校生と卒業生が多い。七海の存在を薄めることを考えた。

「ありがとう、助かるの」

「峰岸さん、私からもお礼を言います。戸籍とか正直いって困ってたんで。それと、私と七海の監視は続くのかな?」

「はい、申し訳ありませんがそうさせていただきます。ただし余程のことが無ければ連絡することはありません。もしそちらから連絡を取りたい場合は、MZ会の広報部門へお問い合わせ下さい。峰岸に連絡を取りたいと言えば、直ぐにお繋ぎします。その際、キーワードを聞かれるかもしれませんが、その時は『鰻重』とお答え下さい」

「わかった、今回はいろいろな事を知れて良かったよ」

「そうですか。ご協力ありがとうございました。それと、これは我々からのお礼です、身分証明書としてお使いいたくと便利かと思います」

机の上に置かれたのは自動車の運転免許証だった。写真は七海の写真だ。国家公安委員会のマークも入ってる

「七海、自動車も運転できるぞ」

「渋滞はイヤなの。自分で走った方がいいの。それに、車よりバイクになりたいの」

「それだけはやめてくれ」

「嘘なの、今の姿いいの。タケルが作ってくれたの」

「人間とMM星人が正体を知ったうえでこんなに仲良くしているのは初めて見ました」

峰岸が穏やか笑顔で言った。

「MZ会はMM星人だけなのか?」

「いえ、地球人の方が遥かに多いです。しかしMM星人のことは知られていません」

「大したもんだな、MM星人は」

「はい、上手く共存しています。我々は地球人から搾取しようとは思ってません。共存共栄を望んでいます」

「いつかはMM星人のことを認知してもらって、本当に共存できるといいのにな」

「なかなか難しいです。我々の科学力が悪用されれば、この星は破滅するかもしれません」

「人類はまだまだ愚かなんだな、恥ずかしいよ」

「峰岸さん、機会があったらすき焼きとお寿司を奢ってあげるの。美味しい店を知ってるの」

七海は得意げに微笑みながら言った。

「私もすき焼きと寿司は大好物です。本当に美味しい。先祖が日本に来たことを感謝している理由の一つがこの国の料理です。七海さん、楽しみしています」

峰岸が白い歯を見せて愉快そうに笑った。


 翌日私と七海は解放された。解放される時に謝礼の入った封筒と、大学の卒業証明書とメッセージカプセルを受け取った。今回の件で七海は戸籍、住民票、学歴を手に入れて、この国の制度上の正式な地球人になったのだ。

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