第22話 Chapter22 「性別」

Chapter22 「性別」


  翌日も尋問は続いた。殆どが七海の地球に来てからの行動についてだった。

「あと数日でお二人を開放します。水元さん何か質問はありますか?」

峰岸は相変わらず冷静だ。

「もし俺がお前たちの存在を密告したらどうするんだ?」

「密告? どこに密告するおつもりですか? 警察ですか? マスコミですか?」

「それは・・・・・・」

「警察やマスコミがあなたの話を信用して動きますか? 物理的な証拠はありますか?」

峰岸は腹が立つほど冷静だ。

「それに、いざとなれば警察やマスコミの動きは抑えることができます。我々は世界の中枢に潜りこんでいます。昨日説明した通りです」

「じゃあ何を俺たちと話し合うんだ。お前らに怖い物なんてないだろう!」

「はい、しかし面倒の種は事前に潰しておきたい。我々の移住以降にMM星人が地球に来たのは初めてです。いろいろと不都合が発生するでしょう。その一つが七海さんの収入のことです。水元さんは七海さんをモデルとして働かせようとしていますね? 正直申し上げて、困るのです」

「何で知ってるんだ? 俺達の勝手だろ」

「七海さんに収入が発生する可能性があります。税金はどうするのですか? この国の税制制度を取り締まる機関は優秀です。いざとなればなんとかできますが、とても面倒です。今後ことも考えて提案があります。リスク管理です、お得意ですよね」

「リスク管理?」

「我々のことをよく思ってない組織も存在します。我々の正体に薄々気付いています。彼らにアドバンテージを取られたくありません。なので七海さんに戸籍と学歴を用意します。我々も煩わしいリスクから解放されます。それに同じMM星人として、この星で上手く生きていって欲しいのです。七海さんが今後、もし犯罪を犯したら、戸籍も住民票もないので面倒なことになります。職務質問でも危険です。MRIなど身体検査をされれば人間では無いことが判明します。公安警察が興味を持つでしょう。防衛省も。彼らに知られたらやっかいです。我々も手を患わせたくない、七海さんにはこの先、地球人としてこの星で生きていただきたいのです」

「戸籍だと?」

「はい、ご用意できます。我々も60年から80年のサイクルで戸籍を変えています。私はこの星の年齢では600歳です。室町時代に生まれました。しかしそのような存在は許されません。8回ほど戸籍を変えました。我々は沢山の戸籍を用意できます。どうですか七海さん? 戸籍を欲しくありませんか?」

「それが本当なら助かるの」

「本当です。水元さんはどうですか? もし良ければ話を進めましょう。七海さんが働くことも可能になります」

「本当なら魅力的な話だ」

「では進めさせてもらいます。唐沢さん、書類を持ってきて下さい」


 「戸籍から説明します。七海さん、貴方の本籍はここに書いてある住所です。長野県になります。貴方の4世代前までの血縁関係が記載してあります。書いてある人物はすべて架空の人物です。書類上だけの存在です。貴方のご両親はすでに他界したことになっています。ご兄弟はいません。叔父や叔母も従弟もません。貴方は天涯孤独です。名前は『天野七海』に変名したことにしておきますが手続きに少し時間が必要になります。生年月日は明日までに考えておいて下さい」

私は書類を手に取って確かめた。本籍は長野県松本市、名前は『岡野美央』で22歳だった。

「七海さん、あなたの住民票の住所は東京都港区です。我々の教団が所有するマンションで今は空き家になっています。10日後以降に区役所で確認して下さい。転出してもらってもかまいません。1DKの部屋になります。住んでもかまいませが、家賃はお支払いいただきます。営利を目的としていませんので、市場価格よりだいぶお安くなっております」

私はその書類も手に取った。住所は港区の麻布十番だった。

「では、七海さんの学歴です。小学校、中学校、高校は私共の教団の運営する私立になります。大学はそちらに記載した一覧よりお選び下さい。世界12ヵ国の実在する220校ほどの大学と学部、学科があります。卒業証明書も準備します。大学に問い合わせいただければ何時でも卒業証明書は取り寄せできます」

私は一覧を受けとって目を通した。驚いたことに国立大学や難関大学も一覧に載っていた。

「水元さん、貴方の方が詳しいと思いますので七海さんに協力してあげて下さい」

「ああ、わかった」


 「最後に重要な選択があります。七海さん、貴方の性別です、どうしますか? この星で生きていく上で性別は重要です。名前が天野七海なら女性が良いかと思いますが、先ほどの戸籍も女性です」 

「タケル、どっちがいの? 今の私は女性だよね? でもホームレスの頃は男性だったの」

「七海はどっちがいいんだ?」

こればかりは私が勝手に決めるわけにはいかない。

「タケルと一緒にいるにはどっちの方がいいの?」

「男性の方が一緒にいやすいかもな。友達として一生付き合える。でも姿を男性に変えてもらう必要がある」

「そうなの? 男性の方がいいの? それならそうするの、男性なの」

「いやっ、待て、女性でいて欲しい。俺は男だ、MM星人には分からないかもしれないが、パートナーは女性がいい。性の対象は女性なんだ。七海とは恋人みたいな関係でいたい。形だけでもいいからそんな関係でいたいんだ」

「うん、わかった。テレビドラマや映画で知ってるの。男性と女性は愛し合うの。よく分からないけどなんか素敵なの。私はタケルと一緒にいられるならどっちだっていいの。それに女性として生きていく覚悟だったの」

「お決まりのようですね。七海さんが女性を選択すれば、この星ではお二人は結婚することも可能になります。そうなったら我々も祝福いたします」

「なんか嬉しの。タケルと夫婦になってみたいの。きっと楽しいの。でも待って! 今のMM378での私の扱いはどうなってるの? 私は逃亡者なの、貴方たちを追手だと思ったの。あなた達の存在が知られてる以上、私を匿ったことを知られたら、貴方達も危険かもしれないの! 私はS級極刑なの!!」

「S級極刑!? ちょっと待って下さい! どういうことですか、ただの脱走じゃないのですか!? いったいMM378で何があったのですか!? 詳しく教えて下さい、七海さん、いえっ、ムスファ・イーキニヒル・ジョージフランクホマレ!」

峰岸がかなり動揺している。S級極刑に反応したようだ。

「うーん、貴方達の事を本当に信用していいの?」

「はい、信用して下さい、お願いします」

何故か七海はニヤリとした。

「じゃあ明日話すの、今夜は鰻重が食べたいの。肝吸いも欲しいの。美味しい店がいいの。特上がいいの。『私は鰻の味にはうるさいの! 』どこまで話すかは鰻重の味次第なの」

味にうるさいも何も七海はまだ一回しか鰻重を食べたことがない。

「はいっ、わかりました。唐沢さん、鰻重だ! 美味しい店だ」

「はい、すぐ出前可能な店を探します」

唐沢は尋問室を出て行った。


 部屋に鰻重が届いた。時間は20時を回ったところだ。

「タケル、鰻重美味しいの! もう、幸せなの。この鰻重、焼く直前に蒸してるの。本格的な工程なの。鰻重はズルいの、美味しすぎなの。肝吸いもやさしい味なの、和食は凄いの」

「ああ、良かったな、まさか鰻重の出前が食えるなんて思ってもみなかったよ」

「唐沢さんが尋問室を出て行ってから80分なの。店探しに10分かかったとして70分、鰻重の調理時間と配送時間を推測して距離を算出して欲しいの。出前の乗り物は平均時速40Kmで計算するの」

七海の指示は戦記物に出てくる有能な指揮官のようだった。七海は本当に軍人だったのかも知れない。

「そうか、やってみる」

私はスマートフォンの電卓機能を使って計算した。

「七海、鰻重は丁寧に作られていた。『花京』の調理時間と同じだとすると40分。残りは30分だ、時速40Kmなら距離は20kmだ。しかし結構遠いな」

「あの肝吸いの温度の冷め方ならもっと近いかもしれないの」

「私達が拉致されてからここに着くまでの時間と車の平均速度からすればこの場所は文京区から、かなりアバウトだけど50Km兼内だと思うの。うなぎ屋はここから20km以内だから、私達はどんなに遠くても文京区から70Km以上は離れてないと思うの」

「七海、ラーメンや蕎麦だったらスープの冷め具合や麺の伸び具合でもっと正確な距離がわかるんじゃないのか?」

「それはダメなの。相手もバカじゃないの。すぐに気づかれるの、鰻重の調理時間がポイントなの。でも本当は鰻重が食べたかっただけなの。タケルの実家の近くで食べてから食べてないの。ずっと食べたかったの。アピールしたのに、タケルが全然食べさせてくれなかったの。だから尋問でチャンスを狙ってたの。優位に立った時が勝負なの。私は勝負に勝ったの」

よく分からないが、七海は勝ったようだ。


 インターネットの地図ソフトで文京区から半径70Kmの円を地図に描いた。

「西は高尾山、東は千葉県の成田、南は三浦半島、北は栃木県に近いぞ、結構広いな」

「多分三浦半島なの。車は南に向かっていたの。ここに着く直前、急なカーブがいっぱいあってトンネルを通ったの。海の臭いもしたの」

「七海、意外と地理に詳しいんだなあ、でも何で南ってわかったんだ」

「タケルの部屋に来たばっかりの頃、ネットの地図で覚えたの。関東地方の地形と道路なら全部頭に入っているの。軍事行動の基本なの。方角は拉致された時と、ここに着いた時の星と月の位置から推測したの。月が良く見えたの。MM星人は目がいいの。星も良く見えるの。あいつらは目隠ししなかった、ちょっと甘いの。目隠しをして、臭いを遮断するためマスクを付けさせるのが拉致の基本なの。まあ眠らせるのが殆どだけど」

七海は拉致した経験があるのか? 

「タケル、インターネットで三浦半島近辺のうなぎ屋を検索して欲しいの。位置関係がもっと詳しく分かるかも知れないの。20Kmは遠いの、きっとこの周辺にうなぎ屋は無いの。念のために知っておきたいの」

私は三浦半島にあるうなぎ屋を検索した。思ったようなぎ屋は多かったが横須賀市に集中していた。鰻を出す蕎麦屋や民宿もヒットしたが除外した。あの丁寧な仕事は専門店だ。地図にうなぎ屋の空白地帯が存在した。観音崎の周辺だった。


 私と七海は唐沢に連絡して射撃場で射撃をした。実銃が撃てるとは、MZ会の力を思い知った気がした。銃の種類は多く、日本とは思えなかった。私はベレッタ92とコルトガバメントとリボルバーで357マグナム弾を撃った。リボルバーはコルトパイソンとスミス&ウェッソンのM19を撃った。コルトパイソンは人気アニメの主人公が愛用している為人気のある銃で、銃身上部の放熱板の見た目が特徴的で、カッコいいがトリガーの感覚が『ぐにょーん』とした感じでいつ撃鉄が落ちるか分かりにくく、私は好みではない。M19のトリガーは癖が無くて撃ちやすかった。グアムの射撃場で撃った時より反動があった。リロード弾の観光用のパウダーではなく純正のファクトリー弾だ。セミオートのショットガンはスラッグ弾を撃ったが反動で銃床が肩に激しく当ったため、5発でやめにした。私は七海に銃の取り扱いと撃ち方を教えた。七海も私と同じ種類の銃を撃ったが反動を気にする様子も無く連射していた。弾はどれも的の真ん中に当たっていた。セミオートのショットガンは20発以上撃った。七海はニコニコしている。MM星人は凄い。

「ギャング映画みたいなの。意外と簡単なの。面白いからお金を稼いだら買ってみたいの」

「七海、銃の不法所持は犯罪だ」

「原理は簡単だから作れるの」

「それも犯罪だ」

「皮膚を防御モードにすれば9mm弾は弾き返せそうなの。ショットガンはちょっと手ごわそうなの」

七海は本当に頼もしい。


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