第21話 Chapter21 「謎の組織MZ」

Chapter21 「謎の組織MZ」


 大型バンは物凄いスピードで夜の首都高を走っていた。

「七海、ポングは使えないのか!?」

「ダメなの! さっきから使ってるけど、ぜんぜん効かないの! 多分ジャミングされてるの、なんか力も出ないの」

私達は手を縛られハイエースの荷物席に座らされていた。サングラスを掛けた黒いスーツ姿の男達4人が私と七海を見下ろしていた。手にはショットガンを持っている。間違いない、本物だ。しかもセミオートショットガン、簡単に手に入る代物ではない。

「負けないの!」

七海は手を縛られたまま飛び跳ねて、一人の男に組み付いた。車内に轟音が響いた。ショットガンが暴発したのだ。密閉空間での発射音は凄まじく、両耳がキーンとなる。硝煙の臭いが鼻をつく。車の天井に直径2cm位の穴が一つ開いていた。スラッグ弾だ。七海は手首を縛られた手で正面から男の喉を締めていた。首を絞められている男はグッタリしている。再び轟音が響いた。1人の男が天井に向けてショットガンを撃った。威嚇射撃だった。2人の男が私と七海に銃口を向けた。

「七海、止めろ、撃たれる! 今は大人しくするんだ。ショットガンには勝てない! それもスラッグ弾だ!」

私はあまりの恐怖に思いっきり叫んでいた。声も裏返っていった。

七海は男から手を離した。男は車の床に崩れ落ちた。


  二人の男と机を挟んで座っている。腕時計を見ると時刻は20時45分を回ったところだ。

「私は峰岸と申します。隣に座っているのは唐沢です」

峰岸は精悍な顔をしていた。体もがっしりしている。50代位だろうか。唐沢は髪を短く刈り込み、日焼けしていた。背が高く細身の体だった。峰岸よりは若く見えた。二人とも黒いスーツの下にグレーのシャツを着て、ブルーのネクタイをしている。

「なんの目的で俺達を拉致したんだ?」

「少々乱暴だったことをお許し下さい。話を聞いてもらう為です」

「ふざけるな! セミオートのショットガンで脅されたんだぞ、暴発までした、お前達は何者だ!」

「我々の事はゆっくりお話しします。貴方に1週間ほど会社を休んでいただきます。貴方は急性盲腸炎になったことにしてもらいます。ここに診断書があります、これを画像ファイルにして会社に送って下さい。我々はゆっくり話がしたいだけです。複合機とパソコンは用意してありますのでお使い下さい。貴方方の部屋も用意してあります。食事は提供します。トイレとシャワーは部屋についています。ただし外出はできません。ここには娯楽施設はありませんが、もし良かったら地下に射撃場があります。実銃を撃つことができますのでお楽しみ下さい。銃にお詳しいようなので」

「警察呼ぶぞ!」

私はそう言うのが精いっぱいだった。

「貴方方をどうお呼びしたらよろしいでしょうか? 水元さんと天野さんでよろしいですか?」

なぜ私の名前を知っているんだ? 何なんだ、この状況。

「勝手にしろ」

私は開き直るしかなかった。

「うーん、七海がいいの」

七海はこの状況でもマイペースだ。

「わかりました。水元さん、七海さん、では話をしましょう。お二人と一緒にお話しするのは口裏を合わせてないことを証明するためです。お互いを疑うことなくお話し下さい」

「では七海さんにお聞きします。あなたの本名を教えて下さい」

「私は天野七海なの」

「では、職業を教えて下さい」

「職業は無いの、でも善良な一市民なの」

「七海さんは勇敢ですね。ショットガンを持った工作員に体当たりして首を締めたとの事ですが、一市民の行動とは思えません。工作員は喉が潰れかけて瀕死の状態です。我々の経営する病院に搬送されました。喉を狙った攻撃は効果的な方法です。戦闘経験がおありですか?」

「そんなもの無いの。ただの女の子なの」

「ただの女の子ですか。工作員は我々の中でも特に身体能力が優れた者から選抜されています。厳しい格闘訓練も実施しています。一般人が勝てる相手ではありません」

「偶然なの」

「なるほど、質問を続けます、水元さんとのご関係は?」

「従妹なの」

「では七海さん、あなたの本籍地は? 生年月日は? ご家族のお名前は? 出身の小学校と中学校は? 高校や大学は卒業していますか?」

峰岸は畳みかけるように七海を追い詰める。

「それは・・・・・・」

七海は答えに詰まった。

「やめろ、七海、答える必要ない。何が話を聞いてもらう為だ、これじゃ尋問じゃないか!」

「では質問を変えましょう。何のためにこの星に来たのですか? ジョージ大尉、本名、ムスファ・イーキニヒル・ジョージフランクホマレ!」

私も七海も固まった。なぜ七海の本名を知ってるんだ? ジョージ大尉?


 「私のことを追ってきたの?」

七海の声は落ち着いている。

「いえ、むしろ我々は貴方の味方です。貴方が地球に来た頃から監視していました。MM378から宇宙船で脱走した軍人がいる事を知りました、私たちは貴方と同じMM星人です」

私は驚いた、何が起こってるんだ? MM星人? 何なのこれ、夢なの? ウルトラセブンみたいな展開だ。

「ちゃんと説明して、これは友好的な話し合いでしょ? だったら貴方達の話を先にするべきなの。基本なの。貴方の所属する政府は? ロールネームは何? 答えるの! 私は第1政府の『ムスファ』なの!!」

七海の口調は普段からは考えられない厳しい口調だった。

「分かりました、まさか『ムスファ級の軍人』と地球で会えるなんて思っていませんでした」

軍人? 何の話だ?

「タケルにも分かるように説明するの!」

「では少し長くなりますが説明いたします。何か飲み物でもお持ちしますか? 七海さんは水がお好きなようですね、七海さんの好きな銘柄を用意しています」

「さっさとするの! そっちのペースには乗らないの。バグルンしてもいいの?」

「いえっ、それは困ります、七海さん、落ち着いて下さい。なかなか手厳しいですね」

峰岸が焦っている。

「早く説明するの!」

「はい、我々はMM星から来たのではありません。ですから所属する政府もロールネームもありません。わかりやすく言えば3世です」

「余計分からないの、話を省略しないの! 全部話すの!」

「はい、MM星人の一部が遥か昔にこの地球に移住しました。我々はその子孫なのです」

「それでいいの、続けるの」

「はい、1800年位前の事です。日本は弥生時代後期、ヨーロッパではローマ帝国が支配を広げていた頃です。ちょうどMM378で時空超越転移装置が発明されました。我々の先祖、といっても2~3世代ほど前ですが、MM378から脱出してこの星に来ました。人数は5万人くらいでした。脱出した理由はMM378で起きた革命です。当時我々の先祖は今の第1政府の前の政府に所属していました。前の政府の役人でした。軍人もいました」

「続けるの」

「はい、我々は変身して地球人の生活にとけこみました。最初はアフリカ大陸でした。その後各地に散っていきました。この星の歴史に干渉しないよう、小さなコミュニティを各地に作って生活しました。私の先祖は西暦1000年位にアフリカから日本に来ました。平安時代中期のころです。紫式部や清少納言が活躍していた時代です。七海さん、紫式部は知っていますか? 清少納言は?」

「余計なことはいいの! 尋問で優位に立とうとしないの! 私のバグルンは『ムスファ級』なの、脅しじゃないの! 『ムスファ』は一般の軍人と覚悟が違うの!」

「はっ、申し訳ありませんでした。とにかく落ち着いて下さい。さすがムスファ、尋問の主導権を握らせてくれないですね。話を戻します。日本では殆どのMM星人が農民として暮らしてきました。科学力や身体能力は地球人より優れていますので、武士や商人になった者もいますが、歴史に干渉しないように生きてきました。MM星人らしい生き方です。野望を持たず、争いを好まず。19世紀になると資本主義がこの星に根づきました。その流れの中で一部の者は大富豪になりました。その財力は他のMM星人のために使われています。今では世界中の中枢に我々の仲間がいます」

「大富豪って何で儲けたんだ?」

私は峰岸の話に興味を持った。


 「はい、電気・通信技術やコンピューターやインターネットの技術を開発し、インフラ企業やコンピューター、ネットワーク事業を立ち上げました。金融界では新たな金融商品なども多く開発しました。まあ、一部はサブプライム問題の元凶にもなりましたが」

「コンピューターはノイマンが作ったはずだしインターネットはアメリカの国防総省が構築したはずだ」

「はい、ENIACやEDVACの開発チームに我々の仲間がいました。ジョン・フォン・ノイマンにヒントを与え、サポートしました。ペンタゴンにも仲間がいます。我々は当時、ノイマン型コンピューター以上の技術を持っていたのです。時代は少し遡りますが、電話を発明したグラハム・ベルにも協力しています」

私は唖然とした。IT技術の基礎にMM星人が絡んでいた。

「タケル、分かった?」

「ああ、信じられないけど、話の内容は理解できた」

私は冷静になっていた。峰岸の話し方がそうさせたのかもしれない。

「じゃあ。私が聞くの、貴方たちはMM378と連絡はとっているの?」

「いえ、とっていません。今のMM378は私たちの存在を知っていますが、無視しています。しかし我々はMM378に潜入して情報を得ています。七海さんの事もそうして知ったのです」

「貴方達は今の地球では何者なの?」

「MZ会と言えばお分かりいただけますか?」

「聞いたことがある、確か宗教法人だ、結構な規模のはずだ」

MZ会は学校も経営する宗教法人だ。宇宙の真理を教理とした宗教で世界中に支部がある。

「続きは明日にしましょう。水元さんは疲れているようです、脳波計の数値が下がっています。部屋へは唐沢が案内します。必要なものがあればインターフォンでお知らせください。夕食は部屋に用意してあります。地球の食事です。地球の料理は本当に美味しい。特に日本料理は格別です。私はエナーシュを食べたことはありませんが、あまり美味しくないようですね。七海さん、どうですか? 地球の料理が口に合ってるようですが」

「余計な質問には答えないの。まだ全てを信じた訳じゃないの」

「七海さん、もっと友好的になって下さい。我々は地球で育ちました。そのため『感情』を持っています。七海さんもそうだと思いますが、『この星で生活すると感情を持つようになります。自我も』素晴らしい事です。MM378のMM星人はつまらない」

地球に住むMM星人は感情を持っているようだ。峰岸は感情を持つことに肯定的だ。


 私達は唐沢に案内されて部屋に入った。20畳くらいの洋室だ。ベッドが部屋の奥に二つ置かれている。テーブルに椅子、テレビが設置され、ノートパソコンや複合機もあった。テーブルの上に弁当が二つ置かれいてた。私と七海は椅子に座った。

「七海、どういうことだ? 知ってたか?」

「私にもわからないの。まさかMM星人が地球に居たなんて。でも、今までの所、話の筋は通ってるの。革命があったことも事実なの。バグルンにも反応してたの。バグルンは脳波を使った自爆なの。ジャミング装置では防げないの。私のバグルンはダイナマイト3000本位の破壊力があるからこの建物くらいなら木っ端微塵なの」

「七海はMM378で何をやっていたんだ?」

「軍人だったの」

「えっ、軍人って?」

無邪気で天真爛漫で、美味しい物に目が無くて、セミを捕まえたり、縄文時代の本を読んだり好奇心が強くて、ズレた諺を言ったり・・・・・・確かに戦闘力は凄いが、七海が軍人とは思えない。

「第1政府の正規軍で階級は大尉だったの」

「大尉って中隊長以上じゃないか! 士官だったのか」

「私は特別任務が多かったの。地球で言えば特殊部隊みたい感じなの。専門は脳波攻撃で格闘教官もしてたの」

「車の中で男の首を絞めたけど、あれも格闘術なのか?」

「親指で喉を潰そうとしたの。手首を縛られてなければ2秒もかからないの」

「実戦経験はあるのか?」

「300年の軍歴で2000回以上作戦に参加したの。白兵戦では1200人以上のMM星人の喉を潰して殺したの。脳波戦ではもっと殺したの・・・・・・今思うと許されない事なの、沢山の命を奪ったの」

正直驚いた。ショックでもあった。物凄い戦歴だ。そして恐ろしい戦果だ。七海の別の顔を見たような気がした。七海がMM378での事を話したがらない理由も分かった気がする。

「地球に来てからの七海は軍人とは思えないけど」

「あれも私なの。少しずつ地球人の持つ感情も持つようになったの。自我も持つようになったの。MM378と地球の生活はそれくらい違うの。今でも戸惑っているけど、MM378にいた時の私と今の私はかなり違うの。MM378での私は戦闘マシーンだったの。淡々と、黙々と殺戮を行ったの。それが私の役割だったの。あの頃は感情も自我もなかったの。タケル、私の事嫌いになったでしょ?」

「そんなことないよ。驚いたけど、俺の知ってる七海は地球に来てから七海だ。どうして地球に逃げて来たんだ?」

「私は戦犯なの。その話はいつか詳しくするの。思いだすと辛くて悔しいの」


 私はパソコンを使った。パスワードは掛かっていない。複合機で診断書をPDF化してパソコンに取り込んだ。Webメールも使えそうなので明日会社に送るつもりだ。弁当は幕の内弁当だった。思ったより豪華で美味しかった。高めの仕出し弁当だろう。この施設はどこにあるのだろうか。スマートフォンのアンテナマークは立っていない。GPS機能も使えない。七海の言うジャミングだろうか。車に乗っていた時間から推測すると遠い場所ではない。少なくとも関東地方のどこかだ。テレビは観ることができた。バラエティ番組をやっていたが、どこか遠くの世界のことの様に見えた。

「タケル、今日はもう寝たいの。大丈夫、すぐに開放されると思うの」

「そうなのか? 俺はもう元の世界に帰れないような気がするよ」

心がザワついていた。峰岸達が恐ろしかった。

「大丈夫、殺すのならとっくにそうしてるの。MM星人は争いを好まないけど凄く合理的なの。無駄なことはしないの。解放されたら龍王軒に行きたいの。ジャンボ肉シュウマイを食べるの」

「俺は五目あんかけ焼きそばが食べたいよ」

私は七海の言葉で落ち着いた。店長や王さんの顔が頭に浮かんだ。峰岸たちはわざわざニセの診断書まで用意したのだ。殺すつもりならそこまでしないはずだ。

「タケル、巻き込んでごめんね。私がいなければこんな事にならなかったの」

七海が私の手を握った。

「いいんだ。七海がいるから俺は今、生きてる甲斐があるんだ」

私は七海を軽く抱きしめた。

「タケル・・・・・・ありがとう」

七海は涙を流していた。

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