第15話 Chapter15 「七海は七海」
Chapter15 「七海は七海」
七海がモーニングコーヒーを運んできた。
「この前電話で話しただろ、七海の新しい名前のこと。何か考えたか?」
「うん、考えたの」
「じゃあ教えてくれ、名前を決めよう」
「うん、ブローニングエムツーがいいの」
「ブロ?」
私は返答に困った。
「これなの」
七海はメモを渡してきた。『ブローニングM2』
「機関銃じゃないか!」
「うん、響きがカッコイイの、威力も凄いの」
「だめだ、なんで機関銃なんだ? よりによってブローニングM2。日本軍を苦しめた汎用機関銃だ。この機関銃は第2世界大戦でアメリカ軍の飛行機が装備していた機関銃だ。日本の飛行機はこれでいっぱい墜とされたんだよ。口径12.7mm、弾道の低進性がよくて威力もあるから、80年たった今でも世界中で使用されている優秀な銃だけど、これはだめだ!」
「じゃあ、シュマイザーはどう? 響きがクールなの」
「ドイツ軍のサブマシンガンだろ! なんで銃なんだよ日本人らしい名前にしろよ」
「じゃあ、三八式は? 日本軍の銃だよね」
「だからなんで銃なんだ!」
「タケルがミリタリー好きだからミリタリーっぽい名前にしようと思って、いろいろ調べたの」
七海なりにいろいろ考えたようだ。努力は認めるが、銃の名前はいただけない。物騒だし、人の名前としてふさわしくない。
「三八式ってなんだよ、七海は歩兵銃なのか? そんな名前の日本人いないぞ」
私はどっと疲れた。七海にはまだ世間の常識が分かっていない。
「あのね、本当はね、ふふっ、『天野』がいいの」
七海は少し恥ずかしそうに言った。
「天野? ああ、あれは両親が来た時、咄嗟に言った嘘の名前だ」
「でも、よかったの。タケルがつけてくれた名前なの。あの時いい気分がしたの。タケルのお父さんとお母さんにも挨拶したの。嬉しかったの」
天野七海。天の七つの海。なんかロマンティックだ。七海は変えたくなかった。美島七海の名前だったが、ずっと七海と呼んできたので馴染みもある。
「たしかに響きは悪くないなあ」
「でしょ、絶対いい名前なの」
「天野七海でいいか?」
「うん、凄くいいの! 私も七海は変えたくなかったの、ずっとタケルが七海って呼んでくれてたから、変えたくなかったの。今日から私は『天野七海』なの!!」
七海の目が輝いていた。
私は七海と千葉の実家付近を散策していた。七海が私の育った環境を見たいと言ったからだ。私の実家は上野から京成電鉄で50分位の位置にある、大きな団地を抱える町だ。実家には寄らないつもりだ。七海を連れて寄ったりすれば大騒ぎになる。私は自分が卒業した小学校や中学校に七海を連れて行った。今は実家近くの川、『花見川』が見える花縞観音の近くの河原のベンチで七海と話している。ここもよく遊んだ懐かしい場所だった。来るのは何年ぶりだろうか。
「タケルの育った環境、見れて良かったの」
「あんまり面白くないだろ、でも地球の学校制度は少し興味が湧いたかな?」
私は七海を案内しながら日本の教育制度や子供時代のエピソードを話した。
「興味深いの。特にドッジボールやSかいせん(Sケンとも言う)の話が凄く興味深いの、戦争みたいなの」
「まあ子供の戦争だな。Sかいせんは半分喧嘩で怪我人が続出して禁止になったよ。でも面白いルールでそれぞれに役割もあって楽しかったよ。俺はいつも攻撃隊で果敢に攻めたよ。敵の守備隊のデカいやつによく投げられた」
「地球人は遊びを通して学ぶんだね」
「MM星人の子供は遊ばいのか?」
「ちょっと違うの。MM星人は100歳まで施設で過ごすの。そこでMM星人としての規範や哲学を学ぶの。80歳になったら適性を審査されて、役割が決まるの。80歳から100歳までは役割について学ぶの。これが結構たいへんなの。100歳からは政府に任命された役割を担うの」
「なんか社会主義みたいだな。職業を自由に選べないのか?」
私はMM378には自由が足りないような気がした。
「そうなの。すべて政府が決めるの。皆それに従って生きるの。少なくとも民主主義ではないの。でもMM星人は、一人だけ得をしようとか、儲けようとかしないの。できるだけ皆で分けたり共有するの」
「MM星人は欲が無いんだな。何を楽しみに生きてるんだ? 趣味とかはないのか?」
「MM星人には趣味なんてないの。余暇は役割に関する勉強をするかトレーニングで体を鍛えるの」
「真面目なんだな」
「政府に忠誠を尽くして役割を全うすることがMM星人の生き方なの。地球人みたいに楽しむことはしないの。でも私は地球人の生き方もいいと思うようになったの。好きな本を読んだり、音楽を聴いたり、テレビや映画を観たり、スポーツをしたり、美味しい物を食べたり」
「MM星人の生活はつまらなそうだな、七海のMM378での役割は何だったんだ?」
「それは秘密なの・・・・・・」
七海は顔を曇らせた。
「そうだ七海、鰻を食べないか? 代表的な日本料理だ」
実家の近くに50年近く前に創業したうなぎ屋『花京』がある。私が鰻重を初めて食べた店であり、受験に合格した時などお祝い事や晴れの日に家族で食べに行った店である。よく蒸された鰻の身は柔らかく、タレの味は甘さ控えめで、炭火で焼いた香ばしさが堪らない。近所でも評判のうなぎ屋だ。私はこの店が基準となっているため鰻の味にはうるさい。実家に帰ってくると『花京』の鰻重が食べたくなる。
「鰻? ああー図鑑で見たの、あのニョロニョロしたのでしょ、ヘビみたいなのでしょ、私ヘビは苦手なの!」
七海は図鑑が好きだ。歴史にハマる前は動物、植物、魚類等の図鑑にハマっていた。
「MM378にもヘビがいるのか?」
「MM378にはいないの。でもテレビでヘビの姿を見て、凄くイヤだったの。絶対に実物は見たくないの、気持ち悪いの」
「ヒグマに勝てるんだろ? ヘビなんか大したことないよ」
「ヘビはダメなの、もし出てきたら、すぐに降伏して捕虜になるの」
「鰻はヘビに似てるけど、魚だぞ。めちゃくちゃ美味いけどな」
「タケルが美味しいって言うならちょっと興味があるかも。タケルは美味しい物いっぱい知ってるの」
「俺の一番の好物だよ、一番だ! 『花京』の鰻はとにかく美味い。『俺は鰻の味にはうるさいんだ』、でもヘビに似てるから今日はやめとくか」
私は意地悪だ。
「だめだよ、そんなこと言われると興味深くなっちゃうの。一番なの? そんなに美味しいの? タケルは『鰻の味にはうるさい』の? その言い方凄くかっこいいの。ズルいの、タケルに一番なんて言われたら食べてみたくなっちゃうの。でも、ヘビみたいなやつだよね? やっぱり気持ち悪いの。美味しいとは思えないの。でも興味深いの、凄く興味深いの。もし嘘だったらポング1000発なの」
「なにこれ! 柔らかくて、身がホロホロで、脂も乗ってて、とろけて、タレの味が美味しくて、とろけて、ご飯もタレがしみてて、一緒に食べるとご飯の弾力と身の柔らからさが同時に楽しめて、とろけて、焼けた皮が香ばしくて」
意外と七海は食レポが上手い?
「美味いだろ? この料理を作るには沢山の工程があるんだ、特に大事な工程は蒸し、と焼きだな。串打ちや捌くのも技術がいるんだ、炭火で焼くから美味しいんだ。手の込んだ料理なんだよ。とにかくこの店の鰻重は美味い」
「美味しいなんてもんじゃないの! はふはふ、凄いの、お箸が止まらないの、はむはむ、なんでこんなに美味しいの? ヘビみたいなのに、変なの、異常なの。もう、口の中が喜んでるの。料理って凄いの! 手の掛け方が凄いの。炭で焼きながら団扇で仰いでたの。美味しすぎるの! 地球人はズルいの、日本人はもっとズルいの! MM星人にも食べさせたいの、鰻重を食べればみんな幸せになれるの! 『私は鰻の味にはうるさいの!』」
七海はただうるさいだけだが、初めて食べた鰻重を凄く気に入ったようだ。興奮の仕方が半端じゃない。MM378でうなぎ屋を開きたいと言っている。
七海は地球に来た頃は、料理が食べられなかったと言う。塩味にびっくりしたらしい。MM378には塩がない。塩味に驚き、吐き出したらしい。ニューギニア高地人のルポルタージュを思い出した。日本の取材班がインスタントラーメンを食べさせたところ、吐き出したという。タロ芋しか食べない彼らには受け入れられない味だった。かわりに取材班が炊いた白米を喜んで食べたという。七海は努力して塩味を受けいれた。今ではチーズバーガーやラーメンを好み、鰻重の味に舌鼓をうっている。七海は帰りの京成電鉄の中でもずっと鰻重の話をしていた。
七海の美貌は前にも増して凄まじい。美島七海と間違われることはなくなったが、私と歩いていても強引にナンパしてくる男がいる。しかし七海はマイペースで自分の美貌にまったく無関心だ。
私は職場に復帰した。有意義な3週間だった。プロジェクトも順調だ。小杉には今度、焼き鳥でも奢ろう。
家に帰ると、音楽が流れていた。スティングの『Englishman In New York』だ。ミニコンポが鳴っていた。七海はペットボトルの水を飲みながらCDの歌詞カードを読んでいた。
「七海、音楽聞いてたのか?」
「うん、1ヵ月位前からタケルのCDを聴いてたの。この曲好きなの、ウルーンが反応するの」
「これは40年以上前の曲だ」
「メロディーが凄くいいの。歌詞もいいの、『MM星人in 東京』みたいな感じなの」
「MM378に音楽は無いのか?」
「無いの、楽器も無いの。地球には料理と音楽があるの。MM星人は科学では勝てても文化では勝てないの。地球人は凄いの」
「俺は音楽は詳しくないけどな」
「スティング、エリック・クラプトン、スティービーワンダー、浜田省吾、B’Z、スピッツ、YOASOBI、クラシックも素晴らしいの、タケルのCDいっぱい聴いたの、一日中聴いてても飽きないの! FMラジオも聴いたの。前から音楽は気になってたの。どこに行っても流れてるの。じっくり聴いてみると興味深いの、凄く興味深いの! MM378に持って帰りたいの」
「音楽は多くの人間に希望や安らぎを与えてきた素晴らしい文化だよ」
「うん、音が心に響くなんて知らなかったの、本当に素晴らしの。地球人の感情が豊なのは料理や音楽が関係してると思うの。最初はネズミみたいだったんでしょ? それからサルみたいになって。そのころは音楽も料理も無くて、感情とかあまり無かったと思うの。でも自分たちが生み出した文化で感情が芽生えて、さらに文化を生み出した、そこがMM星人と違うの。MM星人は凄く合理的なの。情熱とエネルギーを科学に全振りしたの。でもつまらないの」
「音楽は紀元前にはあったはずだ。七海がMM378に音楽を持ち帰れば歴史に名が残るぞ」
私はヘッドホンのジャックをコンポに差し込んで、ヘッドホンを七海の頭に装着させた。
「あっ、凄く音がいい、耳に響くの、ありがとう、これからこうして聴くの」
七海はそれからCDを何回か出し入れして数少ない私のコレクションを聴いていた。
朝、私は七海の声で目が覚めた。
「アイジャスコー♪」「アイジャスコー♪」「アイジャスコー♪」「アイジャスコー♪」。
おそらくスティービーワンダーの歌、『I Just Called To Say I Love You』だ。カワイイ声だが音程が全然合っていない。七海がキッチンで料理をしながら歌っている。
「七海、一つのフレーズを繰り返すのはやめてくれ! イライラする」
「ごめんね、でも歌いたくなっちゃうの、この曲大好きなの、スマートフォンの目覚ましのアラーム音にしたの」
「確かにいい歌だ。俺も大好きだよ」
「タケル、コーヒー淹れたよ」
最近七海は私より早く起きてコーヒーを淹れてくれるようになった。七海はコーヒーを飲まない。水を飲んでいる。トースターでパンを焼いて、オムレツやサラダを作ってくれる。そのおかげ私は朝食を食べるようになった。
ふとある事に気がついた。七海は変身の時にバストアップもしているはずだ。以前に偶然見てしまった七海の体を思い出した。あの時よりセクシーな体になってるに違いない。七海なら頼めば見せてくれるかもしれない。ダメだ! それはいたいけな子供を騙すのと同じだ。それに歯止めが効かなくなる。人として恥ずべき行為だ。大人の男として失格だ。しかし一度頭に浮かんだ七海の体は容易には消えてくれない。大人の男だから・・・・・・私は自分の太もも掌で思いっきり叩いた。大きな音がした。七海が『アサハおいすい水:天然水』をジョッキで飲みながら不思議そうにこっちを見ている。キョトンとしたあどけない顔がカワイすぎる。だめだ、これではヘビの生殺しだ。私もヘビが嫌いになりそうだ。
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