第14話 Chapter14 「新生アイドル?誕生」

Chapter14 「新生アイドル?誕生」


 私はビジネスホテルに籠ってから画像編集ツールを使って美島七海の写真を加工していた。美島七海の顔をベースに新しい七海の顔を作ろうとしていた。人の顔とは不思議なもので、美島七海の美貌が微妙なバランスで構成させていること知った。眉の角度を一度、太さを1ミリ変えるだけで違う印象になった。目と目の間などは僅かに広げるだけで実に間抜けな顔になった。目、鼻、口それぞれのパーツの形とそれらの配置のバランス、輪郭との組み合わせで無限の顔が生み出されるのだ。もともと絵心は無いが、写真加工ならなんとかなると思っていた。パズルのように試行すれば正解が見つかると思っていた。しかしその考えが甘かった。そもそも何が正解なのかも分かっていなかった。人間一人一人の顔はまさに偶然が生んだ奇跡だった。美人やイケメンはその偶然の中から生まれた一つでしかなかった。自らの意思や努力などまったく反映されない、遺伝子レベルの情報が作り出すある意味残酷な偶然にしかすぎない。

なぜ多くの男は美人に心を奪われるのか。そもそも美人などという顔は価値観が選択するものであり、大多数の価値観が認めた顔が美人なのであろうか。時代によって美人の顔が変わるとういうのはその時代の価値観の違いだと言う話を聞いたことがある。平安時代の美人は現代の美人ではない。その逆もまたしかりである。しかし、大多数の人間が示し合わせて美人の定義を決めているわけではない。みんが美人だと言って持てはやせば、そう見えてくることもあるかもしれないが、何の事前情報や先入観的な要素がなく一目見て心奪われることもあるのだ。美島七海を初めて見た時がそうだった。TV画面でデビューしたての美島七海を見たとき、事前情報が無い状態で目を奪われ、一瞬でファンになった。世の中の多くの男がそうだろう。持って生まれた偶然、それでしかない。今はそんなことを考えていた。新しい七海の顔。誰かに似せてしまうのが一番楽だ。七海の姿も美島七海のコピーだ。すでに存在する美のコピーだ。


 私は3年も止めていたいた煙草を吸い始めた。ノートパソコンの中の画像と格闘していた。

人気女優やアイドルの顔のパーツを組み合わせたりもしたが、話にならなかった。

私は七海のスマートフォンに電話をかけた。今回の件をきっかけに『七海にスマートフォンを買った』。もちろん私の名義だ。

「もしもし」

やたら可愛らしい声は七海の声だ。正確には雨宮あゆの声だ。

「七海か、変わったことは無いか?」

「うん、ないよ。タケル、頑張ってるの?」

「ああ、頑張ってるよ。変わったことや困ったことは無いんだな?」

全然頑張れていなかった。

「うん、大丈夫だよ。今日ね、横川に水を買いに行ったら木村さんに会ったよ」

「木村! 大丈夫だったのか?」

「うん、なんか謝ってきたの。そのうち挨拶に行くって言ってたから、家を教えといたの」

「七海、なにやってんだ! 木村はやばいやつだぞ!」

眩暈がした。

「大丈夫だよ、あんなのワンパンなの。それより新しい顔、楽しみなの」

「ああ、俺も楽しみだよ」

「もし変な顔だったら、前のおっさんに戻るからね。それかバイクに変身しちゃうかも」

「それだけはやめてくれ」

洒落にならなかった。ムスファ・イーキニヒル・ジョージフランクホマレは何にでも変身できる。

「嘘だよ、タケルが気に入る顔ならなんでもいいの、タケルが好きな紫電改に変身してあげてもいいよ、1/5スケールなの、キャハハ」

「いやそれは好きの意味が違うから」

紫電改は好きだが、紫電改と会話をしたり食事をしたいとは思わない。1/5スケールなら全長1.9メートル、全幅2.4メートル、全高0.78メートル、何とか部屋には入れそうだが玄関のドアには閊えるえるかも知れない。でもバイクよりましか? 飛べるのか? だめだ私は疲れてる。

「七海、名前を考えておいてくれ。七海の名前だ、顔が変わるんだ、名前も考えよう」

「うん、わかった。カッコいい名前にするの」

「とにかく俺が帰るまでは大人しくしてろよ。外出はするな、それと木村が来たら絶対にドア開けたらだめだぞ、もしやばくなったら警察に電話するんだぞ、110番だ、教えただろ」

七海には無用な心配だった。むしろ木村のために119番を教えておいた方が良かったかもしれない。

「うん、わかった。早く帰ってきてね、さすがに暇なの。あと、なんか寂しい気がするの。よく分からないけど、そんな気がする気がするの・・・・・・」


 今日でホテルに籠って5日目、ホテルの予約は明日までだ。まだ成果らしい成果が出ていない。もう何日か延長したほうがいいかもしれない。新しい作戦に出た。『画像生成AI』だ。文書生成のChatGPTは仕事で使っているが画像生成AIは初めてだ。画像生成AIは何種類かあり生成される画像のタッチも違っている。いろいろ悩んだが、できるだけ写実的なものを選んだ。写真をベースの元画像にできる。やはり美島七海の面影は残したい。美島七海の画像を読み込ませ、プロンプトに生成する画像のイメージや条件を打ち込んだ。使用したAIは英語での指示しか出来なかった。Webの翻訳機能で日本語の指示を英語に翻訳してプロンプトに入力した。指示が上手くいってないのか生成される画像はイマイチだ。美形ではあるがアンドロイドみたいな顔の画像ばかり生成された。気が付いたら夜の23時なっていた。ホテルは3日間延長した。100人以上の女優やアイドルの画像を読み込ませ、思いつく限りのイメージをプロンプトに入力した。それでも納得のいく画像は生成されない。

夜の2時を過ぎ私は眠気に負けそうになっていた。ここ3日ほどはシャワーも浴びていない。灰皿の吸い殻が山のようになっていた。意識朦朧とする中で元となる画像を複数枚選択してイメージや条件を入力した。


 いつの間にか寝てしまっていた。気が付いて腕時計を見ると朝の8時になっていた。ノートパソコンの画面を見ると女性の画像が映し出されていた。写真のような画像だ。その画像に目が釘付けになった。え、エエエエエエーーー。美しい。慌てて表情を変えるボタンをクリックした。画像の女性は笑顔になった。おお、オオオオオオーーー。可愛い。画像の視点を変えるボタンを押して横顔にした。凄くいい。私は一気に眠気が吹っ飛んだ。画像を様々な視点に変え、可能なかぎりの表情を試した。胸がドキドキした。ドキドキどころではない。ドキドキの10乗だ! 凄い、私のどストライクの顔だ。他の誰がなんと言おうとパーフェクトだった。天使達の祝福のコーラスが聞こえた。これだ! これしかない!

プロンプトの履歴を見る。最後の英語の指示を翻訳機能を使って日本語に訳した。「ありのままの美しさ」だった。選択した複数の画像と、繰り返し入力した指示と条件。それらを反映して最後に生成された画像だった。

私はホテルにキャンセル料を払い、タクシーで家に向かった。部屋に入ると七海は、ペットボトルの水を飲みながらノートパソコンを使っていた。


 「おかえりなさい! 待ってたの。あれっ、タケル、髪の毛ベタベタだよ。それにちょっと臭いかも」

「七海、いいからこれを見るんだ」

私は自分のノートパソコンを七海に見せた。

「わあ、綺麗、だれこの人?」

七海は画面に見入っている。

「これは七海の新しい姿だ、俺が作ったんだ」

「うん、いいよこれ、凄くいいの」

七海は嬉しそうとうより驚いた顔をしている。

「タケル、さっそく変身するの。体はどうする? 前はグラビアの水着姿があったから」

「体はそのままでいい」

「うん、わかったの」

そう言うと七海は私のノートパソコンを持ってトイレに駆け込んだ。美島七海に変身した時のおっさんを思い出した。

「あの、七海、体だけどさ、やっぱバストをもう8センチアップしてくれ、カップのサイズを一つ大きくする感じで」

私はトイレのドアに向かって叫んでいた。

「うん、わかった。マシマシなの~」


 七海は私の作成した画像どおりの姿になっていた。いやそれ以上だ。3次元の七海は美島七海の面影を残しつつも、すましたその顔は前より少しキリッとした美人の顔になっていた。

そして口角を上げると、とたんに愛くるしいカワイイ顔になった。さらに表情を崩して笑うと目が三日月型で少しへの字になり、表現出来ないほどカワイイ顔になった。バストアップしたせいかスタイルもさらに良くなったように見える。私は睨めっこをするように座って七海と向かい合った。七海は色んな表情をしてくれた。私は七海のあまりの美しさとカワイさに気が遠くなりそうだった。美島七海には悪いが、今の七海は前の七海とは別次元だ。完全な進化だ。もう美島七海の写真集は処分する。そして一眼レフのデジカメを買ってオリジナルの写真集を作りたい。私だけのアイドル、新しい七海!


 「ねえ、鏡をみたの。この顔素敵なの。私の顔なの」

「そうか良かった、頑張った甲斐があったよ」

「前回変身した時も思ったんだけど、この星で生きていく為に出来るだけ地球人になろうと思ったの。地球人の女性として生きて行くことを覚悟したの。今回はそれ以上に覚悟が決まったの。もうMM星人の気持ちは無くすつもりなの」

七海は一所懸命地球人に、そして女性になろうと努力してきた。ホームレスから脱却し、ノートを使って日本語を練習し、ファッション雑誌を見てオシャレを研究し、毎朝、朝食を工夫して作っている。何でもないような事に思えるが、誰も知り合いがいない、言葉も文化も全く違う惑星で生きているのだ。私は他の惑星はおろか、同じ地球の海外でも一人では生きていけない。ホームレスになる前に野垂れ死にしてしまう。

「MM星人の気持ちを無くすって、大丈夫なのか?」

「少し寂しい気もするの。寂しいっていう気持ちがわかるようになったのは最近なの。MM378ではいろんな事があったの。でももう過去なの。私は地球人の生き方、文化、心のあり方が好きなの。地球人になりたの。人間みたいに感情豊かに生きたいの。素敵な女性になりたいの。タケルとも一緒にいたいの。不思議な感じなの」

七海は徐々に人間に近づいてきている。自分では気づいていないのようだが、感情もどんどん強く豊かになってきている。演技では無い女性らしさも感じるようになった。

「七海、一緒にいろいろ乗り越えていこう」

「うん、嬉しいの。この姿、凄く気に入ったの。綺麗でカワイイの。タケルは凄いの」

七海はとびきりの笑顔を見せた。瞳が輝いている。もうゲロ吐く位にカワイイ。愛おしい。嬉しすぎて本当に『オエッ』ってなった。

私は疲れていたので午後9時に寝床に入った。とにかく眠かった。

「七海、おやすみ。今日は疲れてるからもう寝るよ」

「おやすみなさい。タケル、ありがとう、いい夢見てね」

明日からの生活が楽しみだ。私は微笑みながら眠りに落ちた。


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