第13話 Chapter13 「昇り龍」
私は3週間の有給休暇を取得した。会社にはメンタルが不調で短期入院すると嘘の理由で申請書を提出した。今まで会社にはかなり貢献したはずだ。これくらいのワガママは許して欲しい。プロジェクトの管理はプロジェクトリーダーの小杉に引き継いだ。小杉は若いが優秀だ。最近はマネジメントに興味を持ち、どん欲に知識と経験を吸収して確実に成長している。その顔は生き生きしている。自分の若い頃を見ているようで複雑な気分だ。有給休暇を取ったのは七海の次の姿を考えるためだ。
私は最新型のノートパソコンを購入した。今まで使っていたノートパソコンは七海に譲った。
「七海、俺は明日から1週間くらい、ビジネスホテルに籠ろうと思ってる。そこで七海の新しい姿を考える。集中したいんだ」
七海がそばにいると集中できない。何よりも美島七海の姿が強烈で新しい姿が想像できない。
「うん、わかった。1週間だね」
七海に驚いた様子はない。いつものようにペットボトルの『アサハおいすい水:天然水』を飲んでいた。
「俺がいない間、大人しくしてるんだぞ。あんまり外出はしないでくれ」
少し不安だった。
「うん、大丈夫だよ。パソコンがあるし、いい子にしてるよーーん」
七海は口を尖らせた。仕草がいちいちカワイイ。
「七海、中華を食べに行こう、昼飯の時間だ」
「やったー、餃子と焼きそば美味しいの。いっぱい食べていい?」
七海のいっぱいは洒落にならない。
「俺が止めたらやめるんだ」
「わかった」
七海は少し残念そうだ。
私は『龍王軒』に行きたかった。姿を変える前の最後の七海の姿を店長に見せたくなった。七海が突然着替えだした。外出用の服に着替えるためだ。勢いよくトレーナーをまくり上げると一気に脱いだ。どこで買ったのか、胸にブラジャーをつけていた。私があっけに取られているとスウェットの下を脱ぎ始めた。スウェットを膝まで下し、左膝を上げて足を抜いた。綺麗なふくらはぎだった。右足の膝下だけがスウェットに隠されている。下着姿だが七海の全身が露わになった。下着は上下とも薄いブルーでセットだった。素晴らしいプロポーションだった。私は慌てて玄関を開け外に出た。ドキドキしていた。着替えはトイレか浴室でするルールにしていたが、中華を食べに行く興奮で七海はルールを忘れたようだ。七海は無防備だった。自分が女性の姿であることの意味を解っていない。私が男であることも理解していない。MM星人は性別がないから当然かもしれない。七海との生活は2か月になるが、私は七海にあまり女を感じていなかった。正体を知っていることもあるが、私が保護者で七海が子供や生徒のような感覚もあった。しかしその美しさとカワイさには心を奪われている。七海の容姿は観賞用だ。正直言うと七海を女として見ないように自分に言い聞かせている。それでもさっきの七海の無防備な姿にドキドキした。性を感じた。抱き着きたい衝動を押さえた。男として当然の欲求だ。いつまで抑えられるだろうか。自信がない。その時七海はどうするだろうか? 拒絶するのか? それとも・・・・・・。
龍王軒に入ると中国人留学生の王さんがテーブルを拭いていた。
「イラッシャイマセ、アレッ、キタノ? スゴイ、テンチョウ、キタヨ、キタキタ」
王さんは大きな声で店長を呼んだ。
「どうした、って、おおー、いらっしゃい、こっちへどうぞ」店長は私と七海を四人掛けのテーブル席に案内した。私と七海は向かい合って座った。なぜか店長が私の隣に座った。
「いやー待ってたよ。おーい、ビールに龍王餃子二人前」
店長は厨房に向かって大きな声で注文した。
「それにしても本当綺麗だな。カワイイし。従妹だっけ?」
「この娘、この前この店の餃子食べて、気に入ったみたいなんですよ」
「そうなの? 嬉しいね、でも本当に羨ましいよ。こんな綺麗な娘が従妹なんて」
「あの、私はタケルの母親の妹の娘だから従妹です」
七海の自己紹介はぎこちなかった。
この店に来る前に七海に従妹について説明した。MM星人は家族を持たないので人間の血縁関係を説明するのは難しかった。
「おおーー声も凄くカワイイね、なんかプロの声優さんの声みたいだよ」
店長はご機嫌だ。王さんがニコニコしながらビールを運んできた。
「ホント、美島七海ソックリ、カワイイ、アノ、イッショニ写真トッテモイイデスカ、中国の両親ニオクルヨ、キットビックリスル、美島七海ハ、中国デモニンキ」
王さんはポケットからスマートフォンを取り出した。
「王、お客さんに何言ってるんだ、仕事しろ、時給下げるぞ!」店長が一喝した。
「あのさ、一緒に写真撮ってくれたら、注文全部タダにするよ、ねえ、どう?」店長の目がギラギラして怖い。男とは愚かな生き物だとつくづく実感した。美しい女性の前では理性や合理性が吹っ飛んでしまう。
「あの注文いいですか」
私は唐揚げにエビチリと五目あんかけかけ焼きそばとジャンボ肉シュウマイを注文した。
七海はビールを一口飲むと水が飲みたいと言った。
「この娘、水が好きなんですよ」
「そうか、この店には水道水しかないからなぁ、おい王、横川に行ってミネラルウォーター買ってこい、一番高いやつだ」
横川は近所のスーパーだ。
「あの、できれば『アサハおいすい水:天然水』がいいんですけど」私は七海の好きな銘柄をリクエストした。七海はビールの付け合わせに出てきたザーサイを口に運んだ。
「タケル、美味しいの、この歯ごたえが凄くいいの、これ、なんなの?」
「ザーサイだ、からし菜の塩漬けだよ。瓶詰めならスーパーで売ってる」
「そうなの? 帰りに買って帰るの、植物なのね、帰ったらインターネットで調べてみるの。この食感が興味深いの」
餃子が運ばれてきた。七海は餃子二つをいっぺんに口に入れた。
「美味しい! 餃子大好きなの。地球人はずるい、美味しいものばっかり食べてるの、餃子もチーズバーガーも、ラーメンも美味しいの、もうMM378に帰れないの、MM378にはエナーシュしか無いの、ラーメンなんて無いの、地球は凄すぎるの! もうニンニクマシマシカラメなの!」
七海は興奮している。
「ああっ、そうだね、美味しいもの食べると幸せだね、地球万歳、餃子万歳!」
私は変なノリで七海の発言をごまかした。
「いやー、そんなに喜んでもらえて嬉しいよ」
その後に運ばれてきた料理も七海はガツガツと食べた。
「シュウマイ美味しいの、はふはふ、ズルいの、美味しすぎなの」
特にエビチリとジャンボ肉シュウマイを気に入ったようで七海が全部たいらげた。
エビが海洋生物だと教えると七海はエビを箸で摘まんで凝視していた。そして「凄く興味深いの~」
と言って口に運んだ。
私はジャンボ肉シュウマイを2人前追加注文した。私も食べたかった。この店オリジナルのジャンボ肉シュウマイは粗挽きの肉が皮からはみ出していて食感がプリプリだ。普通のシュウマイの2倍位の大きさである。餡の味も絶妙で、何もつけなくても美味い。町中華ならではの逸品だ。
王さんが2ℓのペットボトルと氷の入ったビールジョッキを持ってきた。『アサハおいすい水:天然水』の2ℓだ。
七海の目が輝いてる。いつもは600mlのペットボトルをチビチビ飲んでいる。
「水、カッテキタヨ」
王さんはペットボトルのキャップを開けて、水をビールジョッキに注いだ。七海は喉を鳴らしてビールジョッキの水を一気に飲み干した。
「本当に水が好きなんだな」
店長が感心するような声で言った。
「タケル、この飲み方凄くいいの」
七海は氷をガリガリ噛みながら満面の笑みを浮かべている。他の常連客も七海のことが気になるようで七海をチラチラ見ている。
「店長、その娘カワイイね、紹介してよ、店長の知り合い?」
「いやー、さっきから気になっちゃってさ、綺麗だよねー、芸能人みたいだよ」
「美島七海にそっくりですね、息子がファンなんです、私もファンになっちゃいそうです」
昼間から酒の入った常連客が勝手なことを言っている。
「この娘は常連なの。この店の餃子のファンなの。悔しかったら中華屋になって餃子焼きなよ」
常連客から笑いが起こった。七海がこの店に来たのは2回目だ。
「おーい、ネーチャン、こっち来て酌しろや」
大きな声が店内に響いた。たちの悪い常連客の木村だ。木村は酔って暴れたり他の客に絡んだりして迷惑な存在だ。町の嫌われ者である。木村は土建屋を経営している。反社会勢力との付き合いがあり、覚醒剤での逮捕歴があるとの噂だ。若い衆を3人連れ酔っぱらっている。
「木村さん、この娘は大事なお客さんです。勘弁して下さい」
店長が謝った。
「何だと、中華屋風情がよー、いいからそのネーチャンよこせや!」
店の中に緊張が張り詰めた。私はこういうトラブルは苦手だ。
「木村さん、お代はいいですから大人しく飲んで下さいよ、お願いしますよ」
「ふざけんな! 俺は乞食じゃねえぞ!」
木村は叫ぶと灰皿を思い切り投げつけた。アルミの灰皿は七海の額に当たった。七海は額を押さえた。店長の表情と顔色が一瞬で変わった。人懐っこい顔は消え、カミソリのような鋭い目をしていた。
「ふざけてんのはテメーの方だ! 今すぐ店を出てけ! その前にこの娘に謝れ、土下座しろ! 殺すぞコノヤロー!!!」
店長は立ち上がって勢いよくシャツを脱いだ。木村を睨みつけている。その姿は阿修羅のようだ。背中に龍が昇っていた。見事な和彫りの入れ墨だった。腕には牡丹の花と、桜の花びらが舞っていた。木村は目を見張っている。王さんは掃除用のモップを持って構えている。臨戦態勢だ。カンフー映画の棒術使いのようだ。
「なんだテメー、そんなもん怖かねえよ。こちとら現役だ! 中華屋風情に舐められてたまるかよ!けじめつけさせてもらうぜ」
木村は若い衆に目配せした。若い衆が店長に近づく。
「まって、私がそっちに行きます。それでいいんだよね?」
七海が立ち上がった。
「おおーー、それでいいんだよ、早く来いよ」木村は面子が保てたことを喜んでいる。昭和の頃のチンピラのテンプレみたいな男だ。七海は木村の席に近づいた。
「おおーー、べっぴんじゃねえか、凄え、銀座のクラブのネーチャンなんかめじゃねえな、芸能人みたいだ。おまえらもこっちこい、このネーチャンに酌してもらえ」
若い衆は飛ぶようにしてテーブルに戻った。店長が厨房から中華包丁を持ってきて木村に突進しようとしたがそれを王さんがモップで静止した。
「店長、ソレ以上、イケナイ」
七海は木村の横の席に座った。木村は品定めをするように七海を視線で舐め回した。
「スゲーな、いろんな女を見てきたがこいつはスゲー、ちょっとチューさせてくれよ」
木村は七海に抱きつこうとした。店長は王さんを突き飛ばして木村に飛びかかろうとしていた。木村が突然、糸の切れたマリオネットのように床に崩れ落ちた。泡を吹いて気絶している。七海がこちらに戻ってくる。ウィンクをした。間違いない、七海はポングを使った。若い衆が木村を担いで店を出て行った。
結局七海と店長はツーショットで写真を撮った。七海は笑顔でピースサインをしている。王さんともツーショット写真を撮った。店長は写真を引き伸ばして店に飾ると言っている。王さんは日本に来てよかったと言って涙目になっていた。会計は本当にタダだった。今更ながら七海の美貌の破壊力を思い知った。
「いろいろ悪かったね、怖い思いさせちゃって。でもまた来てよ、ジャンボ肉シュウマイ、タダにするからさぁ、エビチリもタダにするよ、写真飾るから見に来てよ」
「マタキテクダサイ。マタ水カイニイキマス、ホント、キテホシイ」
「もう一人、若い従妹がいるんです、今度はその娘を連れて来ます」
「へえー、そうなんだ、その娘もカワイイの?」
「多分、カワイイと思います」
その娘の顔はこれから私が作るのだ。
私はビジネスホテルに籠るための準備をした。1週間分の下着を畳んでミリタリーバックに詰めた。七海は瓶詰のザーサイを指でつまんで食べながらAmazomでビールジョッキを選んでいる。
「同じ物なのに種類がいっぱいあるから迷うの、一つでいいのに。でも興味深いの」
私は無邪気な七海を見ながら昼間見た七海の体を思い出していた。本当に美しい体だった。
外ではもうコオロギが鳴いていた。
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