第12話 Chapter12 「青い惑星」

《【緊急】【発:警備第3分隊:ガーラント:軍曹】【宛て:警備本部】【同報:不可】

護送中の極刑個体護送車より逃亡。現在地ムルシュ地区街道226。ポイントDY(デルター.ヤンキー)6(シックス)、逃亡の極刑犯の個体、強し。当方の個体2個体損傷意識無し》


 ジョージ大尉は護送用ホーバーバスから脱出した。脳波攻撃は使えなかった。警備兵は強力なシールドアーマーを着用しており、ジョージ大尉の頭には脳波の発射及び送信を遮断するヘルメットが被せられていた。だが、警備部隊はジョージ大尉を見くびっていた。手枷を使用していなかった。護送用ホーバーバスが信号で停止、その時ジョージ大尉は立ち上がった。警備兵2個体もジョージ大尉の動きを見て立ち上がった。

「おい、座ってろ」  

途中まで言いかけて警備兵は後ろへ吹き飛んだ。ジョージ大尉は豹のような跳躍力で飛び、右腕を警備兵の喉にぶつけた。強烈なラリアットである。もう一体の警備兵も同じように右ラリアットを喰らって吹き飛んだ。ジョージ大尉は喉への攻撃を得意としていた。強靭なMM星人の体も、喉だけは鍛えられなかった。喉はMM星人の急所であった。ジョージ大尉は、白兵戦で喉へのラリアット攻撃と、素早く馬乗りになって相手の喉に掌を当て、押し込んで喉を破壊する技が得意だった。ジョージ大尉は肩からタックルしてフロントガラスを破壊した。ホーバーバスから飛び降りたジョージ大尉は『四足走行』の全速力で瓦礫の荒野を駆けた。

 

 ジョージ大尉の脱走はすぐに軍令部に知らされたが軍令部では大尉一人の脱走などさして問題ではなかった。問題なのはガンビロン使用の事実が外部に漏れることだ。すでに各政府は強力な脳波攻撃が行われたと推測し、抗議を申し立てている。軍令部はガンビロンの使用については一切発表せず、エネルギー集積場で事故が発生した可能性があるとの公式発表を行ったのみである。もしガンビロンの存在とその使用が公になれば第1政府は厳しい立場に立たされることになる。味方の被害だけならまだしも民間に大きな被害が出たことは許しがたい行為である。MM378での戦争は軍人の個体のみが戦い、民間の個体に被害を与えることは絶対的タブーとなっている。また、ガンビロン程の強力な脳波攻撃はMM378の平和協定に違反する可能性もあった。


 ジョージ大尉は第1政府宇宙開発センターに潜入した。ジョージ大尉は50年前、軍組織から出向という形で宇宙開発センターに勤務したことがある。任務は同じ恒星系に存在する惑星MM362の調査とアンドロメダ星雲への時空移動実験だった。MM362の調査には特に見るべきものは無かったがアンドロメダ星雲への時空移動実験は多くの成果を残した。200万光年以上離れたアンドロメダ星雲への到達時間を30分の1にしたのだ。1000カ月(83年)近く以上掛かっていた時間を30カ月(2.5年)に短縮したのだ。また宇宙船のサイズのコンパクト化も進み宇宙船開発のコストが大幅に削減された。

ジョージ大尉は宇宙開発センターの警戒装置をかい潜り、第22格納庫に潜入した。警戒装置については勤務していた時、その設置作業と設定作業を行ったことがあるので、かい潜るのは思ったほど難しくなかった。軍事施設とは違うためピリピリした雰囲気も無かった。


 「ジョージ大尉、お久しぶりです。今日はどうされましたか?」

整備士のモーゼルが挨拶してきた。予想どおり軍法会議で極刑となったことも脱走したことも伝わっていなかった。通常は官報で公開される軍法会議の結果も今回はなぜか公開されていなかった。

「うん、久しぶりに宇宙船を見たくなってな。こいつはスリーRの最新型か?」

「はい、かなりコンパクトになっておりますが、無補給でアンドロメダまで4往復できます」

「そいつは凄いな」

「操縦性も良好で脳波によるコントロールが可能です」

「私にも飛ばせるか?」

「はい、以前のタイプを操縦したことがあれば問題ありません。むしろ脳波での通信が可能な

ガイド機能がありますので、操縦ははるかに楽だと思います」

「認証方式は?」

「認証方式は以前と変わっており、コード入力の他に生体認証が補助的に使用されています。今は反重力装置のテストフライト中なので全て解除してありますが、搭乗許可を申請すれば明日にもコードが発行されます。大尉はまだ宇宙センターに籍があります、テストフライトなら搭乗可能です。申請いたしますか?」

モーゼル整備士はその場に崩れ落ちた。ジョージ大尉は弱めの攻撃用脳波『ポング』を使った。攻撃用脳波は戦闘任務に従事した軍人にしか使えない。訓練と特殊な医療行為によって使用できるようになる。MM星人の持つテレパシー機能を進化させたものだ。


 MM378を一隻の宇宙船が飛び立った。管制塔からの搭乗者確認とルート指示を無視してフルスピードで大気圏を突破し、時空転移装置をレベル3に設定した。行先の座標は適当に指示した。おそらく隣の銀河系のどこかに移動できるであろう。ジョージ大尉は待機カプセルに入り睡眠ミストのボタンを押した。3か月ほどの眠りにつくことになるだろう。目標座標に到達したときに起床用脳波装置が作動するよう設定した。そしてミストの甘い香りのなかで眠りに落ちた。


 フォンフォンフォンフォン、フォンフォンフォンフォン。目覚まし装置が起動した。脳が軽く振動している。心地よい。ジョージ大尉は長方形の目を開けた。MM星人の目の形は味付け海苔をさらに伸ばしたような形をしている。長方形の目は一つ。その長方形の中は薄いピンク色で真ん中に大きな青い目玉がある、認識できる光線の波長の範囲の下界は300ナノメートル、上界は980ナノメートルでほぼ人間に近い。退避カプセルの中の光は少しずつ強くなっていく。ほぼ3ヵ月間眠っていたので目を傷めないように照明が設定されている。ジョージ大尉は少しずつ目をならし、カプセルの開閉ボタンを押した。起き上がると待機カプセルを出て操作パネルの前の席に座り、モニターに映る映像を眺めてた。モニターには無数の星が映っている。パネルに表示された座標位置は宇宙船が銀河系の中の太陽系にあることを示していた。太陽系には8つの惑星があることが知られていた。その中に水を多量に蓄えた星があることも知られている。またその星には生命体が住んでいることも確認されている。ジョージ大尉は緊急時生命維持キットの入ったボックスからボトルを取り出し、キャップを外して中に入った水を一口飲んだ。とても美味く感じた。最後に水を飲んだのは1年以上前だ。


 MM星人が大マゼラン星雲の外に出るようになったのは時空を超える装置が発明された2000年ほど前になる。MM星人は他の星を侵略したり資源開発を行うようなことはしなかった。自然の、宇宙の摂理に反すると考えたからだ。あくまでも調査の為だけに宇宙空間を探索した。ジョージ大尉は宇宙船内のメイン演算装置とアナライザー機器を使って太陽系の情報を収集した。潜伏できそうな星を探すためである。自分に下されて判決をなんとかして覆したいと考えていた。今MM378に帰れば間違いなくクサイメシューに収監され、生涯をそこで過ごすことになる。今回の異例な裁判の事を考えると命を奪われる可能性も否定できない。自分が命令に従っただけであることを証明したかった。あの場で無実を訴えることはできなかった。MM378の裁判、とりわけ軍法会議においては判決は絶対なのである。それゆえに事実を綿密に積み上げて検証するのが常であったが今回はまったく違っていた。弁護員もアドバイザーも出席しない歪な裁判だった。潔白を証明するためには裁判以外の方法をとる必要がある。しかし、動き出すのには時間が必要だった。今動くのは得策ではない。どこかに潜伏して時間を稼ぐ必要がある。


 演算機器からの情報を脳でとらえた。太陽系の第3惑星が候補として挙がった。地表温度、気圧、大気成分などがMM378に極めて近いようだ。表面に多量の水もあるらしい。ジョージ大尉は第3惑星に進路を取るよう操縦系統に脳波送った。


 目が覚めてから3日ほどたった。モニターに第3惑星の映像が映り始めた。青い惑星だ。既視感を感じた。ジョージ大尉はガンビロン使用後に気を失っていた時の夢を思い出した。宇宙空間に放りだされ、物凄いスピードで漂流した夢だった。赤く輝く大マゼラン星雲が遠くなり、なんとも心細い気分になった。今までになったことが無い不思議な気分だ。そして遠くに青い星が見えてきた。星の放つ光は恒星の光ではなく、惑星のものだった。青い惑星が近づいてくる。その惑星を見ていると、安心した気分になり、美しいと思った。これもまた初めて感じる感覚だった。まさに今モニターに映し出された惑星が夢の中で見た青い惑星だった。太陽系第3惑星の地球には何が待っているのであろうか。ジョージ大尉はモニターの青い惑星を見つめた。

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