第11話 Chapter11 「軍法会議」

 検察官のホーカー少佐が証言台に立った。「34897年22月48日、ミンクリック州のゴルドバス地区の討伐作戦において最新の脳波攻撃ガンビロンの使用により敵の第12師団麾下17連隊が壊滅。その損害は625個体に及んだ。625個体は17連隊の全個体であり死亡した個体は7個体、植物状態となった個体は618個体。健常な個体は1体もなく、実情を語れるものは居ない。植物状態となった個体は我が軍の施設に収容。個体の引き渡しについては敵の第2政府と交渉中。


 そして問題となるのは我が軍の被害です。第3師団第1大隊、第2中隊は全個体234個体のうち敵との交戦による死亡86個体、ガンビロンの影響による死亡は12個体、植物状態は136個体、健常個体無し。第3中隊は全個体243個体のうちガンビロンの影響による死亡個体は8個体、235個体が植物状態、健常個体無し。連隊本部は全体個体52個体のうち大隊長以下全個体が植物状態」

傍聴席から静かではあるが驚きの声があがった。

「なお被告のジョージ大尉の指揮する第1中隊については全個体212個体のうち戦闘による負傷個体は16個体、いずれも軽度から中度の負傷、他に被害無し」


「端的に言うと、第1大隊のうち『第1中隊以外』が全滅の被害を受けたということです」


傍聴席から声があがった。「第1中隊だけ被害がないのか」「第1中隊も同じ戦場にいたんじゃないのか?」


 ホーカー検察官は証言を続けた「調査団の報告によりますと第1中隊のみ試作の46型シールド装置を着用。第2中隊、第3中隊、大隊本部は35型シールド装置を着用していた、この事実に間違いないですね、ジョージ大尉?」

「はい、間違いありません」

ジョージ大尉は起立して自席で発言した。

「なぜ第1中隊のみ試作の46型シールド装置を着用していたのですか? ジョージ大尉」

「はい、それは試作46型の性能実験のためだと思われます。大隊本部の命令により装備いたしました。また、試作の46型シールド装置は師団本部より提供されたと記憶しております」

「では何で他の中隊と大隊本部は35型を装備していたのですか? ジョージ大尉」

「私には分かりかねる質問です。大隊本部で35型でも対処可能との判断をしていたためではないでしょうか。これは私の憶測です」

「現実にあなたの中隊以外は壊滅しました。35型はガンビロンには効果がなかったということです。さて本題に入りましょう、ガンビロン使用の命令書は無いようだがどういうことですか ?ジョージ大尉」

「極秘任務でしたので命令書はありませんでした」

「使用命令は本当にあったのですか? ツポレ連隊長」

「私は存じておりません」

ツポレ連隊長は素早く起立するとはっきりと答えた。連隊本部と第2大隊、第3大隊は戦場となるゴルドバス地区の後方60Kmの地点に待機していた。

「それではマスタン師団長に聞きましょう、ガンビロンの使用命令について師団指令部は知っていたのですか? そもそも新型の兵器や装備の使用は師団本部の命令がなれば実施できないはずです」

「存じておりませんでした、使用命令を出した事実はありません」

マスタン師団長は下を向いて答えた。傍聴席がどよめいた。

「では誰の命令でガンビロンが使用されたのですか。軍令本部ではガンビロンの使用は1年後ということになっていたようだ。その時期まで第2政府との戦いが続いていればの話ですが。マスタン師団長はこの話は知っていましたか?」

「その話も存じておりません。ガンビロンについては研究開発中であるとの情報しかありませんでした」

マスタン師団長は下を向いたままだ。

「ジョージ大尉は大隊本部の命令でガンビロンを使用したと言っていますが、大隊長は植物状態だ、大隊本部の他の個体も全個体が植物状態で確認がとれていない、連隊長も師団長も知らないとなると大隊のスタンドプレイということになります。スタンドプレイにしては事が大きすぎます。今回のガンビロン使用では影響範囲が大きくずれ、民間人にも多くの犠牲が出ています。このことについては多くの政府から抗議が来ています。平和連合からも、同盟関係の第3政府や第7政府からも非難の声明が発表されました。ジョージ大尉、どうして影響範囲が大きくずれたのですか、答えて下さい」

「私にはわかりません。私は今回使用した最新型脳波増幅装置マークマックス11型に脳波を供給しただけです。マークマックスの調整は完璧でした。ログも残ってるはずです」

「あなたが調整したのですね?」

「はい、問題ありませんでした」

「これより裁判官の審議に入ります。本裁判は軍令本部の要請により開廷された特別裁判である。弁護人とアドバイザーは出廷しないので即審議となります」

裁判長のユンカー少将が口を開いた。軍令本部は軍の最高意思決定機関である。通常の軍法会議では検察官5個体、弁護員3個体、アドバイザー3個体、裁判長5個体で裁判は行われるが今回は特例である。裁判官は少佐以上の左官クラス。検察官と弁護員は少尉以上の尉官クラスが軍法会議の開廷の都度に任命される。アドバイザーは軍法会議の進行を公平、公正に進めるために民間の裁判の専門家が招集される。今回の軍法会議は裁判官と検察官のみで開廷された異例の裁判である。2時間後の判決までの間、休憩時間となった。


 「判決を言い渡す、判決、ジョージ大尉。正式名ムスファ・イーキニヒル・ジョージフランクホマレを『S級極刑』、永年禁固に処す」

傍聴席がどよめいた。S級極刑はMM378の第1政府における最も厳しい刑である。MM378に死刑は無い。しかしS級極刑は死刑以上に辛い刑かもしれない。S級極刑は『クサイメシュー』という施設に収監され、窓の無い狭い部屋で寿命が尽きるまで過ごさねばならない。食事は出るが最低品質のエナーシュで味はMM星人でも不味と感じる味である。窓の無い個室は何もなく、外界との接触は一切ない。天井に小さな照明器具がはめ込まれており、部屋の中は常に薄暗い。壁はテレパシーが通過できない特殊な素材でできており、施設内にはテレパシーを妨害するジャミング装置が設置されている。エナーシュも自動的に供給され、他の個体とは生涯接触することは無い。隔離された狭い部屋の中で寿命がくるまで過ごすだけである。この刑に処せられた個体は平均寿命の800年を生きることなく、収監されてからほぼ50年で死を迎えるものが殆どだ。感情の希薄なMM星人でも耐えられない環境なのである。


 裁判長の判決の続きを述べた。

「ジョージ大尉は独断でまだ研究開発中であったガンビロンを使用し我が軍の個体を多数死亡させ、植物状態にした。また脳波増大装置の調整を誤り、その結果、中立地区の民間人にも多くの被害を与えた。自らが指揮する中隊にのみ試作シールド装置を支給したことも看過できない。この事実はS級極刑に値すると審議により決定した。最後に私から一言。ジョージ大尉は10万個体に1個体というムスファのロールネームを授与され、これまで300年間わが政府および軍に多大なる貢献をした。そのことは政府を代表して敬意を表したい。君の経歴を見たが軍人として素晴らしい功績だ。他に類を見ないほどの活躍だ。本当にありがとう。だが今回の独断的行動は許しがたい行為だ。なぜそのような行動をとったのか私には理解できない。判決に従って生涯をまっとうしてほしい。以上だ。これにて本軍法会議を閉廷とする」


 ジョージ大尉は判決に納得がいかなかった。MM星人のジョージ大尉は、怒りや悲しみの感情は湧かない。しかし合理的、理性的に考えても納得できない。ジョージ大尉は命令に従っただけなのだ。極秘命令に従いガンビロンを使用した。軍令本部や師団本部からの重要指令だと聞かされていた。試作シールド装置についても支給されたものだった。マークマックスの調整も完璧だった。もし誤った設定をすれば作動しないはずだった。ジョージ大尉は訓練した脳波攻撃のエネルギーを脳波増幅装置に供給しただけだった。


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