第6話 Chapter6 「パパ活エイリアン」
七海は買いものをするようになった。洋服や小物、化粧品なんかを一人で出かけて買ってくる。ファッション雑誌なんかも買っている。最近では新宿や渋谷にも行っているようだ。そのせいか男に声を掛けられることも増えたと言う。地球人になりきろうとしているのか、まるで本当の人間の若い女の子のようだ。
七海はペユングソース焼きそばを食べていた。5つ目だ。七海は食欲が旺盛になってきた。栄養補給に20日に一食で良かったはずだが、最近は人間と同じように一日3食食べるようになった。余分に食べた物は分子レベルに分解され、皮膚から気体として排出されるのでいくらでも食べられるのである。味わう事を覚えた七海の食欲は凄まじい。
「ペユング好きだな。俺も好きだけど、さすがに食べ過ぎじゃないのか?」
「大丈夫なの。美味しいの。お湯を注ぐだけでこんなに美味しいなんて不思議なの。青ノリのふりかけとスパイスが堪らないの。ペユングと陣兵衛のきつねうどんは最高なの」
「栄養補給の為に20日に一度エナーシュを食べればよかったんだよな?」
「うん、でも地球に来て変わったの。食べることは楽しいの。MM378では味わうこと知らなかったの。もったいないの。MM星人は損してるの」
「よかったな。人間は栄養補給よりも食べる楽しさを重視してるんだ」
「タケルがペユングを教えてくれたの。美味しそうに食べてたの。MM星人は塩とかのしょっぱい味を知らないから最初は苦労したの。でも頑張って慣れたら美味しいの」
「俺は週に1回はペユングを食べないと気が済まないんだよ。他のソース焼きそばじゃダメなんだ。男はなぜかカップ焼きそばの事になると拘りが強いんだ。高校生の時、昼休みにクラスの男子でペユングかUEOかの議論になったんだ。みんなヒートアップして凄かった。掴み合いの喧嘩になりそうになったよ。もちろん俺はペユング派だ。仲の悪かったやつが実はペユング派で少しそいつの事を見直したよ。仲の良かったやつがUEO派でがっかりしたなあ」
「うん、わかるの。他のも食べたけど、ペユングが一番美味しいの。私もペユング派なの」
私は心の底から嬉しかった。七海との絆が深まった気がした。ペユング派は理屈を超えた同志なのだ。もし私が教師で、同じ位の成績のペユング派とUEO派の生徒がいたら、ペユング派の生徒を評価してしまうだろう。七海は6つ目のペユングにお湯を注いでいる。
「七海、いろいろ買い物してるみたいだけど、金はどうしてるんだ? この前渡した3万円はもうないだろ? 電車乗るのも苦手だったよな、乗り換えとか大丈夫なのか?」
「電車は大丈夫なの。早歩きすれば渋谷まで30分かからないし」
30分? どんな早歩きだよ! 私はノートパソコンで小石川5丁目から渋谷駅までの道のりを調べた。8.2Km。30分で行くには時速16Km以上で移動しなければならない。駅伝選手かよ! MM星人凄すぎる。
「七海、金が必要なら言ってくれ、申し訳ないけど上限は月3万円だ」
「自分で稼ぐから大丈夫なの」
「自分で稼ぐって、どうやって稼ぐんだ? アルバイトでもするのか? まだ世間のルールとか分からないだろ、無理しなくていいぞ。宇宙人だって事がバレたら大変だ。世の中の事がもっとわかってからでいい」
私は不安だった。七海はこの国の、いや、人間社会のルールがまだわかってない。トラブルに巻き込まれないか心配なのだ。国籍も戸籍も無い七海は、社会では許されない存在だ。
七海は突然立ち上がり、おもむろにカバンを開けた。カバンは池袋西武で買った白い肩掛けカバンだ。
「もう少し貯まってから話そうと思ってたけど」
七海はカバンの中から一万円札を床の上にばらまいた、結構な枚数だ。
「えっ、何だこれ」
私は唖然とした。
「300万円位かな、タケルにあげるよ。いろいろ世話になってるし、池袋で買い物したときのお金も払ってないの」
「あげるよって、この金どうしたんだ!」
私はかなり強い口調で問い詰めた。
いやな予感がした。強盗か? 以前そんな話をしたことがある。MM星人の身体能力は凄まじい。おそらく七海一人で機動隊1個小隊くらいの戦闘力がある。悪い事に使えばとんでもないことになる。反社会的勢力に入れば敵対する組織の事務所やアジトを幾つも潰すことができるだろう。ヒグマに素手で勝てる、それだけで人間社会では反則級の強さだ。
「男の人達からもらったの」
七海は平然と答える。
「男の人達? おい、もっと詳しく教えろ!」
私は七海を怒鳴りつけていた。
「そんなに怒らないでよ。パパ活っていうのかな、はじめは買い物してたら男の人に声かけられて、一緒に食事をしたらお金をくれるって言われたの。そしてホテルに行けば3万円くれるって言われたの。本当は工事現場とかで働いてお金を稼ごうと思ってたんだけど、こっちの方が効率がいいの」
「おい、それは売春だ!」
私はさらに大きな声で怒鳴ってしまった。頭がクラクラする。最悪だ。
「なんかイヤだったから断ったら10万円でもいいって言われて」
そりゃパパ活をするよう男だ、七海の容姿なら幾らでも払うだろう。
「それでホテルに行ったのか!」
さらに問い詰めた。
「うん、でも何もしてないよ、相手が何を求めているかなんとなくわかったから、眠らせたの」
「眠らせた?」
意味がわからない。
「脳波を使った技でポングって言うんだけど、MM星人は戦争で使うの」
前に聞いたことがある、MM星人の戦争は脳波を使うのだ。
「おい、相手は大丈夫だったのか?」
なぜか相手の男の事を心配してしまった。戦争で使う手段だ、危険な感じがした。
「出力を弱めにしたから大丈夫。2時間くらいの記憶を消すこともできるから、恨まれることもないし、お金は眠らせる前にもらったの。ホームレスの時にも危ない時に何度かポングを使ったの。出力を上げれば脳を破壊して、殺してしまうけど」
話を整理した。七海はパパ活目当ての男とホテル入り、10万円をもらい、その男をポングというテレパシーのようなもので眠らせた。ポングは出力を上げれば相手の脳を破壊して、死に至らしめる。MM星人の戦争を想像して背筋が寒くなった。銃で撃ちあう人類の戦争の方が遥かに人道的に思えた。
「300万円はその方法で稼いだのか? 誰も殺してないよな?」
やはり七海を外出させるべきではなかった。
「新宿の公園にいけば声を掛けられるの。金額を交渉して5万円以上だったらホテルに行ったの。そしてポングを使ったの。六本木で20万円もらったこともあるの」
「七海、それは犯罪だ・・・・・・」
言葉とともにため息が出た。
「でもむこうも犯罪だよね? 買春罪。インターネットで調べたの」
私は何も言えなくなってしまっていた。地球に流れ着いた宇宙人がアイドル女優に変身して売春詐欺で金を稼ぐ。エイリアンがパパ活? 変身させたのは私だが・・・・・・。何かがおかしい、七海も地球の男達も。
「七海、もうやめるんだ、金は稼がなくいい。そんなことをしているといつか大変なことになる。相手を殺してしまうかもしれない」
「一度、部屋に入るといきなりナイフを出した人がいたの。あれは脅しじゃなかった、本気で殺そうとしていたの。そういう趣味の人だったと思う、少し心が見えたから。だから少し強めのポングを使ったの。多分あの人、障害が残ったと思う」
「その金は七海のものだ。手段はどうであれ、七海が稼いだ金だ。俺は受け取れない」
七海は悲しそうな顔をして私を見ている。その後、私と七海は一言も話さなかった。
MM星人に性別は無い。MM星人の平均寿命は800歳。700歳位になると自然に妊娠して2~3体の子孫を生む。産まれた子供は100歳まで施設で育てられ、親と子供が会うこと無いという。MM星人には性とういう概念がないので人間の恋愛や、生殖に関して知識はあるものの実感は伴わないようだ。パパ活についても本質は理解していないであろう。、
クリーニング屋で店のマスターから驚くべき話を聞いた。スーツをクリーニングに出しにいった時のことだ。
「水元さん、この辺に凄い美人が住んでるって噂聞いた?」
「美人ですか?」
「そうなんだよ、美人で可愛くて、芸能人みたいなんだってさ。私はまだ見たことないんだけど、ほら、あそこのスーパーの店長、横川さんは2回見たんだって」
間違いない、七海だ。スーパー横川には『アサハおいすい水:天然水』が売っている。七海の大好物だ。七海は時々買いに行っている。そして嬉しそうな顔をして帰ってくる。本当に水が好きなのだ。
「それにマルカワの店長さんも言ってた。凄く可愛い娘がノートやメモ帳を時々買いにくるんだって。芸能人の美島七海そっくりなんだって、愛想もすごくいいんだって、もう丸川さん、鼻の下伸ばしちゃってさ」
それも七海だ。マルカワは駅前の文房具屋だ。七海は日本語の練習にノートを使ってる。もう5冊以上になる。メモ帳も頻繁に使う。最近の七海は以前と違って笑顔が多くなった。愛想もいい。
「そうなんですか、この街にそんな綺麗な人がいるんですか」
私はとぼけるしかなかった。
「そうなんだよ、美島七海でしょ、あの娘カワイイもんね。私も見てみたいよ。どれくらい似てるのかね、なんか楽しみだよ」
似てるどころではない。私と暮らす七海の容姿は美島七海の完全コピーなのだ。
「見られたらいいですね」
私はつとめて冷静に言った。
「あっごめんね、変な話しちゃって、いつもありがとね」
そう言ってマスターはスーツの預り票を渡してきた。
少しまずいことになったかもしれない。七海のことがこの町で噂になっている。美島七海にそっくりの女性が私と暮らしていることが知られれば、この町に住みにくくなる。何か対策を考えなければならない。いまさらながらに美島七海の凄さに驚かされる。美人やカワイイ女性なら沢山いる。しかし美島七海は別格なのだ。そのへんの美人とはシャーマン戦車とキングタイガーくらいの差がある。いや、シャーマン戦車とM1エイブラムスくらいの差かもしれない。とにかく次元が違うのだ。
16歳でオーディションデビューして以来、テレビドラマや映画などに数多く出演して沢山の賞をもらっている。CMの本数も常にトップだ。写真集を出せば50万部は確実に売れる。スタイルも素晴らしいのだ。可愛さと美貌で一気に国民的スターとなった美島七海。1000年に一人のアイドルとも言われている。もう少しマイナーなアイドルに変身してもらうべきだったか。しかし今となってはもう遅い。
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