第4話 Chapter4 「ファーストデート」

日曜日の朝、私は駅前のモクドナルドで買ってきたモーニングセットを食べている。七海は『アサハおいすい水:天然水』をチビチビ飲んでいる。テレビのニュースではウクライナ情勢が流れている。いつもより少し遅い朝食だったが最近では当たり前となった朝食の光景だ。七海は無表情で不愛想だが、やはり美しい。食事を済ませ、掃除と洗濯を終わらせると午後になっていた。


 私と七海は丸の内線を使って池袋に出た。西武デパートに入り、婦人服売り場のある3階に向かった。

「服は5万円以下に抑えてくれ、俺はそんなに金持ちじゃないんだ」

「わかった、この姿に合う服さえ買えればいいぜ、その方が生きやすい。女として生きていかなきゃならねえからな」

婦人服のフロアをめぐる。七海はある店の前で足を止め中に入った。私も後に続くが女性服の店に入るのは初めてだ。

「なにかお探しですか?」

女性店員が笑顔で近寄って来た。七海はそれには構わず店の中を歩き物色した。ジーンズにトレーナー姿の七海の服装は店の中で少し浮いていたが、その美貌は輝いていた。

「お綺麗な方ですね、彼女さんですか?」

店員の言い方には少しばかり棘があった。地味な服装とはいえ誰がみても美しく可愛く、若い七海。それに引き換え40過ぎの冴えない私。服装も趣味が勝ちすぎている。フランス軍のF2ジャケットの下に、これまたフランス軍の半袖のフィールドシャツ。どちらもネット通販で買った本物である。フランスのミリ服はシルエットが細身で襟が独特でオシャレだ。アメリカ軍のミリ服は形がボックス型で汎用性はあるが野暮ったい。しかし本物のミリ服はミリタリーマニアには堪らないが、興味のない人間から見ればただの作業着にしか見えない。ズボンはカルバンクラインのジーンズで色はダークインディゴ。シルエットは細身なストレート。靴はレア物のアディタスのジャーマントレーナ。帽子はドン・クホーテで買った紺色の作業キャップ。胸ポケットにはPOLICEの濃緑のサングラス。こだわりは感じるがオシャレとは言えない服装である。しかし七海は私の容姿や服装には何も感じていないようだ。


七海はブラウスとジャケットとスカートをそれぞれ2着ずつ手に取った。同じ服の色違いを選んだようだ。店員の勧めで試着することにした。試着室のカーテンが開いたその瞬間、私は声を上げそうになった。美しい!。アイボリーのブラウスに薄いブルーのジャケット、薄いピンク色のタイト気味のスカート。カワイすぎる。出会った頃のグレーのブルゾンに茶色のスラックス姿だった七海とは別人だ。女性用の服を着た七海の破壊力は凄まじい。店員も目を見張る。

「お似合いですよ! 凄く似合ってます、いやー本当に綺麗、女優さんみた~い」

店員は決しておだててる訳ではない。七海は女優並みに美しいのだ。

「そんなに似合ってるのか? いいじゃねえか! 女として生きていくのも悪くねえなあ。じゃあこれをもらうぜ」

おっさんの声が響く。唖然とする店員。

「あ、彼女、風邪引いて声が枯れちゃってるんです」

私は咄嗟にフォローした。七海は試着した服をこのまま着て帰ると言う。全部で6着、会計はカードで済ませた。9万8千円は痛いが私は七海の変身ぶりが嬉しくて仕方ない。

「おい、喋るなよ、それに5万円超えてるぞ、倍近い」

「すまねえ、気を付けるぜ、金は稼いで返すからよ」

声はおっさんだが女性らしい服を着て魅力全開の七海を私はあまり怒れない。その後、靴屋でパンプスを買った。それも履いて帰ることにした。カバンは服装に合う少し大きめの淡い白の革の肩掛けカバンを買った。服と靴とカバンで15万円近い買い物となった。どの店に入っても注目を集める七海。私は気分がいい。これまでこんな風に女性に金を使ったことが無い。自分の金で七海がどんどん魅力的になっていく。金の有効的な使い方を初めて知ったような気がした。

 

 腕時計を買いにべックカメラに入り、エスカレーターで8階の時計売り場に向かった。女性用の時計を見てまわる。ブランド物の時計は避けた。さすがに懐が痛い。

「なんで腕時計が欲しいんだ?」

「地球とMM378では時間の単位が違う、まだ地球の時間に慣れてねえんだ」

「あのーどんな時計をお探しですか?」

若い男の店員が声をかけてきた。

「女性物のクオーツです。この娘が着けるんです」

私は七海に喋らすまいと店員に答えた。私たちはどう見えているのか、ここでも気になった。40代の冴えない中年男と誰もが目を奪われる七海。中年のIT長者と若い愛人か。いや、申し訳ないがIT長者はべックカメラには来ない。おそらく銀座のブランド店で愛人に時計を買うであろう。七海が私の左腕を指さして呟いた。

「その時計と同じのが欲しいんだよな」

私は自分の左腕を見た。『Hamilton』のカーキフィールド:ブロンズ。手巻き式のミリタリーウォッチだ。

「見やすいし、文字盤のデザインと枠の色がいいぜ、気になってたんだ」

七海がデザインや色の好みを語ったのは意外だった。

「これはミリタリーウォッチだ。確かに視認性はいいけど、女性には似合わないよ。手巻き式だから巻かなきゃならない。まあ、一回巻き上げれば80時間は動くが、それでも面倒だ」

そうは言ったが毎朝、駅のホームで巻き上げるのがその日が始まるルーティンとなっている。自分にエネルギーを送り込むような気分になる。ブロンズ色のベゼルと黒い文字盤の渋い見た目も気に入っている。ベゼルのブロンズ色は使い込むほど色が変化する経年劣化を楽しむモデルだ。買った当初は新品の10円玉のような色だったが、今は馴染んでいい感じのブロンズ色だ。

「クオーツの女性用ですとこのあたりがお勧めです」

割り込んできた店員は七海を熱っぽく凝視している。もう驚かない。七海の美貌はどこにいても変わらない。隠すこともできない。

「これを下さい」

私は小さめで文字盤が薄いピンク色のクオーツ時計を買うことにした。値段も安い。

「この娘、美島七海に似てるでしょ?」

私は会計の時、いたずら心で店員に話しかけた。

「は、はいっ、来た時からそう思って見てました。そっくりですよね、私ファンなんです!」

店員のテンションが上がった。美島七海のファンはどこにでもいる。

「彼女が芸能人に似てるといろいろ苦労するんですよ、年の差カップルだし。美島七海ってそんなにいいですかねえ? 似すぎてるのも迷惑なんですけどね、なんかこっちまで見られちゃって、あっはっは」

「羨ましいです・・・・・・」

店員のテンションが下がった。今までモテなかった分を少し取り返した気分だった。七海は早速腕に時計を着けた。


 メモ帳やボールペンなどの雑貨を買う為に明治通りを渡ってドン・クホーテに入った。七海が店の一階から最上階までじっくりと見て回ったため2時間もかかった。ドン・クホーテの店内は若者が多く七海に興味を持つ者もいた。「ねえ、あの人美島七海じゃない」「まさかぁ、こんなところに来ないよ、でも似てるね」、「やばい、あれ美島七海じゃね、やばい」、「おい、聞いてみろよ、本物かもしれないぞ」。七海は多くの声や視線を気にすることなく商品を手に取り眺めた。店員達も何かと七海に声を掛けていた。

「ドン・クホーテ、気に入ったみたいだな?」

「ああ、色々あって驚いたぜ。地球は物が豊富だな。だけどあんなに物が必要なのかよ? 資源のムダにも思えるぜ。同じ物でも色やデザインがいろいろあった。でもまた来たいぜ。それに女は得だな、店員が親切にしてくれるぜ。ホームレスの時はどこへ行っても嫌がられたのによ。変身してよかったぜ」

小汚いハゲたホームレスのおっさんと国民的アイドル女優では周りの態度が違って当然だ。七海はその辺のところがわかってないようだ。

 

 池袋駅に向かい帰ろうとしたとき七海が私の手を引っ張った。

「この近くに水族館があるんだろ? インターネットで調べたんだ。行きたいんだよ!」

強い口調の七海。

「いいけど、水族館か、久しぶりだな」

私は承諾したが七海が水族館に行きたいとは意外だった。

私たちはサンシャイン水族館に行くことにした。私は嬉しくてたまらない。一対一のデート、それも国民的アイドル女優級の美女と。今日は七海の服装もばっちりだ。

七海は終始無表情だったが時間をかけて水族館の中を見て回った。水槽の前から15分以上動かないこともあった。

「地球では水の中でこんな生物が生活しているのか、いろんな種類がいるんだな。不思議だな、まったく興味深いぜ。帰りに図鑑を買ってくれ、頼む! 代金は働いて返すからよ」

七海は神妙な顔をしているが好奇心の強さは子供のようだ。

「MM378には水生生物はいないのか? 植物とか、動物は?」

「水生生物は見たことがねえな。植物も殆ど生えてねえよ。雨が降らないんだ、地球のような森やジャングルは存在しねえ。岩だらけの惑星だ。動物はいるがとても狂暴だ。地球のダチョウみたいな恰好をした生き物がいる。ギャンゴ、MM378の捕食者だ。大きさは12メートルもある。重さは30トン以上だ。恐ろしく強いやつだ。俺たちを捕食するんだ。頭だけ食いやがる」

「怖いな。そんなのがそこいら中にいるのか? MM星人でも勝てないのか? MM星人の身体能力は人間から見ればスーパーマンだ」

私は率直な疑問を口にした。

「ギャンゴは郊外に住んでる。都市部にはいねえな。都市部に現れると大騒ぎになるぜ。前に近くの村がギャンゴに襲われて3時間で壊滅した。80個体のMM星人がみんな喰われた。ギャンゴの戦闘力は恐ろしい。とにかく皮膚が硬てえんだ。動きも速くて力も強い。俺たちの身体能力を遥かに越えてやがる。武器を持たない俺達には勝ち目はねえよ。脳波攻撃も通用しねえ。犬や猫みたいな動物もいるが、そいつらは無害だな」

「ロケットランチャーや対物ライフルみたいなのはないのか? 人間は道具や武器を作って自然界の頂点に立ったんだ。宇宙船を作る技術があるなら作れるだろ?」

「その程度の武器なら簡単に作れるぜ、石ころを飛ばすだけじゃねえか。だがMM星人は自然の摂理を壊さねえんだよ。武器は必要ねえな、ギャンゴは大昔からMM378の捕食者だった。地球のどの生物よりも強いぜ。地球の生物について調べたが、ヒグマや象もギャンゴの前では無力だ。ヒグマなら俺でも勝てるぜ」

私は岩だらけの風景とギャンゴに食べられる自分を想像した。MM378では生きていける気がしない。MM星人の哲学にもついていけそうにない。


 私と七海はサンシャイン60の展望室から夕暮れの東京を眺めた。なぜか七海に東京の街を見せたくなったのだ。

「大きな街だな。いつからあるんだ?」

「400年くらい前にできた街だ。何回か破壊されたが」

「400年前? 俺が生まれた頃だぜ。俺はこの星の時間に換算すると420歳だ」

私は唖然とした。400年前、私の先祖はどこで何をしていたのだろうか。

「興味深い街だな。帰ったらインターネット調べてみるか、凄く興味深いぜ」

「良かったら歴史の講義をしてやるよ」

私は中学と高校の社会の教員免許を持っている。歴史は得意だ。

「おお、ありがたいぜ。ところで俺たちが住んでいるのはどのあたりだ?」

七海は東京の景色をキョロキョロと見ている。その姿がなんともカワイイ。

「あのあたりだな。灰色のドームが見えるだろ、東京ドームだ。あの少し横の緑があるあたりだ」

私は手を伸ばして指さした。七海は正確に位置を知ろうと指さした私の肩に頬を付けてきた。ドキッとした。イチャついているようにしか見えない。それもアイドル級の美女と。

「最初にお前と会った公園が見えるぜ」

MM星人の視力は6・0以上ある。

「ここはいいところだな、礼を言うぜ。また来ような」

七海は水族館と展望フロアを気に入ったようだ。私も嬉しかった。宇宙人をもてなしたのだ。東京の街が茜色の夕暮れに沈んでいく。梅雨明けも近そうだ。

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