第3話 Chapter3 「尋問」

ガラステーブルを挟んで七海は正座している。とことん尋問して事実を明らかにするつもりだ。なにより身の安全を確認したい。部屋に住むことをなし崩し的に受け入れてしまったが冷静に考えると恐ろしい。七海はまったくの赤の他人で人間ですらない。七海はペットボトの水をちびちびと舐めるように飲んでいる。『アサハおいすい水:天然水』、私が毎朝二日酔いの寝起きに飲むことが習慣になっている水だ。七海は冷蔵庫の中にあったペットボトルを目ざとく見つけた。それ以来お気に入りなのだ。今まで飲んだ水の中で一番美味しいと言っている。

 

 私は本題に入った。

「七海、いや、ムスファ、これから質問をする。正直に答えろ。まず、地球に来た目的は何だ?」

「目的なんか無い。戦争でボロボロになったMM378を脱出して宇宙を漂流していたら、たまたまこの星を見つけたんだ。難民みたいな感じだな」

声はおっさんの声だが感情の極めて希薄なMM星人の七海は無表情だ。

「宇宙船で来たって言ってたけど、MM378って何処にあるんだ?」

「大マゼラン星雲だ、一つ隣りの銀河だな」

私はテーブルの上のノートパソコンで『大マゼラン星雲』を検索した。

「おい、大マゼラン星雲は地球から16万光年だぞ! 光速で16万年だ、ありえないだろ」

「俺たちの2世代前の祖先が作った時空超越転移装置を使えば太陽系まで3ヵ月だ。そこから地球までは3日だ」

「ばかにするな! 物質は光の速度を超えることはできないんだよ!」

私は少し怒っていた。

「超えられるよ」

「えっ・・・・・・」

「物質が移動する速度の話じゃない。時空を飛び越えるんだよ。『光速度不変の原理』は間違ってねえけどな、そこに拘ってるようじゃ太陽系からも出れないぜ。お前らの飛ばしたボイジャー1号だって太陽圏は出たみたいだが、太陽系を出るまでにあと3万年かかるんだぜ。時空超越転移装置については俺が作ったわけじゃねえから詳しい原理はよくわからねえな。利用してるだけだ」

ボイジャー1号は知っていたが、太陽圏と太陽系の違いが分からない。

「時空を超えるって、光速の何倍くらいの速さなんだ?」

「速さの問題じゃねえんだ、空間と時間を飛び越えるんだよ。光速は音速の何倍か知ってるか? マッハなら想像しやすだろ」

「1000倍くらいか? マッハ1000は凄い速さだ、一番速い戦闘機でマッハ3だ」

私は感覚で答えただけだった。

「マッハ1000? 遅すぎるぜ。光速はマッハ88万だ。音速の88万倍だよ。マッハ1000じゃ東京からニューヨークまで30秒もかかるぜ。マッハ88万なら0.036秒だ。1光年、つまり光で1年かかる距離は音が届くのに88万年かかるってことだ。大マゼラン星雲まで16万光年。アンドロメダ銀河までは250万光年。『GN-z11銀河』まで134億光年、光の速さで134億年かかるんだよ。宇宙はとてつもなく広い、音速だの光速だのそんなもんで移動できる広さじゃねえんだよ。俺はアンドロメダ銀河に行ったことがあるんだ。時空を超えても片道2年半掛かる。光速じゃ200万年以上も掛かるんだよだ」

アインシュタインの理論を覆す現象が存在するのか? 人類の発見した物理法則は正解じゃないのか? 七海の話はあまりにもスケールが大きすぎて想像が追い付かない。

 

 「地球人の持つ宇宙や物理の知識をインターネットで調べたぜ。地球人の知識もなかなかいい線いってるぜ。暗黒物質や反物質については理論が甘いな。ブラックホールのシンギュラーポイント(特異点定理)についてはまだまだだな。俺たちはワームホールを使ってるわけじゃないぜ、単純に時空を超える方法を見つけただけだ」

私は宇宙や物理には明るくない。尋問の自信が無くなってきた。七海の話を信じるのか? 

しかし目の前にいる七海の存在そのものが光速を超える以上の奇跡なのだ。

「なんで地球に住もうと思ったんだ? 銀河系や太陽系にもいっぱい星はあるだろ」

「ああ、銀河系には太陽みたいな恒星が2000億個ある。惑星はもっと多いかもしれねえな。でもな、地球はMM378に似てるんだよ。びっくりしたぜ。温度や気圧、大気中の物質なんかもな。お前らの知ってる太陽系の他の惑星は住めたもんじゃない。金星は温度が高すぎる、摂氏460℃だ。俺達MM星人は摂氏150℃以上の所には住めない。気圧も92気圧だ、地球なら海底900mの圧力だぞ。土星や木星はガス惑星だ。火星には水が無い。地下にはあるみたいだがな。MM378も水が極めて少ない。しかしこの地球は水が豊富だ。知的生命体も存在する。お前らだ。ここしかないと思ったよ。まあでも、一つの銀河に2000億個の恒星があるだろ、銀河は宇宙に2兆個もあるんだぜ、同じような星があったり生命体がいても不思議じゃねえよな。それにしてもこんなに近くにあるなんてなあ、隣の銀河だ」

まさに天文学的数字だ。宇宙の恒星の数は2000億×2兆。単位は『京』か『垓』か? 気が遠くなるよう数字だ。


 「これからどうするつもりなんだ?」

私は疲れたので質問の方向を少し変えた。

「この星で生きていくことはそんなに難しくない。特にこの日本ではな。まず捕食者がいない。食べ物も俺たちMM星人に合っている。むしろ地球人の食への情熱には驚いたぜ。俺たちMM星人はほぼエナ―シュを食べ続けている。栄養補給の為だ。調理するとか味わうという考えは無い。しかし地球人はいろんな食べ物を生み出している。味も探求している。この星に来て味覚が急激に発達したよ、覚醒したと言ってもいいくらいだぜ。今までの味覚は何だったんだ。地球人に変身したせいもあるが、MM星人の舌にもこんな可能性があったんだな」

「よかったじゃないか、人間は食べることも楽しみの一つだ。喜びやモチベーションに繋がっている。餃子と焼きそば、美味かっただろ?」

「ああ、美味かったぜ、もうエナーシュなんて食えないぜ。もっと美味い物もあるんだろ? 今まではホームレスのような生活だったがそれでも食べ物の種類の豊富さや味には驚いた。栄養も問題ない。それにMM星人の身体能力は地球人より遥かに高い。いざとなれば食料は奪えばいい。金を使うシステムも興味深いな。金があればたいていの物は手に入る。金が全てといってもいいシステムだな。強盗で金を奪えばずっと生きていける。地球人に負けることは無い。この星の格闘技のチャンピオンでも10秒で倒せるだろう。身体能力は地球人の20倍位あるからな」

「なんでホームレスなんかやってたんだ? 強盗でもなんでもすればよかったじゃないか」

「MM星人は暴力を好まない。禁忌事項になっている。法律があるわけじゃないが、本能的に、遺伝子的に暴力を避けている。いざとなった時は使うけどな」

「でも戦争でMM378に住めなくなったんだろ? 戦争も暴力じゃないか」

「地球人の戦争とは違う。銃で撃ちあったりしない。爆弾やミサイルも使わない。脳波で戦う」

「脳波で? それで戦えるのか?」

「戦う。そして大勢死ぬ」

七海は淡々と語る。 私は黙ってしまった。MM星人も死ぬのだと当たり前のことを不思議に思った。彼らも生命体であることには変わりない。

 

 「お前はミリタリーマニアというやつだな? 本やDVDがいっぱいあったぜ。インターネットのお気に入りもミリタリー関係が一番多かった。特に第二次世界大戦の飛行機が好きみたいだな。変わってるな。戦争に行ったことは無いんだろ? あんなものこの宇宙から無くなればいい」

「MM378にも軍隊みたいな組織はある。ただ国とういう概念はないから国同士が争うことはない。志の異なる者達が戦う。MM378の未来を創造するためだ。お前が好きな兵器みたいなものはねえな。補助的機器はあるけどよ」

「兵器が無いなんて想像できないな」

兵器こそ戦争を戦争たるものにする重要なアイテムだ。戦闘機や戦車、軍艦。何よりも銃や大砲がなくては近代的な戦争にならない。

「地球人はくだらないことで戦争をしているな。領土や資源、民族や宗教、権力の誇示。まったくくだらないぜ、資源なんて分け合えばいいだよ。戦争は何も生み出さない、失うだけだ」

「俺に助けを求めたのは何でだ?」

私はまた質問を変えた。

「暮らしを変えたかったからだ。俺には住む所が無い。知り合いもいねえ。凄く生きにくいんだ。この星に住む以上少しは社会的で文化的な生活をしたくてよ」

「ずいぶん勝手な理屈だな、俺は迷惑だ」

「お前に助けを求めたのはたまたまだ。俺のいたホームレスのグループが他のグループの襲撃を受けて解散にしちまった。あの日は寝ぐらを探してあの公園にいたんだ。お前が人が良さそうに見えたから声を掛けたんだ。迷惑なのは分かっている。だから対価として『美島七海』に変身したんじゃねえか。好きなんだろ? この顔が。部屋に『美島七海』の写真集が3冊もあったぜ。それにお前の言いつけを守って外出もしてないぜ」

私は少し恥ずかしくなった。美島七海のファンであることは誰にも言っていない。

「まあ、出て行けっていうなら出ていくけどよ、もとのおっさんに戻るだけだ。一度変身した体にはすぐ戻れるんだ」

私は美島七海と暮ら始めた。正確には美島七海に変身したMM星人のムスファ・イーキニヒル・ジョージフランクホマレだが、七海は特に私に危害を加えるわけではない。家でパソコンをいじり、テレビを観ているだけだ。食費などの費用もかからない。七海は表情に乏しいがやはり美島七海である。可愛いすぎる。美しすぎる。声としゃべり方は気に入らにが、失いたくない。

「まて、もう少し居ていいよ。いや、居てくれ、頼む。これからの事はゆっくり考えよう」

「助かるぜ、迷惑はかけないようにするからよ、金も稼ごうと思ってる。金はあった方がいいだろ?」

「稼ぐってどうやって?」

「外出を許可してくれよ、住むところも、知り合いもできた。ホームレスじゃ稼ぎたくても稼げねえんだよ。住所が無いのがまずいんだ、やっと住所を手に入れた、使わせてもらうぜ。この身体能力を使わない手はないぜ。工事現場や倉庫で働けば地球人の10人分位の働きができるぜ。それと欲しい物がある。金は稼いだら払うから買ってほしいんだ」

いくら身体能力が高くても、美島七海の姿で工事現場で肉体労働をするのはあまりにも不自然だ。きっと話題になる、それは避けたい。取りあえず欲しい物は買ってやろう。

七海はジーンズのポケットからメモ用紙を取り出すと私に差し出した。手に取ると日本語で欲しいものが書いてあった。漢字も交じっている。MM星人の学習能力の高さにあらためて驚かされた。

七海の欲しいものは以下の通りだ。

・女性らしい洋服

・カバン

・靴

・スマートフォン

・腕時計

・ハンカチやメモ帳やボールペンなどの雑貨

「分かった、買ってやる。明日池袋に行こう、ここから近い繁華街だ。でもスマートフォンはだめだ。手続きが面倒なんだ、そのうち俺の名義で買ったのを使わせてやるから今は我慢しろ」

「そいつは有難いぜ。池袋か。大きな街みたいだな。楽しみだぜ。インターネットで調べてみるぜ」


 私と七海は明日、池袋に買い物に行くことにした。尋問は終わった。私に危害を加えることはなさそうだ。SF映画にありがちな地球侵略もない。MM星人は思ったより平和的だ。


 他にも聞き出せたことがいくつかあった。

MM378は地球の5倍ほどの大きさで太陽のような恒星が3つ昇る。月のような衛星は7個あるということだ。地表温度は摂氏-60℃~128℃。一日の寒暖差は200℃近い。山は殆どなく瓦礫と岩場が延々と続くが、一か所だけ稜線が2000Km、最高峰が1万5千mに及ぶ山脈がある。水は少なく、大きな湖が数か所ある。MM378には約20億のMM星人が住んでいる。国家という枠組みははないが、40近い数の政府が存在する。科学については地球より発達しているが、娯楽や芸術、文化については地球の方が遥かに豊かだという。MM星人はそれぞれが役割を持っており、それが仕事のようになっている。一番驚いたのがMM星人には性別が無く、寿命の100年くらい前になると子孫を2~3体産み落とす。家族という概念はなく子育てもしない。MM星人は肌の色は青い。横長の長方形の目が一つ。鼻は低く穴は一つしかない。唇は無く口は切り込みのような形だという。体は人間と同じように手が2本、足が2本、指は8本ずつ。肘と膝は手と足が反対側にも160度曲がる構造になっている。骨はチタン合金に近い強度で筋肉はカーボンファイバーのような繊維構造になっている。身体能力はかなり高い。握力は500Kg以上。ベンチプレスは2,000Kg以上。ジャンプ力は8m以上。全力疾走時の速度は時速80Kmを超えるという。オリンピックに出場すれば多くの種目で金メダルを取れるであろう。


 しかし宇宙人との買い物なんて生まれて初めての経験だ。経験した地球人はまずいないだろう。不安だが、これは、これからの七海との生活の序章に過ぎない。私はこれからも宇宙人の七海との生活を続けるのだ。七海の容姿はとてつもなく美しくてカワイイ。明日はデートだと思うことにした。モテた事の無い私が国民的アイドル女優とデートをするのだ。そう考えると嬉しいが、なんとも不思議な気分だ。七海は真剣な顔でノートパソコンを操作している。

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