第2話 Chapter2 「町中華」
部屋に入ると、部屋の真ん中で美島七海が、正確には国民的アイドル女優美島七海の容姿をしたMM星人のムスファ・イーキニヒル・ジョージフランクホマレが胡坐をかいていた。服装は灰色のブルゾンと茶色のスラックスだが、スラックスは短く『つんつるてん』だ。脛が見えている。変身でスタイルが変わったせいだろう。玄関に脱いである靴は安っぽい黒の革靴だ。
「待ってたぜ、暇だったよ」
やはり昨夜の出来事は本当だった。夢なんかじゃなかった。現実を受け入れるしかないようだ。
「あのさ、食事どうする? 宇宙人でも飯は食べるだろ?」
他に言葉が思いつかなかった。
「何でも食えるぜ、俺たちは1日1食で十分だ。俺たちの星の1日はこの星の20日分に相当するけどよ」
七海はおっさんらしいだみ声で答える。不快な声だ。洋画に出てくるデフォルメされた悪魔の声のようだ。
「あのさあ、その声なんとかならないのか。しゃべり方もおっさんだぞ」
私は我慢できずに言ってしまった。
「あー、すまねえな、そのうち喉も変身させて声を変えるからよ」
「あとその服装だ、アイドルみたいな美人のする恰好じゃないよ。胡坐もやめてくれ、イメージが壊れる」
私は半分やけくそで七海を連れて食事に行くことにした。まだ状況が自分でもよくわかっていない。私と七海は私がよく行く中華屋「龍王軒」に入った。七海は他の客や店員の目を引いた。それもそのはず、見た目はアイドル女優の美島七海にそっくりの美女だが、服装は競馬場帰りのおっさんだ。妙に裾丈の短い茶色のスラックスがユーモラスに見える。しかしその顔は化粧をしていないが控えめ言ってもめちゃくちゃ綺麗でカワイイ。だが服装のセンスがあり得ない! 顔とのギャップがイカれすぎている。連れて来たことを後悔した。
私は餃子と鳥の唐揚げ、五目あんかけ焼きそばと野菜炒めにチャーハン、それに瓶ビールを頼んで七海とシェアすることにした。頼み過ぎたかもしれない。
「美味いな、焼きそばと野菜炒めは初めて食べたぜ。この餃子は今まで食べた中で一番美味いぜ。地球人は美味いもん食ってるな。それに鶏肉がこんなに美味いとは思わなかったぜ、案外ギャンゴも食べたら美味いかもしれねえな。まあ、その前にこっちが喰われちまうけどな」
だみ声が店内に大きく響く。チャーハンを運んできたバイトの中国人留学生の王さんと隣のテーブルのサラリーマン二人組がぎょっとした顔をする。七海はこの店の餃子が口に合ったらしい。私は餃子を追加注文した。この店の野菜メインの餡の餃子は絶品だ。メニューには『龍王餃子』と書いてある。キャベツと白菜、ニラと豚ひき肉のバランスが絶妙で、ニンニクが程よく効いている。五目あんかけ焼きそばも具沢山でオイスターソースと鶏ガラのダシがいい。高火力で炒めた野菜炒めの野菜がシャキシャキだ。これぞ町中華の味だ。
中華チェーン店が台頭する中、町中華は存続の危機に陥ってる。価格競争と後継者不足で町中華は確実に減少し続けている。どの店舗で食べても同じ味で安いチェーン店と当たり外れがある個人経営の町中華。この店は当たりだ。オリジナルのメニューもあるしチェーン店では味わえない満足感があり、定食もボリュームがある。
「おいっ、大きい声で喋るなよ、それに地球人とか言うな! 小声で喋れ」
私は周り見ながら低い声言った。
「わりいな、前に変身したのが公園のベンチで酔っぱらって寝てたオヤジだったんで声はこんなだし、言葉使いも汚ねえんだよ」
七海は小声になった。
「なんでそんなのに変身したんだよ?」
「家もねえし、公園や駅で寝泊まりしてたからあのオヤジの恰好が都合よかったんだ、服もそれに合わせたんだ」
「それにしても水、美味いな」
七海はグラスの水を味わうようにして飲んでいる。ビールは一口飲んだだけだ。
「俺たちの星では水は貴重なんだ、一年に一度飲めれば御の字なんだよ」
「よかったな、水なんて飲み放題だよ」
「凄いよな、公園に住んでる時、水道を見てびっくりしたぜ。こんなに簡単にメッシュ、いや、水を手に入れていいのかってな」
七海は忠告を受け入れたのか小声で話している。物分かりは良さそうだ。MM星人の食事は惑星固有のエナ―シュという砂のような物が主食らしい。必要な栄養素はほぼそれで採れるという。食事は1日に一回程度。1日といっても地球の480時間に相当する。エナ―シュは地中に埋まっており、今は機械で掘り出している。味は仄かに甘酸っぱく、杏子のような香りらしい。水分は殆ど採らず体内に貯めているという。なによりも水はMM378には僅かにしか存在せず貴重なのだ。水のことはメッシュというらしい。排泄行為は行わず、分子レベルで分解された余分なものや老廃物を皮膚から放出している。何にしても排泄行為を行わなくてよいのは、常に腹の調子が悪く、トイレを探すことが多い私には羨ましい。
店のテレビではバラエティ番組をやっていた。ゲスト出演の本物の美島七海が笑顔で喋っていた。司会のお笑い芸人が美島七海の笑顔を褒めちぎる。美島七海の笑顔がテレビ画面の中で輝き、番組は盛り上がっていた。目の前に座る美島七海が画面を見つめながら大きなゲップをした。
「俺はあの女に変身したんだよな? 人気があるんだな。知らなかったぜ。まあ俺にはどの顔もたいして変わらないように見えるけど、お前はこの顔が好きなんだよな」
「ああ、美島七海は大人気だ。日本中の男が夢中だよ、カワイイと思わないのか?」
「何がいいのかさっぱり分からないぜ。まあ、世話になってるから文句は言えねえけどな。体も変身したんだ、部屋に帰ったら見てみるか? 完全に変身できてると思うぜ」
私は七海の発言にドキッとした。ムスファ・イーキニヒル・ジョージフランクホマレは美島七海の顔だけでなく体もコピーしたのだ。
「何言ってるんだ! それには興味ないよ、あくまでも顔だけだ」
本当は凄く興味があった。見たい! しかし、超えてはいけない一線だ。相手は人間ではない、宇宙人なのだ。
「そうなのか? スマートフォンの写真は水着だったぜ。できるだけそっくりになろうと、何枚も見て、せっかく変身したのになぁ」
何故か七海は残念そうだ。
「もうその話はするな! なんか決心が揺らぐ」
私は美島七海の水着のグラビア写真を思い出していた。見たい! 美島七海の一糸まとわぬ姿を見たい! 千載一遇のチャンスだ。でもダメだ、それをやったら自己嫌悪に陥りそうだ。でも見たい・・・・・・。
私の中の悪魔と天使が私に話しかけてきた。
《悪魔:おい、見たいんだろ、見ちまえよ!》
《天使:それはダメです、人として恥ずかしい行為です》
《悪魔:関係ねえよ、部屋に住ませてやってるんだぜ、減るもんじゃねえし、見ちまえよ》
《天使:そんなことをしたらきっと後悔します。七海さんとの関係が気まずいものになります》
《悪魔:七海は平気だよ、何とも思ってないぜ。美島七海の裸だぜ、何度も想像してたじゃねえかよ。他のファンは誰も見たことがないんだぜ。お前だけの特権だよ》
《天使:ダメ、七海さんといい関係になりたいのなら我慢して》
《悪魔:何カッコつけてるんだよ、見るだけじゃなくて、触わっちまえよ!七海はきっと拒まねえよ。住ませて飯も食わせてやってるんだぜ、もっと強気でいけよ!見て触っちまえよ!》
《天使:タケルさん、七海さんはあなたを信頼しています。信頼は愛に変わるかもしれません。七海さんの信頼を裏切らないで!》
どうやら天使が勝ったようだ。私は平静を取り戻した。
「チャーハンも美味いなあ、白米でも美味いのに更にそれを調理しようなんて凄い発想だぜ、本当にこの星の食べ物には驚くぜ。それに水も飲み放題だ」
「ああ、もっと美味しい物はいくらでもある。大人しくしててくれればそのうち食べさせてやるよ」
「本当かよ? そいつは凄えなぁ、お前と友達になって良かったぜ」
顔なじみの店長がテレビに映る美島七海と、私と話すニセの美島七海を交互に見ている。私と七海は急いで店を出た。
家までの帰り道、何人もの通行人が不思議そうに私と七海を見た。それはそうだ。七海の美貌、その美貌に似合わないイカれたファッション。そして七海に釣り合わない冴えない中年男の私。
私が仕事に行っている間、七海は部屋でパソコンを使って情報を収集したり、テレビを観て過ごしている。その姿は大切な作業をしているようだ。あまり会話はしない。私自身が会話する事を恐れているのかもしれない。七海も殆ど話しかけてこない。黙々とパソコンを操作している。外に出ないように厳しく言い聞かせている。とにかく七海の可愛さはやばい。服はAmazomなどネット通販で買ったジーンズやトレーナなど、ユニセックスで地味な服を着せている。しかしそれでもやばい。国民的アイドル女優の容姿は伊達ではない。ノーメイクで地味な服装がかえって七海自身の素朴な魅力を引き出し、グラビアやテレビとは違った魅力を輝かせている。美島七海はスタイルも抜群だ。やばすぎて正体を知っている私ですらドキドキする。しかし、声はおっさんのままだ。夕食はコンビニ弁当などですますことが多い。外食は私一人で行くことしている。七海は20日に一度食事をすれよいので毎日の食事の心配をしなくていいのがありがたい。
今日は会社帰りに龍王軒に一人で行ったのだが、店長が七海のことを聞いてきた。
「ねえ、この前のあのカワイイ娘は誰なの?」
興味津々である。他の店員も聞き耳を立てている。
「ああ、あれですか、従妹ですよ」
私は咄嗟に嘘をついた。プリプリのジャンボ肉シュウマイが口からこぼれそうになる。
「へえ、あんなにカワイイ従妹がいるんだ、若い娘だったよね」
「はい、23歳です」
「いやーほら、テレビに出てる、なんとかナナミって娘にそっくりだよね、本当に可愛かったなあ、また連れて来てよ、サービスするからさぁ、餃子タダにしちゃう」
サービスはありがたいが、店長の顔が妙に熱っぽい。
「アノ、ワタシ、美島七海、ファンデス、中国デモニンキ、スゴクニテタ、ソックリダヨ、ビックリシタ、カワイイ」
バイトの中国人留学生の王さんも顔を赤くして会話に割り込んできた。興奮しているようだ。そりゃあ美島七海に似ていて当然、私が美島七海に変身するようにムスファ・イーキニヒル・ジョージフランクホマレに指示したのだ。それにしても美島七海の美貌は凄い。町中華も七海の色に染めていく。
「あ、はい、でもあんまり会わないんで・・・・・・」
私は曖昧な返事をした。会わないどころか七海は私と暮らしている。しかし冷静に考えると恐ろし状況だ。いくら美島七海にそっくりだとはいえ、得体のしれない人間を部屋に住ませている。いや、人間ではなく宇宙人だ。明日は休日だ、七海とじっくり話しをしよう。いや、話すのではない、尋問だ。七海が地球に来た目的、方法や手段。MM378という惑星の情報など聞きたい事は山ほどある。場合によっては七海を部屋から追い出す必要があるかもしれない。もし争いになったら勝てるのか? 不安だった。
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