私とアイドルエイリアン

南田 惟(なんだ これ)

第1話 Chapter1 「アイドル降臨」

今日も二日酔いでの出社だ。いつもより酷い二日酔いだ。昨夜はなかなか寝つけず、夜中にコンビニに酒を買いに行き、飲み過ぎてしまった。隣にアイドル級の美女が寝ている異常な状況で目が冴えてしまったのだ。明け方、外で鳥が鳴き始めた頃にようやく眠りについた。遅刻するギリギリの時間に起床し、慌てて家を飛び出してきたので髪を整え、髭を剃る時間も無かった。部屋を出る時、もう一つ別に敷いた客用布団に『七海』はまだ寝ていた。息が止まるほどの美しい寝顔だった。『昨夜の出来事』は本当だったのだ。

 午前中はリハビリのようなものだ。幸い会議やミーティングもないので適当に書類でも作成してアルコールが抜けるのを待つことにした。昼食に会社の近くのチェーン店『小峰蕎麦』で温かい月見蕎麦を食べたら二日酔いが消えた。いつものことだった。午後も殆ど自席で過ごし、仕事は定時で終えた。18:00、初夏の夕暮れは明るく、五反田駅から乗り込んだ山手線はいつものように混んでいた。七海のことが気になって仕方がなかったが、昨夜のことが夢だったようにも思える。吊革を掴みながら昨夜七海から得た情報を頭の中で整理する。七海は自分のことを宇宙人のMM星人だと話していた。

・名前は『ムスファ・イーキニヒル・ジョージフランクホマレ』

・住んでいた惑星はMM378

・MM378が戦争でボロボロになったから宇宙船で脱出した

・地球へは偶然流れついて地球に来てから10カ月になる

・脱出には小型宇宙船を使い、宇宙船は現在長野県の山の中に隠してある

・10カ月間はホームレス達に混じって路上生活をしていた

・MM星人は人間と同じように食事をし、睡眠をとる。ただし人間よりはるかに長寿で平均寿命は800年

・MM星人は細胞を操り変身することができる

・MM星人は言語への適用能力が高く、すでに日本語の会話はネイティブレベルである

・MM星人の身体能力は人間の約5倍~20倍でそれは筋肉組織と骨の違いによるものである

・MM星人は感情が極めて希薄で地球人の持つ感情について理解できない部分が多い


 山手線の中で七海(本名:ムスファ・イーキニヒル・ジョージフランクホマレ)の言葉を思い出していた。考えれば考えるほど馬鹿らしくなった。あまりにも荒唐無稽な話である。しかし現実に起こった事実である。酔っていたとはいえ、はっきり覚えている。間違いなく起こった事実だが、その事実をまだ受け入れられないでいる。山手線は降車駅である池袋を通り過ぎて大塚駅に止まった。乗り過ごしたようだ。昨夜の出来事を大塚駅のベンチに座って冷静に思い出した。とにかく家に帰れば事実がはっきりする。夢ならば部屋には誰もいないはずだ。


 私はかなり酔っていたが、飲み足りないのでコンビニで麦焼酎『かのけ』の220mlのミニボトルを1本買った。普段は2本買っている。今日の飲み会はあまり楽しい酒ではなかった。苦楽を共にしたと言っては大げさだが、ウマの合う同僚が退職することになり、その送別会に参加したのだ。その同僚、矢島は親の介護の為にやむなく退職することになった。「ガクちゃん、頑張ってもどうにもならない事もあるよ」そう言って矢島は珍しく疲れた笑顔を見せた。

 私の名前は水元岳(みずもとたける)。小学校時代からあだ名は『ガク』。職業はITエンジニアでIT企業に勤める、文系上がりのSEだ。最近はもっぱらプロジェクトマネジメントを行っている。若いころはプログラミングもしたが、20代後半からは顧客折衝や要件調整をメインに行ってきた。今の会社は2社目で30歳の時に転職して入社した。資格は『経済産業省:基本情報処理』と『PMP(米国PMI認定プロジェクトマネジメントプロフェッショナル)』を習得している。今の会社はコンサル会社ということになっているが、上流工程のみ行い、システム構築は関連会社や外注にほぼ丸投げしていた。矢島は営業職で30代の頃からいくつかのプロジェクトで協力してきた。システム開発において営業職と技術職は対立するのが常だが、何故か矢島とはウマがあった。それなりに信頼関係があり、連携は上手くいった。矢島は技術者の声を聞き、時には理不尽なユーザーとも戦ってくれた。ユーザーの顔色ばかりを窺い、技術者を消耗品のように考える営業職とは違っていた。私もそんな彼のために随分無理をした。しかしそんな彼も会社を去ることとなった。お互いに40代になっていた。1次会であがってきた。2次会に参加しなくても矢島とは何時でも飲める関係だ。

 コンビニを出た後、少し風に当たりたくて『教育の森公園』にやって来た。自宅まで3分の距離だ。公園のベンチに座り矢島との思い出を手繰っていた。夜の公園は静かだがこの公園を近道としているサラリーマンやOLが公園の中の遊歩道を足早に歩いて行く。その靴音が初夏の夜の底に響く。この町に住んで22年、文京区小石川5丁目。都心にあっては静かな町で緑が多い。初夏の風が酔った体に心地よい。

「おい、あんた、何やってるだ」

私は大きな声で我に返った。声の主は小汚いおっさんだった。禿げたバーコード頭に小太りの体形、灰色のブルゾンに茶色のスラックスを身に着けている。

「風に当たってるだけなんですけど」

私は答えたが正直相手をするのが面倒臭かった。

「あんたに話したいことがある、聞いてくれるか?」

そう言うなりおっさんは私の隣に座った。

「もうこんな暮らしは終わりにしたい。住むところがないし誰も知り合いがいないんだ、助けると思って、友達になってくれよ」

おっさんが私の目を見つめ、怖いくらい真剣に訴える。

「えっ、いや・・・・・・」

返答に困っている私におっさんは畳みかける。

「ここだけの話だが、俺は宇宙人なんだ。エイリアンだよ、お前ら地球人より遥かに優秀だ。礼は必ずするから助けてくれ」

「優秀なら自分でなんとかしたら・・・・・・」

途中で言葉が途切れた。どうやら頭のおかしなおっさんに絡まれたらしい。まあいい、最悪喧嘩になっても勝てそうだ。おっさんの身長は150cm位に見えた。

「俺は変身できるんだ。一目見たものに姿を変えることができる、本当だ、試してみるか?」

バカな事を言っているがおっさんの口調は真剣だ。その真剣さが怖い。どう対処したらいいのか、とりあえず話をそらしてこの場を去ろうと思ったが、酔っているせいか少しこのおっさんをからかいたいという悪戯心が芽生えた。

「へえ、凄いですね、じゃあ美島七海に変身してよ、そしたら友達にでも保証人にでもなってやるよ」

私は密かにではあるが、美島七海のファンだった。美島七海は誰もが知る国民的アイドル女優である。私はファンであることは公言したことはないが、デビュー当時からの隠れファンである。写真集やプロモーションDVDも持っている。

「美島七海? どんな姿なんだ、詳しく教えてくれ」

おっさんの顔はさらに真剣になった。私は少し戸惑ったが、スマートフォンに保存している美島七海のグラビア写真をおっさんに見せた。おっさんは画像を見つめた。そしておもむろに私の手からスマホを奪い取ると何枚かある画像を何回も切り替え、眉間に皺を寄せて10分以上見つめていた。

「わかった、この女になればいいんだな、少し待てってくれ」

おっさんは駆け足で公衆トイレに入っていった。

個室に入ったらしく、扉を閉める音がした。今のうちに逃げようかと思った。これ以上関わりたくなかったが、心に沸き立つ好奇心には勝てなかった。それにスマートフォンを渡したままだった。


 公衆トイレの入り口に人影が現れた。公衆トイレの蛍光灯の明かりが逆光になっている。影はこちらに近づいてくる。服装からするとさっきのおっさんに間違いないがスタイルが違うように見えた。あれ、髪の毛が? バーコード頭に髪の毛が・・・・・・ボブヘアになっている! 外灯の光が、近づいてくるおっさんの顔に当たり始める。顔の輪郭が小さい。目が綺麗だ。鼻は少し小さめで整った形。唇は少し厚めだが理想的な形だ・・・・・あ、えっ! ちょっと待て、ええっーー、み、み、美島七海!!!・・・・・・間違いない、そっくりだ! ええっ、おかしいぞ。なんだこれ。なんか怖えよ・・・・・・頭の奥がビリビリする。ゲボハッ! あまりにも興奮して胃の中のものを吐いてしまった。

「どうだ、驚いただろう! 顔だけじゃ無い、体も変身したんだぜ」

美島七海の姿をしたおっさんは得意気だ。私は言葉を失った。

「どうする、友達になってくれるのか? 約束通り変身したぜ」

どこからどう見ても美島七海だ。小太りだったおっさんのスタイルも変わっている。でも声はおっさんだ。しばらくの間、沈黙が続いた。唾がすっぱい。風が吹き、植え込みの葉がカサカサと鳴った。おっさんの髪の毛が風になびいた。綺麗だ・・・・・・。

「おっさん、このままじゃまずい! なんかまずいぞ! とにかく部屋に行こう!」

何がまずいのか自分でも分からなかった。私は咄嗟におっさんの、いや、おっさんが変身した美島七海の手を握って引き寄せた。少し冷たく小さな手は柔らかかった。

「七海、行くぞ!」

夜の公園に私の声が響いた。何かが始まろうとしていた。大きな何かが。


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