第29話 まさか、あの日私は沢城に手を出したのか!?

 玲奈と叶瀬と一緒にお昼を過ごしただけで凄まじく疲れてしまった俺は今すぐ帰りたい気分になっていた。だが今日は七時間目まであるためまだ先は長い。


「次は体育か、ぶっちゃけだるいな」


「なら潤はサボるか?」


「正直そうしたい気分だけど頑張るわ……」


 いつの間にか教室に戻ってきていた彰人から揶揄われながら更衣室へと向かう。こんなにも疲れているタイミングでバレーボールなんて真面目にやる気になれないため適当に手を抜くつもりだ。

 更衣室で体操服に着替えた俺は準備運動をほどほどに済ませてからサーブとパスの練習を始めたわけだがそこで問題が発生する。


「痛っ!?」


 オーバーハンドパスをした瞬間、親指を思いっきり突き指してしまった。普段ならこんなミスはしないためこれも全部玲奈と叶瀬のせいだ。

 あっ、でも合法的に体育の授業をサボれるしある意味ラッキーか。俺は体育教師に事情を説明して体育館を抜け出す。

 保健室でゆっくり休んでから授業が終わる間際に戻る事にしよう。それから少しして体育館に到着した俺だったがそこには先客がいた。


「あれっ、沢城じゃないか。もしかして君も怪我したのか?」


「そうなんですよ、バレーの最中に突き指しちゃって。雨宮先生はどうしたんですか?」


「私は職員室でコーヒーを飲もうとしていたらポットのお湯で手を火傷をしてしまってな」


 そう口にした雨宮先生は少し赤くなった手のひらを俺に見せてくる。なるほど、それで雨宮先生も保健室に来ているのか。


「ところで養護教諭の先生は居ないんですか?」


「ああ、私もちょうど今さっき来たばかりなのだがその時にはもういなかった」


「なるほど、もしかしたら用事で席を外しているのかもですね。待っててもいつ戻ってくるか分からないので勝手に応急処置させて貰いましょう」


 そんな話をしながら俺は棚からテーピングテープを取り出そうとする。だがテーピングテープの入っている場所が意外に高くギリギリ手が届かない。

 するとそれを見ていた雨宮先生が手を伸ばして取ってくれた。百七十六センチある雨宮先生なら余裕だったらしい。

 普段は雨宮先生を羨む事なんて全くと言って良いほどないが平均身長より少し低い俺的に背の高さだけは本当に羨ましかった。


「流石ですね」


「昔から全く役に立ってなかった無駄に高い身長もたまには活かさないと勿体無いからな」


「でも雨宮先生の身長なら運動部から引っ張りだこだったんじゃないです?」


「確かに最初はめちゃくちゃ勧誘はされたが運動音痴な事が分かってからは誰からも声をかけられなくなった」


「……なんかごめんなさい」


「おい、マジトーンで謝るな。過去のトラウマが掘り起こされるから」


 どうやら俺は雨宮先生の悲しい過去に触れてしまったらしい。まあ、相手が雨宮先生だからそんなに罪悪感はないが。


「じゃあパパッと応急処置をしようか。ほらっ、テーピングテープだ」


「ありがとうございます」


 雨宮先生からテーピングテープを受け取った俺は指に巻いていく。水泳部ではゴールタッチをする際などに突き指をした事があったためその辺りの応急処置は問題ない。ひとまず応急処置を終えた俺はソファーに腰掛ける。


「体育館には戻らないのか?」


「ええ、もう少しだけサボ……休憩してから戻ります」


「おい、今サボるって言いかけただろ」


「細かい事は気にしちゃ負けです、そんなんじゃ三十歳過ぎても処女かもしれませんよ」


「沢城は本当に私のメンタルに大ダメージを与えるのが上手いな……」


 貞操逆転した今の世界で処女の価値は大暴落しているためさっきの一言は雨宮先生にとってクリティカルヒットになってしまったようだ。

 ちなみにどこが取ったデータなのかは知らないが貞操逆転してから十代から三十代の女性が処女を卒業した割合は逆転前の半分以下まで余裕で落ち込んでるいるらしい。

 このままでは間違いなく少子化が待ったなしなので各国の政府関係者は頭を悩ませているようで今回の現象が人類を弱体化させようとしている宇宙人の仕業だというとち狂った主張を本気でする学者までいるとか。


「あっ、でも雨宮先生はこの前の日曜日に処女を卒業したのでもうそこでいじられる心配はないか」


「ちょっと待て、それはどういう意味だ!?」


「えっ、そのままの意味ですけど。あんなに激しく求めてきたのに忘れちゃったんですか?」


 俺は揶揄うためにわざとらしくそう口にしたわけだが、どうやら雨宮先生は本気にしてしまったらしく迫ってくる。


「まさか、あの日私は沢城に手を出したのか!?」


「ち、ちょっと痛いですって」


「私が酔ってから何があったか今すぐに教えてくれ」


 雨宮先生に肩を掴まれ激しく揺さぶられながらそんなやり取りをしていると保健室の扉が開く。そこには体操服姿の玲奈が立っていた。玲奈は驚いたような表情を浮かべた後、まるでゴミを見るような目で雨宮先生を見つめる。


「……へー、こんな真昼間から生徒に手を出そうとするなんて雨宮先生も中々悪いですね」


「なっ、これは違うぞ」


「犯罪者が皆んなそう言い訳する事くらい私でも知ってますよ、この間も潤を家に連れ込んだらしいですし年貢の納め時ですね」


「だから違う」


 保健室の中はとにかくカオスな事になっていた。自分が蒔いた種なため何とかして収集させたいがマジでどうしよう。

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