第16話 ちょっと、その言い方だと私がフラれたみたいじゃないですか

 更衣室に戻って一度服に着替えた俺は売店でラッシュガードを買う。そして水着とラッシュガードに着替えてプールサイドで待っていた叶瀬と合流した。

 ラッシュガードのおかげで今度は先程のような夥しい視線に晒されずに済んだ。まだ視線自体はちらほら向けられているが、それは俺が男だからいつものように下心丸出しの女性から見られているだけなので無視する。


「分かってるとは思いますけどラッシュガードは絶対脱がないでくださいよ、サメ映画に出てくる海辺でパーティーしてる人達くらいには危険ですから」


「ああ、さっきの件でマジ懲りたからもう絶対しない」


 冗談抜きで軽くトラウマになるレベルだったためもう二度とラッシュガード無しでプールに入ろうとは思わない。


「じゃあ気を取り直して遊びに行きましょう」


「そうだな」


 ひとまず俺達はプールサイドでしっかりと準備体操を始める。元水泳部という事もあり準備運動の大切さは身に沁みて知っているため手を抜いたりサボったりするつもりはない。


「そう言えばまだ先輩から水着の感想を聞けてないんですけど」


「うん、似合ってると思うぞ」


 スクール水着姿の叶瀬に見慣れていた事もあって黄色いビキニ姿は結構新鮮で良かった。だが叶瀬的には俺の感想が期待外れだったらしく不満そうな顔になる。


「……全く心がこもってないじゃないですか、先輩は可愛い後輩に対する扱いが本当に雑ですね」


「えー、そうかな?」


「そうですって、そんなんじゃ女の子から嫌われますよ」


 あんまり叶瀬を不機嫌にさせても後が怖いので今度はご機嫌を取る事にする。


「優しい叶瀬ならそれくらいで俺の事を嫌いになんてなったりしないだろ」


「へー、よく分かってるじゃないですか。先輩みたいな人を嫌いにならない女の子なんて世の中には私くらいしかいませんから」


 俺の言葉を聞いて叶瀬は不機嫌そうな顔から一転して得意げな顔になった。うん、叶瀬ってやっぱりめちゃくちゃチョロいな。あまりにもチョロ過ぎて将来がちょっと心配になるレベルだ。

 そんな会話をしているうちに準備体操も終わったため俺達は片足ずつプールへと入っていく。水の中はかなりひんやりしていて気持ちよかった。


「こうして一緒にプールに入っていると何だか中学時代を思い出しません?」


「確かにな、叶瀬とはよく一緒に練習してたし」


「やっぱり先輩もそう思いますよね」


 部活で使用していたプールは競泳用でありここはレジャー用プールのため全然違うはずなのだが、不思議な事に何故かちょっとだけ懐かしい気がした。


「うちの学校にもプールがあったら叶瀬と一緒に水泳を続けてたと思うから少し残念」


「先輩、もしかして今私に遠回しの告白をしませんでした?」


「えっ、今の発言にそんな要素あったか……?」


「やっぱり好きじゃないとそんな発言はしないと思うんですよね、つまり先輩は私を好きって事です」


「いやいや、いくらなんでもそれは流石に強引すぎるだろ」


 あれくらいでそう捉えられるなら俺は出会った時から今日まで数え切れないくらい叶瀬に告白している事になるのだが。


「先輩がそこまで付き合って欲しいって言うなら特別に告白を受け入れてあげますけど」


「有り難く気持ちだけ受け取っておくよ」


「ちょっと、その言い方だと私がフラれたみたいじゃないですか。先輩は私の事が好きなはずでしょ?」


「叶瀬は相変わらず凄まじく自意識過剰だな」


 そんな馬鹿なやり取りをしながら俺達はプールで遊び始める。プールの中は家族連れやカップルなどで賑わっていた。

 東京アクアランドにはウォータースライダーはもちろん、ジャグジーやサウナなどもあるため長時間遊べそうだ。

 ちなみに夏限定の屋外エリアも一応あるがそこはおまけ程度の広さであり屋内プールが広さの八割を占めているらしい。


「てか今気付いたんですけどここってウォータースライダーが二種類あるんですね」


「ああ、長いスライダーと短いスライダーがあるらしいぞ。でも叶瀬は滑れないから関係ないか」


「えっ、どういう事です?」


「ほら、叶瀬って身長低いし」


 最初は言葉の意味が分からないと言いたげな顔をしていた叶瀬だったが追撃の一言でようやく理解したらしい。


「そこまで低くないでしょ、百五十センチあれば普通はウォータースライダーを滑れますって。もしかして私の事を馬鹿にしてます?」


「ごめんごめん、俺の中ではいまだに中学一年生の時の印象が強くてさ」


 その時は確か身長が百四十センチくらいであり、叶瀬の事をよく小さいと思っていた記憶がある。


「先輩は私をまだ子供だと思ってるかもしれませんがここはしっかり大人になってますよ」


「お、おい。いきなり胸を押し当ててくるな、セクハラだぞ」


「先輩が大人扱いしてくれるまで辞めません」


「分かった、叶瀬はもう既に立派な大人だから今すぐ辞めてくれ」


「分かれば良いんです」


 叶瀬は身長の割に胸は大きいためそんなものを押し当てられると下半身的な意味で非常に不味かった。

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