第13話 まさかこんな形で雨宮先生とお別れになるなんて本当に残念です

「……誰も来ないな」


「……ですね」


「……いつになったらここから出れるんだ」


「……それは俺も知りたいです」


 倉庫に閉じ込められてから長い時間が経過した俺達だったが一向に助けが来る気配は無かった。割とマジで用務員さんが巡回に来るまでこのままな気がする。

 最初の頃は雑談していた俺達だったが暑さでバテた事もあってさっきからほぼ無言だ。金曜日の放課後という事で普段ならハイテンションで過ごしているに違いないが、この状況のせいでとてもそんな気分にはなれなかった。


「……私にはまだまだ職員室に戻って今日中にやらなければならない事がまだまだ残っているというのに本当に最悪だ」


「確かに教師って仕事は忙しいですもんね」


「多分沢城が想像してるよりもはるかにブラックだからな」


 授業の準備やら事務処理やらでかなり忙しいと聞くし、重い荷物を運ばさせられた挙句こんなところに閉じ込められた雨宮先生は踏んだり蹴ったりに違いない。

 マジでいつになったら帰れるんだろうと思い始めていると外から足音が聞こえてくる。誰かがこの近くを歩いているらしい。


「おーい、私の声が聞こえるか? 聞こえたら返事をしてくれ」


「あれっ、ひょっとして雨宮先生?」


「そうだ、もしかしてその声は芦田か?」


 どうやら足音の主は玲奈だったようだ。多分部活中だと思うがなぜこんなところにいるのだろう。まあ、俺としてはここから出れさえすれば玲奈がいる理由なんて正直どうでも良いが。


「そうですけど、一体どこから私に話しかけて来てるんですか? 近くに雨宮先生の姿が見えないですけど」


「実は倉庫の中に閉じ込められてるんだよ、どこかの誰かが一切中も確認せずに鍵を閉めたんだ」


「あらら、それは災難でしたね。ところでここの倉庫ってどうやって開けるんです?」


「用務員室にある倉庫のスペアキーで開けられるはずだ、悪いがそこまで行って取ってきてはくれないか?」


「分かりました、すぐに取ってくるので少しだけ待っててください」


 ようやく外に出られる目処が立ったためこれで一安心だ。雨宮先生も嬉しそうな顔をしている。それからしばらくして再び外から足音が聞こえてきた。


「雨宮先生、鍵を取ってきましたよ」


「ありがとう、マジで助かった」


「じゃあ開けますね」


 これでやっとここから外に出られる。そう思いながら立ち上がる俺だったが長い間座りっぱなしだったせいで足がかなりしびれていた。

 それは雨宮先生も同じだったらしい。なんと雨宮先生は立ち上がった瞬間足の痺れが原因でバランスを崩してしまったのだ。雨宮先生はそのまま俺を巻き込んで床に倒れ込む。


「下が柔らかくて助かった……沢城は大丈夫か?」


「大丈夫なんですけどこの体勢は不味いので早くどいて貰えません?」


「この体勢……?」


 俺の言葉を聞いた雨宮先生はようやく状況を理解したらしく一瞬で顔が真っ青になる。雨宮先生は仰向けになっている俺の上に覆い被さるような体勢になっていた。はたから見たら完全に一線を超えているようにしか見えない。


「凄い音しましたけど大丈夫ですか? とりあえず中に入りますね」


「あっ、ちょっと待て!?」


 慌てて制止する雨宮先生だったが完全に手遅れだった。女子バスケ部のユニフォーム姿の玲奈は俺と雨宮先生の姿を見てゆっくりと口を開く。


「……えっと、とりあえず他の先生達を呼んで教育委員会と警察にも通報した方が良い感じ?」


「ま、待て。それは誤解だ」


「どこからどう見ても男子生徒を倉庫に連れ込んで手を出そうとしている二十四歳処女にしか見えませんが」


「確かにそうかもしれないが、でも神に誓って違うんだ。頼むから私を信じてくれ」


「まさかこんな形で雨宮先生とお別れになるなんて本当に残念です。短い間でしたがお世話になりました、塀の向こうでもせいぜい頑張ってください」


 そう口にした玲奈はまるでゴミを見るような視線を雨宮先生に向けている。それは完全に性犯罪者を見つめる目だった。貞操逆転前ならそんな誤解はされなかったため雨宮先生は本当に運がない。


「いじりたくなる気持ちもわかるけど可哀想だからそろそろ辞めてやれ、雨宮先生がダメージを受け過ぎてFXで全財産溶かした人みたいな顔になってるから」


「さっきから何かに似てるなとずっと思ってたらそれじゃん、よく気付いたね」


「まあ、ネット掲示板とかSNSでよく見かける画像だし」


「もう辞めてくれ……」


 とっくの昔にライフがゼロになっていたであろう雨宮先生は弱々しくそう言葉を漏らした。

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