第10話 たまには私にも格好良い大人らしいところを見せさせてくれないか?


 玲奈と叶瀬のショッピングに付き合わされてから数日が経過し、いよいよ週末が近づいて来ていた。赤陵高校は強制参加の土曜日授業があるわけだが明日は無いため休みだ。


「今日を乗り切ったらやっと休みが来る」


「だな、帰宅部の潤とは違って俺は普通に部活あるけど」


「よく土曜日なんかに部活行く気になれるよな、俺は面倒だから絶対行きたくないんだけど」


 俺は休み時間に彰人と席で雑談していた。次の授業は教室移動の必要がないためのんびりしている。


「運動部ってどこもそういうもんだろ、てか潤も中学時代は水泳部だったんだから普通に土曜日も部活あったんじゃないか?」


「いや、うちの中学校の水泳部は土日は練習無しの超絶ホワイトだったから。それに夏の期間しかプールが使えない関係でそれ以外の時期はそもそも放課後に練習とか無かったし」


 だから梅雨明けから八月末の間しかまともに活動せず、それ以外の期間はほぼ帰宅部と変わらなかった。ちなみに叶瀬が水泳部に入ってきたのはそれが目的だったりする。

 夏さえ頑張れば放課後堂々と家に帰れて、なおかつ運動部で内申点も良いため一番コスパが良いなどと平気で言っていた。


「へー、うちの水泳部は土日も普通に練習してたしその辺りは中学校によって違うんだな」


「ああ、ちなみにガチ勢は部活休みの日もスイミングスクールとかに行って練習してたけど俺とか叶瀬みたいなエンジョイ勢は普通に遊んでた」


 そんな話をしながら次の授業の教科書をリュックサックの中から取り出そうとしていると弁当箱が入っていない事に気付く。


「うわっ、やらかした」


「急にどうしたんだ?」


「昼ごはんを家に忘れてきたんだよ」


「どんまい、購買で何か買ってくるしかないな」


「そうだな、面倒だけどそうするわ」


 少しだけ萎えてしまった俺だがその後の授業は真面目に受けた。それから俺は昼休みになってすぐ購買へと向かう。

 早く行かないとかなり混んでしまうためほんの少し駆け足気味だ。しかし着いた時にはもう既にかなり混雑していた。

 まだ四時間目が終わってからそんなに経っていないはずなのに早過ぎだろ。そんな事を思いながら列に並ぼうとしていると目の前に見覚えのある後ろ姿が目に入る。


「あれっ、雨宮先生じゃないですか」


「沢城か、君が購買に来るなんて珍しいな」


「えっ、何で知ってるんですか? あっ、もしかして俺を監視してるストーカーだったりして……」


「縁起でもない事を言うな、ただでさえ男子への接し方には気を付けろと言われてるのにそんな事するわけないだろ」


 俺が雨宮先生を揶揄うと必死になって否定し始めた。まあ、貞操逆転した今のご時世で男子生徒にそんな事をすれば間違いなく社会的に死ぬため雨宮先生がそんな事をするとは思えない。


「今のは流石に冗談ですけど何で知ってるのかは気になります」


「私はしょっちゅう購買で昼食を買ってるからな、今まで沢城の姿は見た事が無かったからそう思っだけさ」


「へー、よく来るんですね」


「ここのカツサンドは本当に美味しいから」


「じゃあ俺もそれにします」


 そんな話をしている間に順番待ちの列はどんどん進みようやく俺達の番になった訳だがここで問題が起きる。何とカツサンドが残り一つになっていたのだ。


「……私は他のを買うから沢城に譲るぞ」


「そんな未練タラタラな顔で言われても困りますよ」


 雨宮先生は俺に譲るなどと言っておきながら諦めきれないと言いたげな表情を浮かべていたため非常に買いづらい。

 それに俺はめちゃくちゃカツサンドが食べたいわけではないので別に他のものでも良かった。それを雨宮先生に説明したわけだが遠慮していると思われてしまいますます俺に譲りたいと言い始めてしまう。


「私は大人だから我慢くらいできる、遠慮せず沢城が買ってくれ」


「だから俺は別にカツサンドにはこだわりがないんですって」


「たまには私にも格好良い大人らしいところを見せさせてくれないか?」


「いやいや、今の雨宮先生は格好良い大人どころか割とマジで最近よく聞くようになったママ活とか頂き男子に貢ごうとしている哀れな人にしか見えませんよ」


 揉める俺達だったが後ろからの早く決めろ圧力に耐えられなくなってひとまず俺が買う事にした。相変わらず残念そうな顔をしてるけどそんなに食べたかったのかよ。


「じゃあ私は職員室に戻るから」


「ちょっと待ってください、せっかくなので半分にしましょう。それなら文句ないですよね」


 このままでは後味が悪いと思った俺はそんな提案をしてみた。すると雨宮先生はあからさまに嬉しそうな表情になる。


「えっ、良いのか?」


「その代わり俺も先生が買った卵サンドを半分貰いますけど」


「沢城がそこまで言うなら仕方ないか」


 雨宮先生はクールぶってそう口にしたが正直微塵も格好良さは無かった。俺よりも身長がほんの少しだけ高い雨宮先生は黙っていればクールなのに本当に残念だ。

 これが世間一般的に言う残念な美人って奴だろう。同じく残念なイケメン枠である彰人と同級生だったら絶対良いコンビになった気がする。

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