第3話 余計なお世話だ、てか童貞ネタで男子を揶揄うとセクハラになるから注意しろよな

「あっ、先輩。こんなところで会うなんて奇遇ですね」


「なんだ、誰かと思ったら叶瀬か」


「私みたいな可愛い後輩に向かってそんなそっけない反応をするのはちょっと酷くありません? もっと嬉しそうにしてくれても良いと思うんですけど」


「だって叶瀬だし」


 職員室を出た瞬間俺を先輩と呼んで話しかけてきたのは叶瀬華菜かなせかなだった。叶瀬は中学時代に所属していた水泳部の後輩だ。

 ちなみにうちの高校にはプールが無い関係で水泳部も存在していないため俺は部活に入っていない。叶瀬に関しても同じく帰宅部のためもう先輩では無いのだが、いまだにそう呼んでくる。


「相変わらず後輩の扱いが酷いですね、そんなんじゃモテませんよ」


「こう見えても一応モテてるから」


「……本当ですか? 先輩がモテてる姿なんてちょっと信じられないんですが」


 俺の言葉を聞いた叶瀬はちょっと不愉快そんな表情でそう声を漏らした。叶瀬にあんまり変な誤解をされて後々面倒な事になっても困るので補足説明を加える。


「ただし、ほとんどがワンチャン狙いの竿モテなんだけど」


「それはモテているとは言いませんよ」


「だから一応を付けたんだよ」


 叶瀬は少しだけ安心したようなホッとしたような表情を浮かべていた。俺がモテていないのがそんなに嬉しいのかよ。


「逆に叶瀬はモテなくなったんじゃないか?」


「そうですね、貞操逆転してからはエッチな目で見られなくなったので。ここ最近は告白すらされてないですし」


「今まで男がどれだけ性欲に支配されてたかよく分かるな」


 もはや男から女に告白する時代は完全に終わりを迎えたと言える。そして現在は男の方が圧倒的に告白されるようになった事は言うまでもない。


「ところで先輩はどうして職員室にいたんですか? もしかして何か悪い事でもしました?」


「いやいや、何で皆んな俺がやらかしたって思うんだよ」


「だって先輩ですし」


 意趣返しなのか叶瀬は先程の俺と同じような反応をしてきた。さっきの事がある手前言い返せそうにない。


「進路希望調査をほぼ白紙で出したら呼び出されたんだよ」


「それは普通に先輩が悪いと思います。進学とか就職の希望は無いんですか?」


「今のところ特に希望は無いんだよな」


 雨宮先生と同じような事を聞いてくるんだなと思いつつ俺はそう答えた。すると叶瀬は少し驚いたような表情になる。


「えー、本当に何も無いんですか? 例えば最難関大学へ行きたいとか水泳のオリンピック選手になりたいとか」


「最難関大学とかオリンピック選手みたいな絶対無理な例えを出してくるなよ」


「えへっ」


 叶瀬はあざとい表情を浮かべながらそう口にした。こういう仕草のせいで勘違いさせられた男子は数知れない。まあ、男の性欲が激減した今の世の中では通用しなくなっているに違いないが。


「何か言うまで帰らせないってオーラを出してたから雨宮先生のところに永久就職したいですって答えたら良いリアクションをしてくれたから面白かった」


「雨宮先生にそんな事言ったんですか!?」


「ああ、あのリアクションは叶瀬にも見せたかった」


「処女の雨宮先生にそんな事を言うと責任取れとか言い出しそうですから辞めた方が良いですよ」


「さらっと酷い事を言うな、てか何で叶瀬は雨宮先生が処女だって知ってるんだよ?」


「一年生女子の間では結構有名な話ですよ、社会科の雨宮先生が良い歳して処女って話は」


 どうやら雨宮先生が処女という情報は学年を飛び越えてそんなところにまで広まっているらしい。ちょっと雨宮先生が可哀想に思えてきた。強く生きて欲しい。


「だから永久就職したいなら私のところにしましょう」


「その発言もかなり問題だと思うけどな、大体叶瀬も処女だろ」


「私はまだぴちぴちの十六歳JKだから許されるんです、そう言ってる先輩も童貞でしょ」


「余計なお世話だ、てか童貞ネタで男子を揶揄うとセクハラになるから注意しろよな」


「本当生きづらい世の中になりましたね」


 童貞ネタで揶揄えなくなっただけで生きづらいとか人生を舐め過ぎだろ。性被害に遭いにくくなったおかげでむしろ今までよりはるかに生きやすい世の中になったという意見すら女性から出ているというのに。


「そう言えばめちゃくちゃ今更だけど叶瀬は職員室に何か用でもあるのか?」


「ああ、週末課題をここ最近ずっと提出してなかったせいで呼び出されたんですよ」


「俺よりよっぽど悪い事してるじゃん」


「絶対怒られるのが分かり切ってるので今から憂鬱なんですよね、もし良かったら私の代わりに怒られてくれません?」


 叶瀬はニヤニヤした表情でそんな事を言い始めた。今から課題の事で怒られるというのに随分余裕な態度だな。


「嫌に決まってるだろ、一人で怒られてこい」


「もう、先輩のけち」


 そう言い残して叶瀬は職員室へと入って行った。本当に元気なやつだ。


「てか、そろそろ戻らないと」


 左手に付けた腕時計をチラッと見て今の時間を確認した俺はこの後が体育だった事を思い出して急いで教室へと戻り始めた。

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