第4話 いやいや、まるで腹ぺこな肉食獣の檻に入れられた草食動物になったような気分だったぞ

 職員室から教室に戻ると運の悪い事にヤンチャ系の女子達が教室で制服から体操服への着替えをしていた。本来であれば更衣室で着替えなければならないのだがそんなルールを無視している輩も少数ながら存在している。


「あれっ、沢城君。もしかして私達の着替えを覗きに来たの?」


「へー、沢城ってそういう趣味があったんだ。堂々と教室に入ってくるなんて中々勇気あるじゃん」


「い、いや。教室に置きっぱなしだった体操服を取りに戻ってきただけだから」


 ニヤニヤしたヤンチャ系女子達から好き放題言われた俺はそう否定をした。貞操逆転しているため女子の着替えを見たとしても別にセクハラにはならない。むしろ俺にわざと下着姿を見せつけようとしている女子もいるほどだ。

 だが俺の感性は元のままなためこのままここに長居するのは下半身的な意味で非常にまずい。貞操逆転後の男性は滅多に勃起しないらしいので、もし元気になってしまったら痴女ならぬ痴男のレッテルを貼られる恐れがある。

 俺は自分の机横に引っかけてあったリュックサックの中から体操服を取り出すと素早く教室から離脱した。女子達から視線の集中砲火を浴びて気まずかった事は言うまでもない。


「あっ、潤やっと来たのか。結構遅かったな、全然来ないから今日はもうサボるのかと思ってたぞ」


「やっと来たのかじゃないって、体操服を取るために教室の中に入ったらマジで酷い目にあったんだからな」


 男子更衣室に入ると体操服姿の彰人が呑気な表情で話しかけてきて少しイラッとさせられた。


「貞操逆転前とは違って覗き魔として吊し上げられたり袋叩きにされたりもしないんだから別に大した事ないじゃん」


「いやいや、まるで腹ぺこな肉食獣の檻に入れられた草食動物になったような気分だったぞ」


「でもムラムラしたからって手を出してくるような馬鹿は流石にうちの学校にはいないだろ」


「まあ、それはそうだけどさ」


 俺達の通っている赤陵せきりょう高校はそれなりに偏差値の高い進学校のため治安はかなり良い方だ。だから不良漫画から飛び出してきたようないかにもな感じのやばい奴はまずいない。


「……ってもう予鈴が鳴る二分前になってるじゃん、早く着替えないと割とマジでまずい」


「あっ、本当だ。じゃあ俺はひと足先に体育館へ行ってるから潤も遅れないように頑張れよ」


「おい、俺を置いて行くな」


 彰人は俺を一人残して男子更衣室からさっさと出て行ってしまった。体育教師は予鈴までに整列していないとうるさいので遅刻すると面倒な事になる。

 これも全部俺に絡んできた叶瀬のせいだ。今度会ったら絶対に何か奢らせてやる。そんな事を考えながら俺は大急ぎで着替えて何とか予鈴ギリギリで体育館へと滑り込んだ。

 それから俺は準備体操をしてから彰人とペアになってバレーのサーブ練習を開始する。ちなみに体育館は男女合同で使っており、隣で女子達はバスケットボールの授業をしていた。


「やっぱバレーはサーブするだけでも結構楽しいな」


「ちょっと前に体育の授業をサボろうとか言ってた奴と同一人物の発言とはとても思えないんだけど」


「あれはあれでこれはこれだから」


「ちょっと何言ってるのかよく分からないぞ」


 そうこうしている間に時間があっという間に半分過ぎて練習試合の時間になった。俺達は指定されたチームに分かれて練習試合を開始する。

 バレーボール経験者で俺より六センチほど身長が高い彰人は良い動きをしていた。それに対してそこそこ運動神経の良い俺はそれなりの活躍くらいに留まっている。

 少しして選手交代となり休んでいると体育館の残り半分を使って女子達がバスケットボールの試合をしている様子が目に入ってきた。

 バスケットボールなんてそっちのけで男子に熱い眼差しを向ける女子がいる一方、ガチで試合に集中をしているメンバーもいる様子だ。


「玲奈パスだ、そのままシュートを決めろ」


「うん、任せて」


 味方からのパスを受け取った玲奈は見事ボールをバスケットリングにシュートして得点を決めた。運動神経抜群で身長も女子としては高めな百六十八センチある玲奈は昔からスポーツではよく活躍していたっけ。

 そんな事を思い出していると玲奈は突然体操服の上を脱ぎ始める。人前なのに一体何やってるんだよと叫びそうになったが、よくよく考えたら今は貞操逆転した世界になってたわ。

 特にここ最近のような暑い日は突然女子が上半身下着姿になる事なんてすっかり日常茶飯事の光景だ。俺もそろそろ価値観をアップデートさせなければならないだろう。


「でもマジでどうにかならないかな……」


 貞操逆転によって著しく性欲が低下した他の男子達とは違って俺は元のままなため女子の下着姿は正直目に毒だ。毎回のように我慢を強いられる俺の身にもなって欲しい。

 ひとまず先程見てしまった玲奈の下着姿を記憶から抹消しようと試みたわけだが、そう簡単には消えそうになかった。多分しばらくは頭にこびりついて離れない気しかしない。

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