第2話 じゃあ雨宮先生のところに永久就職ってのはどうですか?

 トイレから戻ってしばらくして授業が始まった。普段の学生生活に関しては一部の例外を除き貞操逆転前と一緒だ。


「追加で課題を出されてマジ最悪なんだけど」


「予習をやらなかった彰人が悪いんだろ」


「でも昨日の夜はゲームで忙しかったし」


「言っておくけど俺は手伝わないからな」


 現にこうやって俺と彰人が昼休みに話しているような内容だって貞操逆転前とそんなに変わっていない。だが女子達はすっかり変わってしまっている。


「ねえ、今日の新城先生めちゃくちゃエロくなかった?」


「分かる、カッターシャツがパッツンパッツンで大胸筋の形がめちゃくちゃはっきり見えてたよね」


「私なんて授業中なのにちょっとあそこが濡れちゃったよ」


 運動部に所属しているクラスでもヤンチャ系な女子達は大きな声で恥ずかしげも無くそんな話しをしていた。男の大胸筋のどこがそんなにエロいのか俺には一ミリも理解できないが、とにかくそれが良かったようだ。

 ちょっと前であればこんな会話をしている女子なんて皆無だったが今の世の中だと全く珍しくない。そんな会話に男子達は嫌悪感を抱いたような表情をしている。

 ぶっちゃけ男子のほとんどが貞操逆転前はクラスの女子や女教師に対して間違いなく性的な目線を向けた事があるはずなのでお互い様な気しかしないのだがそれを口に出すと怪しまれる可能性があるため指摘はしない。


「五時間目の体育の授業に参加したくないんだけど、潤も一緒にサボらね?」


「彰人の好きなバレーなのに一体どうしたんだよ?」


「ほら、体育館って男女合同で使うじゃん」


「……ああ、そういう事か」


 貞操逆転前に男子達が体育の授業中に体操服姿の女子をガン見していた事とは全く逆の現象が起きている。俺は元のままだから全く気にならないが彰人曰く舐め回されるように全身を見られてかなり気持ち悪いらしい。


「前まではどんな女子に見つめられても嬉しかったのに」


「まあ、彰人は外見だけは無駄に良いからよく注目されてたもんな」


「おい、外見だけとか言うな」


「ごめんごめん」


 彰人は身長百七十八センチあって顔も中性的なイケメンタイプだったため貞操逆転前から腹が立つ事にそれなりに人気はあった。

 ただし色々残念なところがあったせいでめちゃくちゃモテているわけではなかったが。だが世界が変わってから彰人はモテ男に変貌してしまった。

 性格が悪かったりわがままでも顔が可愛ければモテる女の子がいたように、今の世界では外見が良ければ男は多少内面に問題があっても凄まじくモテるのだ。


「俺も潤みたいな普通の外見だったらな……」


「おっ、地味な俺に対する戦線布告か? 喧嘩なら受けて立つぞ」


「いやいや、今のは別に嫌味で言ったつもりじゃないから」


「本当かよ?」


「信じてくれって。てか、潤も前よりモテるようになっただろ」


「まあ、心当たりはあるけど」


 以前は特にモテる要素の無かった俺だが貞操逆転してからは状況は一変した。どうやら女子達の間で俺は告白すれば私でもワンチャンいけるかもというレッテルを貼られているようなのだ。

 これは平凡な外見をした俺であれば高嶺の花とは違い自分でも少し頑張れば手が届きそうな感じに見えるからでしかない。

 これはいわゆる竿モテというやつだろう。そんな事を考えながら昼食をとっていた俺だが昼休み担任から呼び出されていた事を思い出す。


「雨宮先生に呼び出されてるし、ちょっと職員室行ってくるわ」


「今度は何をやらかしたんだよ?」


「俺がいつもやらかしてるみたいに言うのは辞めろ、多分この前提出した進路希望調査の件だと思う」


「ああ、あれか」


「ほとんど書かずに出したから何かお小言を言われそうな気がするんだよな」


 将来のビジョンが今のところ全くない俺は進路希望調査に分かりませんとだけ書いて出していた。雨宮先生から呼び出されるとすれば絶対それだろう。俺は教室を出て職員室へと足を運び一直線で雨宮先生の机に向かう。


「雨宮先生、来ましたよ」


「沢城か、待ってたぞ。何で呼び出されたか分かるか?」


「やっぱりこの間提出した進路希望調査ですかね?」


「そうだ、まだ高校二年生だから将来の事を具体的に考えられないのは仕方がないと思うが流石にほぼ白紙の出すのは駄目だろ」


「でもマジで今のところ何も希望がないんですよね」


 そもそも書く事があれば初めからちゃんと書いていたわけだし。


「せめて進学するか就職するかだけでも決めてくれ」


「じゃあ雨宮先生のところに永久就職ってのはどうですか?」


「こ、こら急に何を言い出すんだ!?」


 俺が冗談を口にすると雨宮先生は明らかに取り乱し始めた。そう言えばこの人二十四歳にもなって処女だっけ。皆んな雨宮先生は貞操逆転前に処女を卒業済みだと思っていたが違ったらしいのだ。

 ちなみに何故そんな事を知っているのかと言えば雨宮先生がクラスのヤンチャ女子達におちょくられて自爆したからに他ならない。

 貞操逆転してから処女の価値は大暴落して地に落ちたため、以前までの童貞と同じ扱いを受けている。逆に童貞の価値が大暴騰した事は言うまでもない。


「と、とにかく進路希望調査は再提出だから書き直してこい」


 相変わらず動揺したままの雨宮先生はそう言い終わると机に向き直った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る