第45話 潮目
宗一郎が試作した弾丸を使用したミニエー銃の改良は進み、実践配備のための量産に入っていたが、その威力はまだ重戦矢には及ばない。
オーガ兵の鎧や盾を打ち抜くためには100mまで近づくことが必要だった。
国軍の合戦準備室はエチダ藩内に異動し、武具や装備、宿舎、上下水道の整備、給仕場の整備と既に戦争状態にあった。
人が集まれば基本的な生活だけでも膨大な経費がかかる、当然国費で賄われるが、避難民が流失したエチダ藩には人がいない、遠征してきた他藩からの兵士や官僚が業務を担っているが土地勘のない人間ばかりで仕事が進まない、戦場に兵士を送り出す前のことが、実は本当の戦争なのだ。
藩主トウコやイイノたちも日々雑用に追われて奔走していた。
「トウコ様、トウコ様、兵器開発局のマヤ主任がお見えです、火薬の保管場所についてだそうです」
「分かったわ、今いく」
藩主トウコは食べかけた握り飯を皿に戻した、食べ損ねたお昼を午後3時にようやくありついたが既に食欲も消化されて消えていた。
藩主自ら現場の調整に出向かなければならないほどにエチダ藩は人手不足に陥っている。
国軍のマヤとは、合戦準備室の異動前から顔を合わせたことがあった、なかなか芯のある女性官僚だと評価していたが、完璧主義者の彼女の要求は高い。
現状その要求全てに応えることは不可能だ、しかし彼女は首を縦には振ってくれない。
「頭が痛いところだ」
倉庫は数か所あるが、どこも既にいっぱいだ。
倉庫群の中でも特に頑丈な倉庫の前に数名の人影があった、その中にマヤの姿があった。
「お疲れ様です、藩主トウコ様」
珍しく少し疲れているなとトウコは、マヤのシャツの襟皺を見つけて思った、いつでも金属でできているのかと思うほど、乱れのない服装の几帳面なマヤには珍しい。
「お互い様だ、して至急の要件とは?」
「はい、前置きは無しにして、さっそくですが皆さんにお集まり頂いたのは新たな兵器の保管場所が必要となったためです」
参集していたのは各準備班のリーダーたち、多忙を極める者たちを一同に集めるのには強力な理由がいる。
「マヤ、その量はどのくらい必要なのだ」
「その数1000丁、銃弾3トン、この倉庫まるまる頂きたい」
「なに、そんなに必要なのか!?」
「とくに火薬は爆発物です、保管は慎重にしなければなりません」
「とはいえ、この倉庫も既にいっぱいで、米俵ひとつも入る余地はないぞ」
「銃は今後の戦争を変えるゲームチェンジャーになるものです、この合戦の鍵です」
「うーむ、それは分かるが、この倉庫の中には貴重な遺物や文化財、今は使用していないが藩城補修用の建材等が収納されているのだ」
「火薬の保管には湿度管理や、なによりも出火による爆発の危険があります、この倉庫が最適なのです」
「しかしだな、歴史あるわが藩の文化財は……」
家老シバタが難しい顔で反論を試みるがマヤは一蹴する。
「今、負ければエチダ藩どころか、この国の文化全てが滅してしまうのです、今使わない物など無用です、燃やしてしまいなさい」
「なっ、何ということを言うのだ!」
このはっきりしたところが宗一郎以外の男をマヤから遠ざけている。
ここまで、黙って聞いていた藩主トウコが口を開いた。
「話は分かった、国軍の決定にエチダ藩は異論なし、倉庫は空にして引き渡す」
「ありがとうございます、トウコ様」
「しかし……」
「銃の搬入はいつから行う?」
「倉庫が開けば明日にも始めたく思います」
「オールド・オランドの進軍は早まるか」
「密偵によれば冥界城に民兵たちの参集がなされているようです」
「この一戦で潮目が決まる、負けないではだめなのだ、勝たなければならない」
藩主トウコは少し隈のでた目で強く参集した面々に命じた。
「私の名において倉庫内のあらゆる物品の移動・処分を許可する、直ちに作業班を編成し第一優先であたれ!」
この日から倉庫前には大穴が掘られ、金銀財宝の類を除いて、ことごとく灰となった。
冥界城 元第三旅団 ヒュドラ王子 侍従長ストラスはヒュドラ亡きあとメイデス王の参謀となっていたが、レイウーによるクーデターにより職を追われ、城からも追放の憂き目にあっていた。
「やはり、俺はついていない、短い間に主君を二人も失くすとは……」
自宅屋敷も接収されて、あてがわれたのは郊外の日の当たらない小さなボロ屋だ。
しかも、これが退職金だという。
「ふざけおってレイウーめ、なにか方法はないものか」
日々、恨みを募らせながら、ついこの間まで人生のほとんどを捧げてきた冥界城の威容を眺めるばかりだった。
下々の暮らしに降りてみると、オーガとはいえど助け合いがあり、戦争や人食いとは関係のない生活が営まれていることを実感した。
男尊女卑の城内に比べて庶民の中では女が実権を握っているようだ。
定期的に狩猟者から鹿や猪、時には熊肉が届く、下賤と吐き捨てていた者たちが好意で持ち寄ってくる、隠し金は持っていたが彼らは受け取ろうとしなかった。
そんな彼らもレイウーの殲滅作戦に駆り出されて渋々のうちに登城していった、見送る女たちは、帰らないかもしれない夫たちを心配して涙を流していた。
庶民たちは人間やエルフとも付き合いがあるものがいる、かれらの優秀さを知る者が多い、暴力至上主義の城内とは雰囲気がまったく違っていた。
彼らは言う。
「このまま闇雲に殲滅戦を仕掛ければオールド・オランドはやがて滅ぶ」
下賤の狩猟者の家族は、小屋の隅に矢を、剣を隠し持ち、毎夜準備を始める。
ストラスは密かに昔の仲間たちに参集を募った。
冥界城の異常さに気付き始めた者が正気を取り戻し始める。
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