第46話 砂漠の月
オールド・オランド国 レイウー新国王が率いるのは第一旅団の精鋭500名を先頭に、第2から第4旅団の生き残り1000名、城下街から招集した2000名の大部隊。
さらに兵站の運搬や給仕のためにオーガ女たち500名も連ねている。
目障りだったヒュクトーの討伐に向かわせたクトニアがヒュクトー同様に躯となって帰ってきた、生き残りの兵によれば蟻獅子と人間に殺されたという。
それも少数の人間にだ。
一騎当千、オーガ兵1人で人間なら10倍以上の戦力と言われたものが、まるで逆だ。
それほどの猛者が人間の中にいるとは思えなかったが現実に4人の兄弟たちは無残に殺されている。
兵たちの間に奴隷公妾イシスの呪いだと噂が広まっていた。
弱者の戯言だと思っていたが、戦場で頭の中に声が聞こえたというものが何人もいる。
声が聞こえた後に、見えない天空から矢が降ってくるのだという、一発も外れることなくオーガ兵だけを殺す悪魔の弓が。
弓を使うなら呪詛や幽霊ではない、生きた人間だ。
怪物がいる、俺の他にも。
「面白いじゃないか」
「この大群にどう抗うというのだ、見せてもらおうか」
歴代の王族の中でも最強、武芸百般を極め、腕力だけでなく剣技、槍、弓、盾全てで兄弟たちの上を行く怪物。
そしてナルシストだ、自分が誤っていると認識することが出来ない。
傲慢だが馬鹿ではない、理不尽だが存在する、隠して溢れる恐怖、生まれ持った鬼火。
新王レイウーは覇道を極めるため、その足で世界を蹂躙する。
神が虫を踏み潰すことに何の躊躇がいるというのか、世界は自分のためにある。
隊列を整えつつある兵ども眼下に収めて、冥界城の頂点からその様を眺める巨人は、天界をも見下ろして不敵に笑う。
冬の日差しが温かい。
メイは中央病院の待合室の窓から、色の褪せた枯れ葉から漏れる日の光をぼんやりと眺めていた。
待合室は休診日なのかガランとしている、頭は冴え冴えと冷えているのに疲労感が滞り、どうにも思考が動かない。
イージスを展開して莫大な情報を処理できる頭脳がフリーズして再起動を拒否している。
宗一郎の死を思った時のショックがあまりにも大きくメイの心を抉った。
勘違いであり、無事だった事実を確認出来ても虚脱感から抜け出せずにいた。
自分の思い人であったヘリオスに名乗ることの出来ないジレンマも抱え、背骨を丸ごと抜かれたようで立ち上がれない。
無意識のうちに泣いていた、心の波を感じることなく、無表情のまま涙がつたう。
末期的だ。
自分が何者で、なんのために生きて、なにをしようと藻掻いていたのか、何もない砂漠に1人取り残された寂しさが心を埋めている。
開いたままの目が、前に人が立っているのを数秒遅れて脳に伝えてきた。
「君でも泣くことがあるんだな」
若い男がいた、ハンカチが差し出している。
きっと酷い顔をしていた、戦闘の後、お風呂に入っていないし、髪もぼさぼさだ。
我に返り急いで取り繕ろいハンカチを受け取った。
「ありがとう」
(君でも)ということは私の事を知っている、誰だったろう。
チラリと覗き見たが覚えがない、入院患者だろう松葉杖をついている。
エンパスは面倒だから使いたくない。
「やっぱり分からないか、君に助けてもらったポーターのスバルだよ」
「ああ、スバルくん」
思い出した、蟻獅子と初めて遭遇したときにいた役たたずの2人組。
「座ってもいいかな?」
「ええ、どうぞ」
借りたハンカチで涙を拭いてお尻をずらす。
正直好きなタイプではなかったが、このまま1人でいるよりいい気がして許した。
杖を使って少し窮屈そうに隣に腰を降ろす。
横顔が少し大人びた感じがする。
「……」
「だれか怪我したのかい」
「うん、でも私の勘違い、たいしたことないのに重症だと思いこんじゃって、馬鹿みたい」
「ごめん、正直驚いたよ、君が泣いているのを見て」
「?……」
「いや、君……メイちゃんはさ、若いのにいつも冷静で強くて、おまけに可愛くて、もう完璧な人じゃん」
「私なんて、ぜんぜんダメダメだわ」
「俺さ、君に助けられてから、なんていうか真面な人間になろうって」
「国軍の救急隊に入ったんだ、人を助ける仕事がしたくてさ」
以外、そんな男の子だとは思わなかった。
「以外って思っただろ、でもそうだよな、以前の俺なら絶対選ばなかったよ、きついし給料安いし、おまけに訓練中の怪我でこれだ」
ギブスの入った足を示した。
「俺たちがオーガにびびって泡吹いちまってた時、メイちゃんが助けに走ってきたのを見て、もうかっこよくてさ、憧れたよ」
「ふふ、過大評価だよ、あのあと蟻獅子がぶっ飛ばしちゃったんだし、私なにもしてないよ」
「そうかも知れないけど、まず俺ならオーガ兵の前に立ち塞がるなんで無理だった」
「あのあと、セシルと山ちゃんから聞かされたよ、君が生まれてから仮死状態のまま12才までいて、意識が戻ってから5年しか経ってないって……」
「それなのに……俺……なさけねえ」
あれ、少し泣いてる?
「だからさ、メイちゃんは十分すごいんだよ、うまく言えねえけど、休んだり立ち止まったりしてもいいと思うんだ」
「君は優しい人だったんだね」
「よせよ、メイちゃんに比べたら無駄に生きちまった馬鹿な若造だ」
「さっきは、まるで氷の彫像が泣いているみたいに見えて、堪らなくなっちまって、俺じゃ役不足だって分かっているけど、声をかけちまった」
「そんなことない、気にかけてくれて嬉しいよ」
「ほんとか、良かった」
青年は少し顔を赤らめた。
「よし!決めた、今言うことにする!」
「?」
「メイさん、俺は君が好きだ!」
思いがけずに突然の告白。
「えっ」
「ごめん、弱ってる時に困らせるようなこと言って、でも困ったことがあったら、頼ってくれ」
「あんな風に泣く君は辛すぎる」
素直な優しさが伝わる、氷の彫像が少し緩む。
人間の若い男の子は、体と心の成長は別にやってくる、今日の子供が明日は大人になっている。
挫折と失敗が糧となり、スバルは優しさと強さを手に入れた。
「ありがとう、今は答えられないけど……その気持ちすごく嬉しい」
「いつか、聞かせてくれよ、なんか奢るからさ、おっと戦槌は出すなよ」
「あははっ、病院になんか持ってきてないよ」
それから暫く、とりとめのない話を続けてスバルは病室に戻っていった。
スバルの告白がメイの孤独を薄くしていた、誰かが自分を思っていてくれることの安堵感、凍夜の砂漠、月明かりの中に小さな湧き水を見つけた。
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