第44話 ツイストダンス

大変なことになった。

 ミヤビたちから提案はとんでもないものだった。

 冗談ではなかったが、蟻獅子ヘリオスを前に訳を言って断ることが出来なかった。


 ヘリオスを前にしても感情抑制は上手く出来たと思う。

 ミロクと一緒にいる彼を見ていれば、どうしても心は乱れてしまう、動揺をエンパスにのせることなく話すことが出来たと思う。

 特にミロクは敏感だ、最大限の注意を払う必要があった。

 もし、笑って話すことが出来るような時が来たなら真実を告白する……無理だ、とてもそんな勇気はない、裏切り者と罵られる。

 許されないかもしれない、誰も幸せにはなれない。

 

 タスマンとリンジンによれば国軍はオールド・オランドに近いエチダ藩の平原を合戦場として迎え撃つ準備を進めているという。

 メイにもスーパーエンパスの能力で指揮班に合流してほしいという。


 「数千人が入り乱れる戦場でイージスは起動できないわ、入ってくる情報量が多すぎて処理しきれない、必要な情報を選べない」

 「良く分からないが、イージスの力を特定の方向にだけ向けることは出来ないのか」

 「アエリアに対してだけ出来たの、あの時はミロクの助けもあったし……1人だったら無理だったと思う」

 「無理は承知の頼みだ、全人間の命運がかかっているのだ」

 「要は、索敵ってことかな、オーガの位置を特定するぐらいなら出来ると思うけど」

 「十分だ、その情報があれば重戦矢の命中率が各段に上がる」


 国軍には既に合戦専用の準備室が設置されており、至急にも参集してほしいということだった。

 民間人の避難や武器の開発、人員の配置まで超法規的に業務を行っていた。

 国軍としては今まで、オーガ族を相手にして勝利した経験はない、単騎で中隊以上の戦果を挙げているメイの力を参考にしたいのは当然だ。

 人間対オーガの総力戦になる、もはや軍には関わらないとは言っていられない。

しかし、メイの能力を体感しているリンジンたちは否定しないだろうが、国軍の将校たちは17の小娘を歓迎しないだろう。

 かえって指揮を乱さないか心配だ。

 宗一郎は反対するにきまっている、メイの能力を見た研究者が実験材料と考える危険性は禁じ得ない。

 

 少し休みたいがヒュクトーだけではなくクトニアまで帰らないとなれば、オールド・オランドの国内情勢を鑑みても殲滅戦を始めるのは早期になると予想できる。

 タスマンは明日にも迎えに行くか、なんならこの足で一緒にきてほしいとの訴えを、なんとか遠慮申し上げた。


 宗一郎に相談と報告が先だ。

 工房の位置を教え、国軍準備室に入るための許可書を預かった。

 だいたい、エルーの足でも国軍まで丸3日はかかる、準備無しには飛び込めない。


 エルーには無理を言って帰り道をとばした。

 3日の旅程を2日で走った、工房が見えた時にはへとへとだった。


 工房が見えたが、なにか違和感がある、夕刻にも係わらず煙突に煙がない。

 

 おかしい……いやな予感がする。


 いやな予感ほどよく当たる、工房の入り口ドアは閉ざされ、メイ宛ての張り紙がされていた。


 『宗一郎 手術入院 中央病院』


 青ざめた、工房を後にした日、顔色が悪かった。

 なにかの病理があったに違いない、いない間に何かあったのだ。

 「そんな……そんな、まさか」

 自分で口にしそうになった言葉に恐ろしくなり、言葉を飲み込んだ。

 それは宗一郎の死、目の前が暗くなる。

 父親であり、親友であり、一番の理解者、恩人、師匠、形容する言葉はいくらあっても足りないほどに……もう声を聴けないなんて嫌だ!!

 冬の墓標でヘリオスを見つけた以上の悔恨が胸を痛いほどに締め付ける。


 装備もそのままにエルーと全力で街へ降りる、風がやけに冷たい、舞い踊る枯れ葉が頬を鞭打つ。

 世界の全てが敵になったように視界が狭窄していく、息が苦しい、呼吸を忘れている。


 「お願い……どうか、神様!」

 ほとんど来たことはない病院の入り口までやってくる、エルーから飛び降りさまに足を滑らせて転倒する。

 かまわず走り出し、玄関を潜る、受付に女の人がいた。

 「宗一郎!宗一郎の部屋は?」

 「はい?宗一郎さん…えーと」

 下を向いて台帳を捲っているが、まどろっこしい。

 「ああ、いた、2階の201号室ね、でも面会は……」

 「!」

 面会謝絶!?意識不明!?最後まで聞けずに階段を駆け上がる。

 「ああ、いっちゃった、面会時間は終わりだっていったのに、まあ、いいか」

 受付の女性は読書に戻った。


 2階へ上がり201号室の扉を見つけるまで永遠の時間、もがいても、もがいても進まないスローモーシヨン。

 扉に宗一郎のネームプレートがかかっている、間違いない、中から口笛の音が聞こえる。

 ドアノブを回して恐る恐る中を覗く。

 

 

 メイの目が最初に捉えたのは……


 踊る宗一郎のお尻、口笛に合わせてクルクル……

 「!????」

 部屋の中にいた2人がメイに気が付いた。

 「あっ!」

 口笛を吹いていたのは知らない女の人。

 「宗、宗一郎……」

 「よお、メイ、無事に帰ったな、偉いぞ」

 「は……!?」

 口笛を吹いていた女の人が、メイの前までくると突然、床に土下座して頭を床につけた。

 「メイさん、ごめんなさい、私が宗一郎に無理をさせたせいで怪我をさせた、本当にごめんなさい」

 「へっ……怪我?」

 「おい、マヤ、土下座なんて止せ、怪我って言ったって2,3針縫っただけだ、大げさな」

 「だっ、だって面会謝絶の意識不明だって……」

 「あーーん、何の話だ」

 宗一郎とマヤは顔を見合わせた。

 「違うの?」

 「当然、ほら今だって俺様得意のツイストダンスを披露していたところだ」

 また踊りだした。


 ストンッとお尻が落ちた。

 「はっ、はっ、はは……ふえっ、ふえっ、ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇあああっ」


 自分がこんな子供みたいに泣くことに一番驚いた。

 涙が零れるままに、無邪気な顔を天井に向けて。

 「お、おい、メイ、どうしたんだ」

 宗一郎が慌てて駆け寄る。

 「もう、この鈍感男は相変わらずだわ」


 意地悪な風は過ぎ去り、優しい月が病室を照らしていた。

 ベッドで丸くなっているのはメイだった、宗一郎のお腹に手を回して離さない。

 「寝てしまったのね」

 「ああ、よほど疲れていたんだな」

 「違うわよ、馬鹿ね」

 「ぬっ、俺様は馬鹿ではないぞ」

 「クロエそっくり、生き返ったみたい」

 宗一郎が硝煙と埃にまみれたままの髪をなでる。

 「やさしい娘だ」

 「そんな娘に背負わせるには酷な戦争ね、仕方ないけれど……」

 「この娘がやると言えばの話だ」

 「明日には退院できると思う、また来るわ」

 マヤは腰を上げて、病室のドアを引いた。

 「ああ、ありがとうな」

 「お礼を言うのはこっちだわ」

 病室を一歩踏み出して思い留まる。

 「ねえ、昔のままだったなら、私もメイさんのお母さんになれたと思う?」

 「……」

 答えを待たずにマヤはドアを5年前の過去に向けて閉めた。


 明るい満月の月は、その優しい明かりが痛いほどに、見られたくない心の暗闇も照らしていく、隠すことなど出来ない。

 歓びも、哀しみも、期待も、裏切りも月は知っている。

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