第43話 赤い闘気

 クトニアの隊もヒュクトーとの戦闘で数を減らしはしたが、一時退却の号令に戻ってくるものがあまりにも少ない。

 「もう一度、ドラを鳴らせ、兵たちを戻らせるのだ」


 ドンッ ドンッ ドンッ

 

 合図の音が鳴り響くが、戻ってくるものは数騎のみだ。


 「いったいどうしたのだ」


 樹海の中に入っていった兵たちのほとんどが戻らない。

 「待ち伏せか?」

 おかしい、ヒュクトー隊の半数は寝返っている、多くても40名程度だ、それに剛弓はもう降ってきていない。

 樹海の中で弓は役に立たないはず。


 ガラガラカラッ


 戦車の一大が負傷した兵を連れて戻ってきた。

 「ヒュクトー様!樹海から戻った負傷兵です、報告が!」

 「なんだ、なにがあった!?」

 首に矢が刺さったままの兵は血だらけだ、おまけにアーマーが奇妙なほどに凹んでいる。

 致命傷なのは明白だった。

 「化物が……矢が曲がって……蟻獅子……」

 「なに!?蟻獅子だと」

 クトニアは理解した、自分たちが相手にしていたのはヒュクトー隊だけではなかったのだ、建前だった蟻獅子が本当に現れた。

 「ぬう、ならば返り討ちにしてくれる」

 「全軍で樹海に追い詰めて殺してやる」

 ひょっとするとヒュクトーは蟻獅子に狩られたのかもしれないとクトニアは、ほくそ笑んだ、ヒュクトーの首だけ持ち替える功が転がりこんできたようなものだ。

 「蟻獅子もオーガ兵50人を相手に戦えるはずもない」


 クトニアは矢傷を負った兵士の矢が、ヒュクトーが使うものより遥かに短いことを理解していなかった。

 「敵は樹海の中だ、行くぞ!」

 村の中はオーガ兵の死体が転がっている、矢傷、首を落とされ、手足から大量の出血。

 惨状が渦巻いている。

 これほどの死を誰が招いたのか。


 ヒユクトー隊の存在が蟻獅子の影を薄め、それ以上の怪物の存在をかき消していた。

 クトニアは地獄への入り口に立ってしまった。


 「いました!クトニア様」

 兵士が指さした先に黒い影があった、蟻獅子だ。


 「見つけたぞ、蟻獅子め」


 戦車を降りて剣を抜く。


 ザッ、ザッ

 住居のかげから人間たちが現れた、いやオーガの女もいる。

 「なんだ、お前たちは」

 「なんだとは野暮だね」

 「人間などにかまっている場合ではない、引っ込んでいろ」

 「問答無用」

 二刀流の男はエルフか。


 ガシュッ 「があっ」

 後ろいた兵が喉を押えて崩れ落ちる。

 いつの間にかそこにも小さな人間がいた、トンファーが血に濡れている。

 「!?」

 黒獅子が樹海から飛び出すのと人間たちがクトニア隊に襲い掛かったのは同時だった。

 山から弓も飛翔して一撃必殺で兵を屠っていく。


 クトニアが経験したことのない一方的な蹂躙、自分たちが酷く矮小になったように殺されていく。

 オーガ兵たちは樹海の起伏を考えて盾を置いてしまっていた、さらには強者ゆえに連携して戦うことを知らない。

 リンとアオイの盾を前にミヤビが後ろからヒットアンドウェイを繰り返す、狙われたもの以外はまるで傍観者だ。

 タスマンのトンファーによる極至近戦闘は乱戦の中で効果的だった、仲間に密着している相手にオーガ兵たちは攻撃できずにいた、トンファーによる火力もネックナイフに比較して倍増しており、その分打撃数が少なく次から次へ目標を変えて滑り込んでいく。

 中でもリンジンの二刀流の居合術は驚異的だった。

 一閃ごとに手首と首が血を噴く、蝶のように舞ったかと思うと、蜂のように刺す。

 大振り一本やりのオーガ兵では、まったく捉えることができない。


 メイは蟻獅子討伐のヒュクトー隊をエンパスレーダーで索敵中に、蟻獅子やリンジン、タスマンたちを発見していた。

 同時に召集を呼びかけ、樹海にて襲撃の機会を窺っていたのだ。


 蟻獅子がクトニアに向かって進み出る。

 怨念の黒い霧は薄まっている、代わりに闘気が黒い鎧を赤く染めるようだ。

 闘気の熱風がクトニアを打つ、高まる圧力に後ずさる。

 「くっ、お、俺様を誰だか分かっているのか」

 「……」

 「俺に手を出せばレイウー新王が黙ってはおらぬぞ」

 「相変わらずの腰ぎんちゃくぶりだな」

 「!?俺を知っているのか」

 「喧嘩は自分の腕でするものだ」

 ハルバートの切っ先が向けられる。

 「ジャッ!!」

 蟻獅子を中心に旋風が巻き起こる、触れれば死だ。


 決着は一撃、新ハルバートの旋風はクトニアの剣を紙のように粉砕し、兜を原型なきまでに変形させる、追撃された打撃でクトニアの頭は肩の位置まで埋め込まれていた。

 

 統率を失ったオーガ兵はバラバラになり、ヒュクトー隊とクトニア隊が再び争い始め、自滅していく。


 ⦅ みんな無事ね、後は勝手に潰し合うわ、我々は引きましょう ⦆


 「了解だよ、女神様」

 「今回は楽勝だったね」

 「また、つまらぬものを切ったわ」

 「メイ、ミロクは無事か」

 ⦅ 大丈夫、一緒にいるわ ⦆

 

 「そうか、ありがとう」

 

 蟻獅子、ヘリオスは一番にミロクの心配をしている。

 変わらない優しさに温かい気持ちになる、人外の怪物から抜け出そうとしている。

 イシスの復讐に突き進めば、堕天と破滅の未来しかない。

 果ての希望をミロクがヘリオスに与えてくれた。

 ミロクがいる限りヘリオスは命を無駄にするようなことはないだろう。

 ヘリオスが人でいられるならば、愛されるのは自分でなくてもいい。

 

 メイはミロクの手を取って山を下っていく、樹海の入り口にいた蟻獅子に引き継いだ。

 お互いの無事を喜び合う2人を、囲む仲間となった者たちを見て、メイもその輪の中にいた。


 死線を潜り抜けて、掴んだ友人たちとその夜、蟻獅子の聖地で焚き火を囲んでいた。

 しかし、戦友たちは、今だに緊張を解いてはいない。

 逃げ遅れたオーガ兵を尋問して得た驚愕の情報、オールド・オランドにおけるクーデターの発生、前王暗殺による国王交代、新王レイウーの誕生。

 「レイウーは人間族の抹殺を宣言している」

 「ああ、必ず殲滅戦に出てくる」

 「リードベット国軍は準備しているのだろう」

 「兵数はある程度そろえていると思いますが、武器が……」

 「エチダ藩が持ちいた重戦矢は、あまり効果を発揮しなかったな」

 「あれも目標との距離を正確に把握できれば有効だと思うが」

 「あとですね、銃の改良に取り組んでいるようです」


 そういえば、宗一郎がそんなことを言っていた。

 いずれにしろ大戦となれば、個人の技量を生かす場は少ない。


 「実は、あたいたちにも考えがあってね」

 ミヤビが口を開くと、リンとアオイも同調する。

 「冥界城の中に内通者というか、仲間がいてね」

 「レイウーが殲滅戦に出撃した後に、冥界城を抑える手筈になっているのさ」

 「なんだと、そんな戦力がいるのか」

 「オーガの中にも今を良しと思っている奴ばかりじゃないのさ」

 「もし、レイウーを討つことが出来たとして、その後の事なのだけど……」


 その日、焚き火は深夜まで燃え続け、先代蟻獅子も初めてだろう賑やかな夜になった。

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