第42話 狩りの女神

 この日、ヒュクトーのキャンプは慌ただしさの中にあった


「やってくれたね、レイウー兄さん」

 報告書をテーブルの上に放り投げる。

 「これは……」

 「国王崩御、新国王任命式ですと!」

 「クーデターだよ、父上は殺されたね」

 下士官の兵が慌てて走りこんでくる。

 「ヒュクトー様、だめです、既におりませんでした」

 「やっぱりか」

 「いないとは、だれが?」

 「レイウー兄さんが寄越した雑魚兵どもだよ」

 「?」

 「あいつらは、こちらの位置をレイウー兄さんに伝えに戻ったのさ」

 「スパイですか」

 「最初からレイウー兄さんの討伐目標は、蟻獅子じゃなく僕たちだった」

 「!!」


 潜らせた雑魚兵の情報をもとに、ヒュクトー討伐隊は200人規模の兵を既に配置していた。

 指揮をとっているのはレイウーの弟、クトニアだ。

 「やつめ、今頃大慌てしていることだろう」

 クトニアの隊は50機からなる馬引きの戦車隊と、重装歩兵部隊150名の強力な部隊だ。

 「遊び惚けている者など王家には無用だ」

 「やつの弓がどれだけ強力だろうが、わが戦車隊のスピードと重装盾の防御力の前には役にはたつまい」

 「私は昔からあいつが大嫌いだったのだ、新国王はよく分かっていらっしゃる、この任を私に預けて頂けるとは」

 

 クトニア戦車隊がヒュクトー隊の陣前の入り口付近に隊列を組む、その前には巨大な盾をもった歩兵が亀甲戦法で防御を固めた。

 兄弟たちの中では一番体格に劣るクトニアは良く言えば真面目で基本に忠実、悪く言えば臆病で固い、自由奔放なヒュクトーとは子供のころから折が合わなかった。


 「クトニア様、ヒュクトー隊の兵30名が離反してこちらに合流したいと参っておりますが、どういたしましょう」

 「受け入れてやれ、しかし最前線に立って戦うことで証明させろ」

 「御意」


 ヒュクトー隊の兵士たちは、このままでは犬死になることを予想して寝返るものが続出していた。

 先日まで宴の席で盃を合わせた者が、今日は剣を向けてくる。

 戦わずしてヒュクトーは追い詰められていた。


 ヒュクトーの動きは速かった、スパイが戻ったのが分かった時点で、村を挟む山に信頼のおける剛弓隊20名を分けて配置し、クトニア隊が突入してくるのを待ち構えた。

 ヒュクトー自身は村の中央に1人たち、不敵に笑っている。


 「さあ、いらっしゃい、弱虫の兄者、かわいがってあげるよ」


 大声で叫ぶと手招きして挑発する。

 

 「ぬうう、どこまでも馬鹿にしおって、いけ、殲滅せよ!」

 クトニアの号令とともに村入口から隊列を崩さないまま傾れこんだ。


 バヒュッ ズドッ


 「ぎゃぁっ」

 先頭を進んでいたヒュクトー隊を離反した兵士に巨大な弓が、アーマーを貫通して、その命を奪った。


 バヒュッ バヒュッ バヒュッ ピィィィィィッ


 一撃一殺、不気味な笛の音と共にオーガ兵が転がる。


 ヒュクトーが右手を上げて両脇の山に配置した剛弓隊に合図を送ると同時に、戦車隊に向けて重戦矢が降り注いだ。

 「くぎゃああっ」

 高台から撃ち降ろされる矢は重力の加速も伴い、盾さえ貫通して兵に傷を負わせた。


 「敵は山の中だ、端に寄れ、死角へまわれ」

 撃たれっぱなしだったクトニア隊も速度を生かして追撃に移った、動く標的に命中率は下がっていく。

 クトニアの戦車が村に入ったときには、両軍の兵士は半分となっていたが、絶対数が多いクトニア隊が有利なことに間違いはなかった。


 「歩兵隊は両側の弓隊を殺せ、戦車隊は村にいる残りを蹴散らせ」

 細い山道を、盾を前に上っていくのはオーガでも楽ではないが、樹木が射線を隠しているため損害は少ない。

 ヒュクトーは侍従長ジルが指揮を執っていた右側の剛弓隊に合流する。

 「さあ、そろそろ潮時だ、みんなで離脱するよ」

 

 ブゥゥゥッン


 頭の中に違和感が奔る。


 「なんだ」

 全員がキョロキョロと周囲を見渡す。

 ヒュカッ バンッ

 端にいた弓兵の顔が吹き飛ぶ。

 「!」

 「狙撃されている、伏せろ!」

 言い終わるより早く2人目の顔が吹き飛んだ。

 「くそ、どこから撃っている」

 バンッ 3人目 バンッ 4人目

 「ひいいっ」

 弓兵たちに混乱と恐慌が巻き起こる。

 「木を背にするのだ」

 バンッ 5人目

 ヒュクトーも脱兎のごとく林の中に逃げ込み、大木に身を隠す。


 ⦅ どこへ隠れても無駄よ ⦆

 頭の中に声が響いた、ローレライの囁きが。

 「ヒュクトー様、これは何処から?」

 「そんなこと知るか!」

 シュルルル、曲射弾が木々を縫って兵たちに飛来する。

 バンッ 6人目 バンッ 7人目

 「ひいやぁぁ」

 幹の裏に隠れている兵に向かって矢がカーブしてくる、まるで誘導弾。

 「見えた!」

 ヒュクトーは矢が飛んでくる方向を捉えた、信じられないが左の山に配置した弓兵隊の方角だ。

 裏切者がいたのかと思ったが、こんな神技の射撃が出来るものがいる筈はない、一緒に逃走するために一軍はこちら側に集めた。

 「何者だ、顔を見てやる」

 ヒュクトーは元の射撃位置に戻って、反対側の山を見据えた。

 「!?」

 そこにいるはずの弓兵たちは全員倒れていた。

 代わりにいたのは小柄な人間、しかも少女に見える。

 「ヒュクトー様、危険です、お下がりを!」

 少女が弓を射出した、まるで重力などないように真っすぐ飛来した弓がヒュクトーを掠めた。

 「外した!」

 そう思った直後に真後ろで爆発音。

 「ぎゃっ」

 ジルの首が爆ぜて、同体から切り離された首だけが山の斜面を転がり落ちていく、残った同体から大量の血が噴水となって湧き出る。

 「ジル!!」

 ⦅ 仲良かったのに残念ね ⦆

 また、頭の中に声が響く。

 「くっ、貴様か、貴様がやったのか」

 ⦅ 心配しないで、地獄でヒュドラもアエリアも待っている、寂しくないわ ⦆

 ⦅ あなたがしたように、手足を外して、ばらばらしてあげるわ ⦆

 「俺を知っているのか、誰だ、貴様は!」


 ヒュクトーは剛弓に矢を番える、得意の3本撃ち、距離は200m、余裕で届く。

 先手必勝、いち早く放つ。

 少女はヒュクトーが放つ弾道を確認してから迎撃用の矢を放った、その数5連続射。

 「俺の方が先に着弾する!」

 ヒュクトーは勝利を確信した刹那、すれ違った矢が爆発し、同時に飛翔していた2本を弾く。

 「飛翔している矢を狙っただと!?」

 爆炎を抜けて4発の迎撃弾が狙撃弾に代わる。

 ヒュッオン 微かな音だけを発し、非情の矢は的に吸い込まれる。

 狩りの女神アルテミスが放ったごとき矢は、ヒュクトーの両肩、両大腿に着弾し爆発する。

 バッバッバッバンッ

 「うぎゃぁぁぁああっ」

 捥ぎれた手足が地に落ちて同体だけとなったヒュクトーは無様に転がった。

 「そんなっ、この俺が人間の女に弓で負けるなど!あり得ん!」

 ⦅ そんな姿になっても良く喋るわね ⦆

 「く、くそっ、なんで見える、何で…」

 ⦅ 私のことを知りたければ、地獄でヒュドラ坊やに聞くのね ⦆

 「はっ!?」

 高空から点が降ってくる、真上に打ち上げられた矢が顔をめがけて。

 「はあっ、やめろ!やめろー!」

 スドンッ バンッ


 最後に顔面を粉砕されたヒュクトーは誰であったのかは不明な躯となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る