第37話 誰が為に
その後、蟻獅子と2、3やり取りをしたのちに分かれた。
ひとつは今後どうするのか。
ユニオンで仕入れた情報、オールド・オランド、ヒュクトー隊が蟻獅子討伐に出陣したらしい事、これは蟻獅子も把握していた。
罠を張って狩るつもりだという。
しかし、相手は100人規模、1人でどうにか出来るとは思えない。
「1人では無理です、私も手伝います」
「君には関係ないことだ、巻き込む訳にはいかない」
気遣いが心を抉る。
二つ目は、今どこに住んでいるのか。
以外にもすんなり答えてくれた。
「北の廃墟となった繁華街跡地だ、めったに人は入ってこない」
古戦場に向かった時に生活感のあった住居、あれがそうだったのか。
こちらの住居が宗一郎の工房だと教えたら、2人はさらに驚いていた。
「なるほど、先の工房主が創作したなら、その弓の性能にも合点がいく」
ミロクのパドマは順調に回復し、エンパスを介した会話はスムーズになっていた。
頭頂のパドマの方が他の部分より先に動き出しているようだ。
アールヴ種のもつ才能なのかもしれない。
意識の発信も遠くないだろう。
2人が墓所の清掃を手伝ってくれたおかげで、春まで掃除はいらないだろう。
ほどなく2人は廃墟の住居へ戻っていった。
ヘリオスの肩の上にミロクが乗って手を振っていた、こちらも大きく振り返す。
今、彼の隣にいるべきなのは私じゃない。
ひとり残された墓碑の前に座り、山の影に落ちる太陽を見ていた。
声は出なかったが涙が止まらなく流れ落ちた。
ヘリオスが激情を解放した時、彼の過去の慟哭の記憶が流れ込んできた。
彼を怪物、蟻獅子ミルレオに変えてしまったのは私のせいだ。
孤独と哀しみ、私に対する愛情がそうさせた。
彼も復讐後の破滅を望み、終着点に進んでいる。
死地が私と彼の約束の場所であるように。
「生きて、戦え」
復讐を果たし、死ぬために。
「違う、死なせない!」
唐突に自分の役割を得た気がした、メイとして復活しイージスという力を得た。
「生きて、戦うために」
「そう、愛する人を守るために」
儚く脆く優しいだけのイシスはもういない、今ここに生きているのは私だ。
愛した人は無事で生きていた、それで十分だ。
もう、守ってもらうだけの存在じゃない、私は強い。
愛されなくてもいい、私が愛を返す、愛することが生きること。
戦う理由。
涙を拭いて立ち上がる。
「彼らを守る」
薄暗くなる前に、エルーと共に走り出した。
「どうしたのだ、何があった」
「何でもないわ、ちょっとセンチになっただけよ」
やっぱり宗一郎には隠し切れない、顔を見るなり問い詰められた。
「お前が言いたくないのなら聞かないが、辛くなったらいつでも話せ」
「ありがとう、そうする」
直ぐにでも打ち明けてしまえば楽になれるだろう、でも結果は変わらない。
この痛みは宗一郎に共有させるべきじゃない。
この事は私1人の胸にしまっておく、私が逝く時まで誰にも話さないと決めた。
「蟻獅子の討伐隊がオールド・オランドから出発したらしいの」
「アエリアを殺されては黙っているわけには行かないのだろうな」
「蟻獅子も迎え撃つでしょうけど、ヒュクトーは私が狩るわ」
「弓の王子が相手か」
「弓対弓なら負けないわ」
「変わったな」
「いつまでも守ってもらうばかりじゃない」
「今度は私が守る側」
「強くなったのだな」
「怪物と呼ばれるほどにね、まったく失礼だわ、こんなかわいい娘を捕まえて」
「死ぬなよ」
「もちろんよ、必ず生きてここに帰ってくる、約束するわ」
この人を悲しませるような事はしてはいけない、してくれたことを無駄には出来ない。
メイの身体は無事に返す。
「それとな、今朝頼んだものなのだが……」
「?なんだっけ」
「やっぱり忘れていたか、寸法表だ」
「ああ、そうだ忘れていた、急いで測ってくるわ」
「うむ、間に合わなくなるからな」
「じゃあ、やっぱり宗一郎が測る?」
「いいから早くいけ」
行きかけて振り向く。
「今日のメニューは?」
「パエリアだ、特大エビとホタテの貝柱入り」
「やった、おかわり確定」
2人で向き合って親指を立てた。
蟻獅子は少し優しい顔になった。
思い人だったイシスさんの墓碑を見つけて最後を聞けたからだろう。
ヘリオスの大きな後悔や惜別の念は消えないけれど、少なくとも屋根の下で怯えることなく逝けたのだと思うと、少しだけ許された気持ちになる。
野晒しの躯ではなく墓碑を持ち、きちんと埋葬されていたことも心を軽くした。
修繕されたハルバートは、先の装備が変わっている。
中央の槍は諸刃の刃状となり、斧部分はハンマー状の突起が並んでいる、反対側も同様だ。
蟻獅子の剣技を生かしたハルバート、このハンマーなら相手の大剣を砕き、プレートアーマーの上から内側の肉を粉砕出来る。
手や足を打てば、変形したアーマーが相手の動きを縛る。
ブゥオン、ブンッ
振り回すと特質すべきはバランスの良さだ、左右どちらに回しても重量配分が均等だ。
さらに驚くべきはしなやかさ、力を入れると柄が適度にしなり突端の斧がより加速して相手を破壊する。
中身のない甲冑を試しに叩くとハンマーは甲冑の半分以上にめり込んだ、そして食い込まない。
めり込んだハンマーがスッと外れるのだ。
剣撃の速度が上がる。
「やるな、店主」
ヘリオスはヒュクトーというオーガを良く知っていた、冥界城においては異端、およそ王には向いていない男だ。
そんな奴が討伐に出陣したのは表向きだろう、きっと、たいしてやる気はないに違いない。
だが、最もサイコパスな変態はヒュクトーだ。
手足の関節を外して、痛みに絶叫する女を犯すのが趣味だ、用が済むと再び関節を嵌めてから優しい偽善の言葉を使う。
それを日に何度も繰り返す。
あまりの悲鳴に部屋に入ると従者のジルとともに2人がかりで半殺しにされた。
殴られることなど、どうということはないが、それを見たイシスは2人に懇願した。
⦅私を殺してもいいから、その人を殴らないで⦆
奴らは笑いながら、さらにイシスの関節を外してその様を俺に見せた。
忘れるわけがない、絶対に許さない。
その手足、関節をバラバラに砕き地獄に送ってやる。
ハルバートが空を裂く音が廃墟に響く。
何者も近づくことを許さない鬼火が、再びヘリオスを怪物に変えていた。
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