第33話 冥界

この日、冥界城は騒然となっていた。

なぜならエチダ藩に虐殺通告まで行い、ほんの余興のつもりで狩に出かけたアエリア王子以下、百人長4名とオーガ兵40名が全滅したとの知らせが入ったからだ。


「信じられません、あのアエリア王子が人間に屠られるとは」

「なにかの陰謀ではないか」

「ひょっとして、次期王様争いの暗殺ではないのか」

「おい、不遜だぞ、王族の方に聞かれでもしたら命はないぞ」

「しかしだな、武力ではメイデス王に匹敵すると言われたアエリア様だぞ」

「まともにやり合って勝てるものなどオーガ族でも一握りのはずだ」


 噂話の中にもう一人が加わる、アエリアの遺体を古戦場から運んできた一人だ。

「おい、聞いてくれ、変なんだ」

「早いな、もう遺体回収から戻ったのか」

「今さ、城に着いたら直ぐに追っ払われたよ」

「遺体の損傷が酷いということか」

「違うんだ、逆だ」

「ああ、切り傷や刺し傷は首だけだが、脳みそが液化して鼻や耳から流れ出していたんだ」

「なんだ、それは、毒か何かなのか」

「わからん、それに体中の血液がほとんど残っていないんだ」

「首の傷か」

「不気味だな、呪いとかじゃ」

「そうだ、昔エルフの娘を攫って殺しちまった事があったろう」

「ワンドロップのヘリオス事件のことだな」

「第三王妃レンケール様一家破滅もそうじゃないのか」

「確かにそうだな」

「エルフの呪いに違いない」

「だとすれば、この殺しはまだまだ続くぞ」


下級オーガたちの間には様々な憶測が飛び交っていた。


メイデス王謁見の間

 メイデス王に最も近いと言われていたアエリア王子の死はヒュドラ王子の時と違い少なからずメイデス王に衝撃を与えていた。

 「信じられんことだ……アエリアが死するとは」

 メイデスの寿命を考えると、数年の間に次期王を決定し戴冠させなければならない。

 第一候補が第一王妃長兄レイウー、そして第二候補が第二王妃長兄のアエリアだった、次期王争いの中でもこの二人が抜けた存在であり、普段から凌ぎを削っていた。

 しかし、現王メイデスに考え方が近いのはアエリアであったため、メイデス王の心中では八割がたアエリア王子を次期王として立てる心づもりだった。


 しかも、こちらから虐殺通告をした人間狩りに出向いて返り討ちになった言う不名誉な死に様。

 暗殺であろうが何であろうが言い訳出来ない。

 墓所もヒュドラ同様に存在無き者とせざるを得ない。


 「暗殺の可能性はないのか」

 報告に来ていた能面の鬼アエリア王子付の侍従長は平伏したまま床に向かって、報告した。

 「はい、アエリア様に止めを刺したのは蟻獅子と称される者のようです」

 「蟻獅子ミルレオか、聞き及んでおるが、アエリアを打ち取れるほどの者だったのか」

 「はい、ですが見ていた人間の隠密によりますと、何やら幻術のような技を使う女がいたそうです」

 「女や幻術でアエリアが斃されるとは思えん」

 「蟻獅子か、王族の威厳に関わる、討伐隊を編成して早急に首をとらせろ」


(冥界城 第一旅団 執務室)

王位継承第一位 長兄レイウーを隊長とする旅団幹部が執務室に集合していた。

 「レイウー様、アエリア様の件どうなさるおつもりでしょうか」

 「どうとは?」

 長兄レイウーは能面の鬼と称されたアエリアとは違い、温和な顔立ち、目鼻立ちははっきりとしていて口髭を延ばしているが綺麗に整えられている。

 体躯はアエリアよりも更に大きく2.8m、300キロと怪物そのものだ。

 座しているソファもトラックの荷台サイズで巨木の幹から掘り出した一品物、部屋の調度品もこだわりが感じられるものが多く、メイデス王とは趣向が異なることが伺える。

 「蟻獅子討伐の件でございます、アエリア様実弟のヒュクトー様が部隊を編成しており、協力の依頼がきております」

 「そうだったな、では5人ほど雑魚兵を貸してやろう」

 「レイウー様は討伐隊には参加なされないのですか」

 「蟻獅子だったか、その一人のために我が出陣する必要があろうか、のうクトニアよ」

 クトニアはレイウーの実弟、王位継承権第三位となっていた。

 「その通りです、人間に屠られるような弱者、淘汰されて当然です、次期王が自ら足を運ぶなどあり得ません」

 「しかし、メイデス王の心象が……」

 レイウーは口髭を触りながら部屋の全員を見据えて話し出した。

 「私は、現王やアエリアのような考え方は危険だと思っている」

 「危険とは?」

 「人間やエルフ共を甘く見ているところだ」

 「特に人間は危険だ、一対一なら確かに負けぬかもしれん、しかし奴らの武器や機械を想像し作る技術は馬鹿にならん」

 「我らに比べて、奴らの寿命は長い、経験を生かす時間があるということだ」

 「いつか、腕力が経験に劣る時代がくると私は思う」

 いつになく深刻な話に参集した面々は静かになる。

 「本当にそのような事が起こるのでしょうか」

 「お前たちも見たことがあるだろう、銃というやつを」

 「はい、爆音を放ち、小さな金属を飛ばす武器でございますね」

 「しかし、我らがアーマーを貫く力はありません」

 「今はな、あれが発達し強力なものとなれば個人の腕力は無に帰す」

 

 現実が見えている数少ないオーガの1人がレイウーだ。

 

 「だからこそなのだ、奴らとの腕試しなどしている場合ではないのだ、追いつかれる前に今滅しなければならんのだ」

 「!」

 「殲滅戦ですか、レイウー様」

 「そうだ、やつらの文明を一度叩き潰して、我らオーガ一強の時代を引き継いでいくのだ」

 「だが……女は残せ、子孫たちの寿命と我らの楽しみのためにな」


 レイウー配下の部下たちは殲滅戦に向けた準備を水面下で始めた。

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