第32話 破鎧槌

師匠のハルバートが折られた。

 斧部分の破損兆候はあった、叩きつけるような戦い方を続けてきたつけだ。

 重量級のハルバートにスピードを乗せて、斬るのではなく押しつぶす、斧ではなくハンマーのような使い方をしてきていた。

 フルプレートアーマーを刀で攻撃するためには露出している部分以外を狙う以外不可能だ、刃など要らなかったかもしれない。

 

 廃墟の隠れ家に戻った蟻獅子ミルレオは、鎧を解くと有り金を持ってハルバートの修理と改造のため武器工房を訪ねることにした。

 ミロクも連れていく、昨日の今日で一人にするのは心配だった。

 今回のことで思い知った。


 「もう、身近な誰かを見送ることになるのはたくさんだ」


 愛や恋でなくても、関わってしまった以上、知らん振りは出来ない。

 イシスの二の舞だけは出来ない。

 それは彼女に対する裏切りになる。

 このエルフの娘は必ず守る、守りながら戦う。


 武器屋の当てはあった、タタラ山の麓に偏屈な人間が営む武器工房があると街で聞いていた。

 最新技術を駆使した一品物ばかりを創作しており、腕は確かだという。


 肩の上のミロクはやけに静かだ、反省しているのかと思ったが、そうではないらしい。

 目を閉じて瞑想しているようにユラユラと揺れている。

 何をしているのか聞いてみようかと思ったが、どうせ詳しくは分からない。

 

 武器工房は販売店というだけではないため外見は小さな工場、屋根には煙突が伸びて煙が棚引いている。

 開け放たれた大きな扉から中が見える、金属を叩く音が規則的に聞こえてくる。

 店主はいるようだ。

 カンッ、カンッ、カンッ

 水車を動力にしたベルトハンマーと現代では呼ばれるマシンだ。

 店主は精神世界の満足など求めていない、現実的な効率と品質のみを追求している。

 工場内は作業別の小部屋に区分されている、意味不明な器具が置かれているが整然と製品が並べられている。

 作業に没頭している店主に声をかけるタイミングを探していると

 「そこの大テーブルのところで待っていてくれ」

 振り返りもしない店主から先に声がかかった。

 入ってきた2人に気付いていたらしい。

 ミルレオは手を挙げて返事の代わりとした。

 ミロクと共に大テーブルの前に置かれた椅子に腰かけた、小部屋の整頓とは違い大テーブルの上は工具や図面や飲み物やらで、大運動会の最中のようだ。

 カンッ、カンッ、カンッ 音と火花が続く。

 存在を忘れ去られたかと思った頃、ベルトハンマーの音が止まった。

 「すまない、待たせたな」

 背の高い禿げた丸眼鏡の親父が作業手袋を外しながら近づいてくる。

 「して、要件を聞こう」

 ミルレオはハルバートと折れた斧をテーブルの上に置いた。

 「修理を頼みたい」

 「ほう、ほーう」

 「ちょっと、拝見」

 店主はハルバートを取ると舐め回すように細部まで顔を近づけて見ていく。

 「んー、これは、ほうほう」

 独り言が多くなる、良い物を見た時の店主の癖だ。

 「ふいーー」

 上等な酒でも堪能した後のようにハルバートを置いて感嘆の息をついた。

 「お前さんの素性は聞かんが、斧を破壊された状況を教えてくれるかい」

 「かまわん、俺はミルレオ、このエルフの娘はミロク、相棒だ」

 「!!」

 店主は思い当たるようだ。

 「!」

 ミロクは相棒と紹介されて涙ぐんだ。

 「ハルバートの斧は両手鉈で挟まれて折られた」

 「……よほど巨大な相手だったのだな、よく今生きている」

 「助けられた、すごい女だった」

 「!……その娘はどうした?」

 知っていると直感したが、余計な詮索は無用だろう。

 「気を失っていたが無事だと思う……なにか心当たりがあるのか?」

 「いや、なんでもないが次にその娘に会ったら、あんたが助けてあげてくれ」

 「無論だ、このミロクと、メイという娘だったな、恩人だ」

 「そうか……分かった、修理は引き受ける」

 「本当か、直せるのか」

 店主は顎に手を当てながら不意にミルレオに質問した。


 「刀はなぜ切れると思う」

 突然の質問にミルレオはきょとんとしてしまったが一般的な答えを返してみる。

 「鋭利で固いものが、重さと速度をもってあたるからだ」

 「では、なぜ待ち構えた鉈にハルバートの斧は折られたのか」

 「?確かにそうだな」

 「鋭利であること、これは正解だ、もう一点重要なことは面積と圧力だ」

 「包丁でトマトを切ろうとするとき、垂直に押しても潰してしまうだろう、しかし引いてみると包丁は入っていく、また先端を刺せば簡単に入る」

 「なにが言いたいのだ」

 「ミルレオさん、あんたフルプレートアーマー相手に斧で挑んでいるのだろう」

 「むっ、そのとおりだ」

 「切断できたことはあるか」

 「ない、もとより両断出来るとは思っていない、叩き潰す」

 「やはりな、なら斧など、いや刃などいらないとは思わないか」

 「しかし、槍だけでは火力不足だ」

 ふふん、と鼻を鳴らして小部屋に何かを取りに行く。

 「答えはこれだ」

 ドンとテーブルの上に置いたのは奇妙な刃のない斧状のものだ。

 斧の先端に茸のように丸いこぶが並んでいる。

 「これは、アーマークラッシャー、破鎧槌(はがい つい)という」

 「破鎧槌?聞いたことがないな」

 「そうたろう、俺様が開祖だからな」

 ミロクの胴回りぐらいありそうな腕を組む、いったいどれほどの握力を持っているのか。

 「斬ることを前提としないなら、鼻から刃はいらない、壊れるだけだ、なら叩き潰すのに特化した方が合理的だとは思わないか」

 「……」

 理屈は合っている、確かにこれなら折られることはない、逆に折ることが出来たかもしれない。

 「おそらく、これの方があんたの剣技を生かすことが出来ると思うね」

 「……分かった、あんたに任せる」

 「了解した、一週間後に来てくれるか」

 「あと二つ頼みがある」

 「なんだ」

 「一つ目は銘は入れないでくれないか、迷惑をかけるかもしれない、二つ目は出来上がるまでの予備のハルバートを売ってくれ」

 「そんなことならお安い御用だ、向こうの棚にある、好きなものを持っていきな」

 「助かる」

 「以外と人間くさいのだな、蟻獅子は」

 「知っていたか」

 「この業界にいればな」

 「一週間後にまた来る」


 蟻獅子はエルフの娘を肩に乗せて森に消えていった。

 「メイはやり遂げたのだな、しかし数奇なものだ、人の出会いとは」

 テーブルの上のハルバートを撫でて呟く。

 「お前も手伝ってくれたのだな、約束しよう、俺が必ず復活させて主人のもとに還してやる」


 「さあて、メイが帰ってきたら、なにを食わせるかな……」

 「さぞや腹の虫が鳴っているだろう」

 


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