第30話 エンパスの矢

 ブヴゥゥゥゥン

 「また、きたぞ」

 「神弓が来るのか!?」

 「アエリアの弱点看破か!?」

 「どうしたらいいんだい、女神様、教えておくれ」

 

 全員が感応の方向を察して振り向いた先、150mほど先の丘に二人の人影が見えた。

 傍に馬か鹿がいる。

 女神でも悪魔でもない人間だ。


 「あの人影か」


 「むっ!?」

 至近距離での感応、さすがに鈍感なアエリアも気が付く。


 プツッ

 

 「!?」

 「どうした、さっきまでの感覚が切れたみたいだ」

 「分からん、なにかあったのか」


 「そういえばもう一人いたな」

 「顔くらいみてやろう」

 周りを無視してメイたちに向かって歩き出す。


 視力には自信のあるタスマン少尉が目を凝らす。

 「……倒れているみたいだ」

 「なに、やられたのか」

 「分からない、でも一人は倒れていて動かない」

 

 蟻獅子ミルレオもメイたちに気が付いた、小さな人影を見つめる。

 「!?」

  ⦅あれは、ミロクじゃないのか、なぜここにいる⦆

  ⦅まさか、俺を追ってきたのか⦆

  ⦅なんてことだ!⦆

 イシスを目の前で失った悔恨が再び訪れようとしている。

 「おい、オーガ女、ここは俺が食い止める、あの2人をここから逃がしてやってくれ」

 「!?蟻獅子が喋った」

 「儂からも頼もう、あの2人には恩がある」

 「そうだね、僕も助けてもらっているからね」

 「なんだい、仕方ないねえ、とはいえ恩があるのは私らも同じ、引き受けたよ」


 ミヤビたち3人がメイたちのもとに走る。

 蟻獅子、リンジン、タスマン少尉の3人がアエリアの前に立ち塞がる。

 「なんのつもりだ、死に急ぐとも止めはせんがな」

 蟻獅子のハルバートの火力を奪えば、アエリアにとって、あとは豆鉄砲のようなものだ。

 「恐れるに足らん」

 実際そうだった。

 正面から蟻獅子が斧を失ったハルバートを槍のように突くが、分厚い鎧を貫くことが出来ない、決定打を編むまでの駒が少なすぎる。

 「ちいいっ」

 蟻獅子から焦りの声が漏れる。


 真後からリンジンが隙間を狙うが後ろ向きに可動してくる右腕と間合いの遠さに苦戦していた。

 「ぬうっ、遠い、我が長刃がとどかん!」

 能面の切れ長の視界を草食動物並みの250°以上、からくり人形のように揺れる頭に死角はほとんど存在しない。


 タスマン少尉に至っては近づくことも難しい、大きすぎる武器と回転の速さに、縄跳びの輪の中に飛び込むことが出来ないでいた。

 迫る鉈をネックナイフでは捌けない。

 「シッッ」

 一瞬の間を付いて前転しながら足元に転がり込んで足首をネックナイフで狙う。

 もらった、と思った瞬間45㎝の踵が飛んできた。

 ボガッ

 丸太で殴られたような衝撃、小柄なタスマン少尉は5mを吹き飛ばされる。

 「うげっ」

 革の当身しか付けていないタスマン少尉のあばら骨の数本が複雑骨折する。


 3人同時でもアエリアの進撃を止めることが叶わない。

 圧倒的質量が3人の技と知恵を凌駕する。

 オールド・オランド王位継承第2位アエリア王子とは、これほどの実力者だったのか。

 準備が足らなかった、もっと強力な火力が必要だった。

 蟻獅子は奥歯を噛んだが時はもう遅い、刃は折れた。

 しかし、ミロクだけは絶対に助ける、絶対にだ。

 イシスの二の舞にはさせない。

 

 イシスはメイの夢を見ていた。

 小さな女の子が手招きして自分を呼んでいる、どこかであった気がする。

 ⦅誰、あなたは誰?⦆

 ⦅私を知っているの?⦆

 ⦅だめ、眠いわ、もう少し寝かせておいて⦆

 ≪……きて……もう少し≫

 ⦅何処へ⦆

  ≪私と一緒に……≫

 あの娘は……

  ≪私はメイ、イシスはメイ、メイはイシス≫

  ≪イシスが私に命をくれた≫

 イシスは、その娘に手を伸ばした。

 2人の手が重なり、しっかりと握り合った。


 ミロクは気を失っているメイをエルーに乗せようと藻掻いていた。

 力の抜けた人間は重い。

  ⦅メイさん、しっかりして⦆

  ⦅この人だけは死なせない、きっとミルレオ様の助けになる人⦆

  ⦅この人ならミルレオ様の願いを叶えてあげられる⦆


 ドズゥン ドズゥン ガッキャアン


 アエリアと3人がやり合う音が近づいてくる。


 ミヤビたちがミロクとメイの前に到着したが、もうすぐ後ろにアエリアは迫っていた。

 「ちくしょう、全然止まらないじゃないか」

 リンとカエデが盾を合わせてアエリアに突進する。

 「立てるかい、女神の2人?」

 ミロクが首を振る。

 「こりゃあ、全員討ち死にかね」

 薙刀を前に構えたミヤビはやや捨て鉢だ。


 どちらが先に動き始めたのか。

 メイとミロクの登頂のパドマが回り始めていた、1人では動かなかったのだろう、イシスとメイ、そしてミロクのパドマが感応したのだ。

 小さかった還流は徐々に大きくなっていく。


 ドッズン


 「そこの者か、先の弓はお前だな」

 能面がミロクとメイを見た。

「ぬっ、またしても女だと」

 「我が兵たちは女に屠られたというのか」

 「許すまじ、断罪に値する」


 「おおおおっ」

 リンとカエデの楕円盾の突進。

 「ふんっ」

 ギャァリリリィン

 巨大な鉈の横凪が2人を盾ごと吹き飛ばした。

 「きゃああっ」

 

 あと数歩でミロクたちはアエリアの間合いに捉えられる。

 「ミロク!逃げろ」

 蟻獅子がハルバートを捨ててアエリアに飛び掛かった、首に飛びつきヘッドロックをかける。

 「玉砕上等だ!」

 ミヤビも足にしがみつく。

 リンジンもタスマンもリンとカエデも。

 全員がアエリアにしがみついて、その歩みに抵抗するが巨人の歩みは止まらない。


 頭頂のパドマの発動


 初めてメイの登頂のパドマ サハスマーラが完全に動き出した。

 他の6つのパドマとはエネルギーを別にもつ特別で最上のパドマ。

 パドマの還流が加速し、渦を巻きメイの身体を白い螺旋が巡る。

 ゆらりと立ち上る湯気のようにメイが立ち上がる。

 「は!?メイさん」

 しかし、その顔は意識を失ったまま首を下げ、瞳を閉じている。

 

 「女、ミロクを、ミロクを連れて逃げてくれ、早く!」

 「だめだっ、止められない」


 「イージス……起動」

 ブウゥゥン

 「ぐあっ」

 「ぬあっ、なんだ」

 「焼ける、頭が!」

 至近距離での起動、周囲の全員が脳に異常を起こした。

 メイの左手がコンパウンドボウを握っている、存在しない弓を番える。

 「ぎっ、これは貴様の仕業か」

 ドズゥン

 アエリアが膝を付き、絡まっていた全員が地に落ちた。

 イージスの波動が絞られていく、螺旋を描いて円から錐に、細く、圧縮されていく。

 ミロクが見上げたメイの右手に引いている矢が見える、白く淡く揺らめく光の矢。

 イージスの感応が光の矢に収束していく。

 「消えた、なんだ、今のは?」

 アエリアが弓を番えず弦を引くメイを見て嗤う。

 「気でも触れたか」

 ミロク以外に光る矢を見ることはない、不可視の矢。

 

 バヒュッ


 いっぱいまで引かれた弦は不可視の矢を弾き出す、白い糸を引きながら。


 不可視の矢がアエリアの額に吸い込まれる。

 

 「がぁっ」

 

 アエリアが突然のけ反った。


 「何っ!?」


 メイが矢を放つ真似をしたタイミングでアエリアがのけ反ったようにミロク以外の全員には見えた。

 パドマの還流の渦の中で、まるで祈る様に、メイが不可視の糸に繋がる白い糸を右手の親指と人差し指に摘まむ。

 うっすらと目が開いたのだろうか、長い睫毛が揺れる。

 「爆ぜろ」

 色を失った唇が小さく呟いた。


 バシャッ


 「ぶばぁっ」


 「!?」


 突然、アエリアが目と耳、鼻から鮮血を噴出して前のめりに倒れ始める。

 3m近い巨体が倒れようとする場所にはメイとミロクがいる。

 300キロに押しつぶされてしまう。

 ダッと蟻獅子がメイとミロクの2人をアエリアが倒れる前に両脇に攫う。


 ドッズウゥゥゥン


 アエリアは地に伏し、2度と起き上がることは無かった。

 脳だけを破壊されたアエリアの心臓は動き続け、巨大な心臓の鼓動に合わせ古戦場が飲み切れぬほどの血を絞り続けて、その盃を満たした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る