第29話 オーバーロード
メイはイージスの機動を解き、ガクッと片膝を地につけた。
頭痛と吐き気が酷い。
間違いなくイージスを酷使し過ぎていた。
顔色が悪い。
「あうう」
ミロクが心配して駆け寄り、手を取る。
⦅大丈夫?無理しないで⦆
「ありがとう、でもここからが正念場よ」
連続してパドマをフル運転しながら、最大の索敵範囲でイージスを展開、集まる感応の情報を読み取り、処理した情報を感応に乗せて伝える。
メイの脳は次々に飛び込んでくる情報を処理するために、使用過多による体内の酸素濃度低下、エネルギーとなるグルコースの枯渇を引き起こし低血糖状態となっている。
唯一ケトン体が代役として活用されているが最大出力は70%ほどになる。
体内のミトコンドリアがエネルギーの循環に奔走しているが、活性酸素による機能低下は免れない。
これが進むとやがて意識喪失となり、心疾患や脳疾患を引き起こす。
確実にメイの身体は危険領域に踏み込んでいる。
「でも、この距離はもう無理ね」
2人はエルーに跨ると陣への距離を近づけていった。
アエリア対蟻獅子ミルレオの凄まじい剣撃の応酬が続いていた。
ガァキィン バチッ ビュウオォォ
周囲を囲むトウコや他の戦士たちが剣を挟む隙間がない。
「ダメだ、近づけない」
「なんて早さなの、そして間合いが遠い」
「これじゃ薙刀でも届かないわ」
「剣撃の旋風に巻き込まれると死ぬぞ、離れろ!」
災害クラスの竜巻が陣の中を吹き荒れる。
蟻獅子のハルバートは止まらない螺旋を描いて唸る、軌道を変え、速度を変え、複雑に技を編み上げる。
止まらない螺旋の中には、決定打が混ぜられているが巨大な斧の前に通らない。
早くはない動きのアエリアだが攻撃時の大きな振りと違い、防御時は腕をたたみコンパクトに最小の動きで黒獅子の動きに対応している。
大雑把なようで考えられている。
蟻獅子がリズムを崩して背後を取る、決定打の機。
能面の首と腕があり得ない方向に、グルリと向きを変える。
「!!」
首が真後ろを向き、腕は外れでもしたかのように背中の前に平然と構える。
「どうした、撃ち込んで来い」
気味の悪い人形のようだ、首と腕を逆向きに付け替えたように平然と斧を構える。
「我は関節の柔軟性が自慢なのだ、天が与えた奇跡、背後を取っても無意味だ」
不意をつくことは出来ない、決定打を思い留まる。
連撃を繰り出し続けている蟻獅子ミルレオに疲れが見える、目に見えて速度が落ちている。
規格外の体躯の前に無名の奥義が通らない。
本当にそうか、勝利へのストーリーはないのか。
「来ぬなら、こちらからいくぞ」
ズゥォン ズゥン
能面の亀裂のような口から細く赤い舌が覗く。
ギイィキキキッ ギィィィィキィ
斧の刃を合わせ、研ぐように擦り合わせる。
「キィキッキッキッキ」
「我が糧となれ、蟻獅子ミルレオ」
アエリアの十字斬りが迫る。
蟻獅子は受けに廻ると不利だ、1.5倍の対格差、一撃の重さは歴然。
アエリアが2倍の歩幅をさらに広げて踏み込む。
「死ぃねぇぇ!」
ギリィッッッ
ツイーとハルバートの柄を斧が滑る。
ドズゥンッ 斧が地にめり込む。
「しっ!」
下段から打ち上げられる閃光。
ガヒュッ ギイィィン
「ぬおっ!」
ハルバートのスピアがアエリアの帷子を削り、頬を掠める、裂かれた皮膚から血が噴出する、が浅い。
能面の無表情が崩れる、切られた側の頬から血が滴る。
「我が面に傷だと!」
疲れも、落ちた速度もフェイクだ、最初から紡がれた技はこの一撃のために編まれていた。
「面白い!面白い!面白いぞ!蟻獅子ミルレオ」
能面の鬼が笑う、狂気を孕んだ糸目と柳葉の口が三日月に持ち上がる。
アエリアに刃を届かせたのは今までの生涯で王位継承第1位のレイウーのみ。
闘気が2.8mの身体から迸る。
モブのオーガ兵や百人長たちとは明らかに格が違う、規格外の生物、正面から向き合えばヒグマも逃げ出すだろう圧倒的な威圧感。
「いいぞ、これこそが我が求めていた闘争、来い、もっと喰わせろ」
「キィエェェェェェー」
蟻獅子の旋風が再び最大速で始まる。
バッチィィ ギィィン バヒュッ
鉛色の閃光がアエリアの周囲に煌めく、斧を交差して構え間合いを平然と詰めてくる。
斜めの螺旋が垂直に変化しアエリアの頭上に降る。
バッキィィィン!!
砕け散った刃が光輝きながら水飛沫のように飛び散った。
「!!」
蟻獅子ミルレオのハルバートの斧部分がアエリアの交差させた鉈によって挟み切られたのだ。
蟻獅子が飛び退き距離をとる。
「貴様、終わったな」
先代蟻獅子が人間の刀匠に作らせたというハルバートは斧部分を粉砕されて槍の能力のみとなった、戦力減は大きい。
アエリアはとー周囲の戦士たちを見下しながらベロリと赤い舌を舐め回す。
「まずは黒獅子を食い尽くし、お前達も全て食らってやる」
アエリアはまず好きなものから食い尽くす、食事の順番などは考えない。
ナイフを鉈に変えてテーブルに用意された戦士という好物を食い尽くす食事を始めよう。
「涎が止まらぬわ」
メイとミロクは陣が目視できるところまで接近してきていた。
「あうう」
『様子がおかしい』
『巨人を囲む人たちに動きがない』
『ミルレオ様は無事なの』
劣勢に陥っているように感じる。
見上げたメイは、相変わらず顔色が悪い。
パドマのフル運転にも関わらず冷や汗と手の震えが止まらないようだ。
『私に何か出来ることはないの』
メイがエルーを止める。
「まずいことになってる……蟻獅子のハルバートが壊されているわ」
「!?」
エルーから降りると再び狙撃の準備を始める。
明らかに弓が重そうだ、この上にイージスを起動させることが出来るのか。
ミロクがメイの手を取って制止する。
『駄目よ、死んじゃうよ』
「ありがとう、ミロク、心配してくれて……でもみんなを助けなきゃ」
立ち上がったメイはふら付いている。
後ろから抱えるようにミロクが抱いて支える。
「ミロク、イージスを起動する、離れていて」
「あうう」
『大丈夫、慣れたわ』
「でも……」
『私には構わずミルレオ様の助けを!お願い』
「分かった、距離も近いから加減できるか分からないけどやってみる」
深く深呼吸をひとつ。
「イージス起動!」
ブブゥゥゥン
強烈な波動が至近距離でミロクの脳を直撃する。
「!!」
バチッバチッバチッ
頭の中で何かが火花を散らして弾けていく、破壊されていく、外殻の固い瘡蓋がはがれていく。
メイはアエリアのヘドロのような意識の海にダイブして弱点を探す。
この時も方向を指定できないため全員の情報が流れ込んでしまう、処理が追い付かない。
「なにか、なにかないの!?」
必死に掬いあげる中に有益なものがない、アエリアに身体的な弱点はない。
プツッ
突然、メイのイージスが途絶える、と同時にメイの身体が重くなり支えきれずにミロクは一緒に転倒してしまう。
「いいっ」
『メイ、しっかり!』
気を失ってしまっている、身体が冷たい、パドマの還流も弱い。
「そういえばもう一人いたな!」
アエリアが失念していたのだろうメイの存在を至近距離からの感応で思い出したようだ。
「そっちか、顔ぐらいみてやろう」
巨人が、蟻獅子たちをまるでもういないように、メイとミロクの方向に歩き出した。
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