第28話 白のイージス

「蟻獅子ミルレオか、知っておるぞ」

 ズゥン、ズゥン

 アエリアが踏み出してくる。

 「兵たちよ、他の奴はくれてやる、こいつの相手は私がしよう」

 「まっ、まて5番勝負は終わっている、4勝1敗で我々の勝ち越しではないか」

 トウコが前に進み出る。

 「フッ、無粋なことを、これで終わるわけなかろう」

 「そのとおりさ、藩主トウコ、我らとてこのまま終わらせない」

 オーガの女剣士ミヤビがトウコの前に出る。

 「ミヤビ、死ぬぞ」

「それはどうかな、そこの蟻獅子も、姿を見せないアルテミスも我らと目的は同じらしい」

 「しかし、オーガ兵だけでも我らの倍はいるのだぞ」

 「たぶん、大丈夫じゃないかな、きっとくるよ、ローレライの唄声が」

 タスマン少尉がネックナイフを装着する。


 ブヴゥゥゥゥン イージスの波が陣を包む。


 「やっぱりきたね」

 「!?なに」


 『見つけたわ、アエリア、必ず地獄に導いてあげる』


 「ぬっ、頭の中に声が……」


 「みんな、動くな、神弓が来るぞ」


 バヒュッ、ズガン、バヒュッ、ズガン

 オーガ兵の鎧を貫いた矢が肉の内部で炸裂する。

 「ぎゃっ」

 「ばっがっ」

 一矢一殺の殺戮劇が能面の鬼の前で繰り広げられる。

 ヒュウォン、ドズン ヒュウオン、ドズン

 「なにをしている、矢の一本ごときで地に伏すなどオーガ兵の名折れ、早く立たぬか」

 アエリアが叱責するが倒れた兵士たちは動かない。

 「無理でしょ、死んでるもん」

 状況を理解した兵たちが狙撃を避けるためトウコたちとの距離を詰めてくる。

 オーガ兵は一対一まで、その数を減らしていた。


 「ここからは我らに任せてもらおうか」

 リンジンの縮地がオーガ兵の死角へ飛ぶ。

 3組の剣士と戦士がオーガ兵に襲いかかった。


 蟻獅子ミルレオとアエリアは見合ったまま動かない。

 北風が二人の間に埃を巻き上げた瞬間。

 「キィエェェェェェーッ」

 蟻獅子慟哭の叫び、狂戦士と化した怪物が全出力を解放する。

 ギュオッ

 影がゆらめいた一瞬、ハルバートは空を駆けて上段から能面を急襲する。

 ガッキィィィッ

 金属どうしの潰し合いで散る火花が飛び、金属の焼ける匂いが鼻を衝く。

 アエリアの剛剣が揺らぐこともなく一撃を止める。

 「小癪な、少しはやるようだな」

 両手に豪剣を持つアエリア、その剣は刀というより巨大な鉈だ。

 切れ味よりも、打ちつけ圧力で押し斬る剛剣。

 

 陣は混戦の渦となり、巨大な影がぶつかり合う金属音と怒号が響き渡る。

 悠久を超えて古戦場に飲み込まれた魂たちが、怨念となり満ちてくる。

 世界から色を、音を、熱を奪い、流された血を吸いつくそうと待ち構えている。


 ブゥゥゥン モノクロの怨念を弾き飛ばし白のイージスが再びやってくる。


 『リンジンさん、その兵は左利きよ、騙されないで』

 「なんとっ、そんなことまで解るのか」


 『タスマン少尉、あなたの相手は鎧の下には何もないわ、思い切り撃ち込んで』

 「了解だぜ、姉さん」


 『ミヤビさんたちの相手は、盾の後ろに目つぶしを隠しているわ、気を付けて』

 「また助けられたわね、恩は返すわよ」


 『藩主トウコ、そこから下がって、蟻獅子の旋風に巻き込まれるわ』

 「また、聞こえた、いったいどこから?」

 「トウコ様、早くこちらへ、危険です」

 

 双鉈のアエリアが技巧など無視して歩を進める、2.8mの一歩は縮地を上回る速さで迫る、巨大であることは、それだけで脅威だ、身長が持つ間合い、体重による威力。

 全てが乗算で増す、努力や技巧を踏み潰すのに十分な大きさをアエリアは有していた。


 ブンッ 右上段 ブオン 左横払い

 十字に巨大な鉈が空を斬る、ヒョードル将軍は、この鉈を受けに行って4分割されたのだ。

 アエリアの一歩を蟻獅子は2歩を使って躱す。

 2.8mが振り回す巨大な鉈の懐は蟻獅子のハルバートよりも深い、単調な攻撃が絶技になる。

 「どうした蟻獅子、逃げてばかりでは戦いにならんぞ」

 「……」

 蟻獅子は何かを狙っているのか、躯の師匠の教えに無名の絶技はあるのか。


 リンジンの居合の一閃、オーガ兵の左手親指が中を舞い、剣が地に落ちた。

 囲碁の盤を進む碁石のように縮地が碁盤の星を刻み、フルプレートアーマーに僅かに空いた首元、天元に長刀の切っ先が吸い込まれた。

 「がばぁっ」

 オーガ兵の首から血が噴水となり血煙となって陣に巣食う怨念に吸い込まれていく。

 リンジンが切っ先を振り不浄なる液体を白刃から吹き飛ばす、その額に汗はない。


 タスマン少尉の幽霊の縮地、視点が揺れないことが正確な打突を産む。

 オーガ兵が振り下ろした剣を潜り、右手肘に極至近距離から左フックを見舞う。

 ビキィツ パキ

 ネックナイフの刃をわざと折りアーマーに刺さったまま残す、内側に棘が生えた状態になりオーガ兵は右手を封じられる。

 「ぎっ、きさま卑怯な真似を!」

 「アーマーの下には何も装備してないなんて不用心だなー」

 「貴様らごときにいらぬわ!」

 「じゃあ、遠慮なく」

 オーガ兵に密着したまま、真後ろにつくと、短い右ストレートが脊椎の神経束に打ち込まれる。

 下半身へ伸びる神経を切断されたオーガは痛みなく両足の機能を失う。

 ドシャッ

 糸を切られた人形のように崩れ落ちる。

 「貴様、何をした、足に力が入らん?」

 「脊椎の神経を切断したんですから、もう一生立てません」

 「そっ、そんな馬鹿な」

 「まあ、もう死んじゃいますけどぉ」

 ドスッ 冷たく鋭利なネックナイフがその首に差し込まれる。

 「どうですか、痛くも苦しくもないでしょう、僕はみなさんみたいなサイコじゃないですから、優しく殺してあげますよ」

 タスマン少尉が立ち上がった時には、オーガ兵の瞳は白く濁り、力の抜けた身体は陣の土の中に沈みこんだ。


 目つぶしを隠し持っているとの情報を得たミヤビたち3人は通常の戦法ではなく、オーガ兵を中心に三角形に取り囲み、左周りしながら背後から攻撃する。

 ガシィッ 

 「ぐおっ」

 盾剣が上体に攻撃を意識させ、ミヤビの薙刀が脚を払う。

 ドッターン

 巨体がバランスを崩してすっ転ぶ。

 リンがすかさず止めを刺しに行こうとするのをミヤビが制止する。

 「まて、リン、目潰しがくるぞ」

 オーガ兵が盾の後ろに隠し持っていた粉をまき散らす。

 「おっと、あぶない」

 「女神様に感謝ね」

 ミヤビが風上から遠い間合いで薙刀を打ち付ける。

 「ちいっ、くそ」

 オーガ兵が堪らず盾で防いだ左半身の隙を盾剣が襲う。

 ドシュッ グサッ

 アーマーの空いた脇の下や内股に盾剣が突き立てられる。

 「があっ、ひいぃぃ」

 「オーガ女の恨みを思い知れ!」

 「やっ、やめろ、たっ、助けてくれぇ!」

 堪らず盾を左に振ったところを薙刀の突きが首筋に打ち込まれた。

 ガシュッ

 帷子も粉砕して首を半分近くまで削り取る。

 「打ち取ったり!!」

 3人が盾と薙刀を空に掲げて打ち合わせる。

 陣の中に生存しているオーガはいよいよアエリア1人のみとなった。


 ギシッギシッギシッ 奥歯が張りすぎた弦のように不協和な音を響かせる。

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