第27話 孔雀青
能面の鬼、アエリア王子、オールド・オランド王位継承第2位。
冷徹な仮面の下には、短気で残虐な顔が隠れている。
未だに一人として各陣に散った百人長たちが戻らない切歯扼腕が限界に達しようとしていた。
「遅い……」
「なぜ、誰も参集してこぬ」
ギリギリギリッ
巨大な奥歯から金属を擦り合わせたような不快な音が、陣の隅々まで響きわたる。
オーガ兵たちが一斉にアエリア王子から、そそくさと距離をとる。
「はっ、私がみてまいります」
「では、わたしは西の陣へ」
この場を離れるために我先にオーガ兵が走り出していく。
陣の中央には4分割された人だったものが散乱していた。
ヒュードル将軍だったものが縦に二つ、上下で二つの物体となっている。
本陣の勝負は一撃で決した、ヒョードル将軍も人間としては規格外の2.2mの体躯と巨大なツーハンドソードを操る達人であったが、真っ向からの力勝負で2.8mの怪物に挑んでは上段からの剣撃に剣ごと粉砕されてしまった。
動きはそれほど早くないアエリアだが300キロを超える体重から繰り出されるエネルギーは作用反作用の法則を無視しているような剛の剣。
圧倒的な力の前には小細工など無用、全てを蹂躙し、圧し潰し踏みつぶす。
「おい、そこの残骸をどけろ、目障りだ」
「はっ、ただいま」
「まったく、人間の男の肉など固くて食えたものではない、血も臭い、生きていても死んでいでも味気ないことだ」
オーガに死者に対する尊厳という考え方はない、死ねば肉の塊に過ぎない。
食えるか食えないか、獣も魚も人間、エルフも食物連鎖の中では同一だ。
特にアエリアはオーガの男以外を餌としか考えていなかった。
オーガ兵たちが4分割されたものの手足の先を摘まんで端に放り投る。
ドシャと内臓がぶちまけられる。
「ひいいっ」
見届け人として参列していたエチダ藩主トウコに飛沫となって降り注いだ。
「なっ、一太刀でも剣を合わせた相手になんと無礼な!」
声を震わせたトウコにチラリとだけ能面の目が動いたが無表情のまま、その薄く柳の葉を張り付けたような口が嘲笑する。
「一撃で頭を割られて絶命しおったくせに、一太刀でも剣を交わしたとは笑わせる」
「女、こんな程度の武人しか寄越さないとは親書を読んでいないのか、さては我らを舐めているのか、どちらかであろう」
「くっ、かくなる上は!私が相手になってやる、勝負だ」
トウコは逆上していた、ヒョードル将軍は紛れもなく人間族最強と言われていた男、だがただの一撃、受け流すこともできずに粉砕された。
自分が挑んでも勝てるはずもないのは百も承知、他の陣も同じことになっているのだろう、人間は蹂躙される。
自分だけおめおめと帰ることなど出来ない。
玉砕しなければ示しがつかない。
「冗談はよせ、オーガには女と戦うような軟弱者はおらん、それに女の肉は好きだがババアの肉は男と同じで固くてかなわん」
「ぬううっ、どこまでも愚弄するかっ」
剣を抜き切っ先をアエリアに向ける。
「小さい犬は良く吠えおる、それほど死にたければ、誰か相手をしてやれ、どう嬲っても良いぞ、誰か手を挙げろ」
部下たちに目配せすると、アエリアの隣にいた兵士が手を挙げた。
「アエリア様の聖剣を女の血で汚すわけにはいきません、我がお引き受けしましょう」
トウコの前に進み出て構える、平均的なオーガだが並び立てば倍の質量差がある。
トウコが死を覚悟したその時、各陣へ繋がる道に人の気配が現れる。
「!?」
「やっと帰ってきた……か!?}
北韓の陣の方向から上がってきたのは小さな影だ。
「おや、ヒョードル将軍殺れちゃいましたぁ?」
素っ頓狂な声を上げたのはタスマン少尉だ。
「タスマン少尉!生きていたの」
「ええ、牛丼のモラクスさんやっつけましたよ、あれ違うな、まあいいか」
「やっつけた……だと!?」
アエリアの能面に初めて表情が現れた。
「まあ、ちょっと助けてもらいましたけど」
ガッシャッ、ガッシャッ
今度は西陀の陣の方向から複数の足音が近づいてくる。
「間に合ったようだね!」
「これからが本番だよ」
「姉じゃ、それさっきも言ったわよ」
「ミヤビ、リン、アオイ」
「藩主トウコ、ご無事ですか」
「鞭撻のバラムはどうした」
「蜂に頭を刺されて死んだわ」
「!?なんの話だ」
「あんたにも見せたかったね、変態野郎の無様な死に方を」
ミヤビが薙刀をアエリアに向ける。
「トウコ様―、トウコ様―、ご無事ですかー」
南里の陣の方向から走ってくるのもやはり人間だ。
「イイノ、カゲトラ、ケンオウ同心!」
「みんな、よく無事で」
「それが、我々のところにオーガは現れませんでした」
「その代わりに、黒蟻の不気味な鎧武者が……」
あとを追うようにオーガ兵が駆け込んでくると。
「アエリア様、南里の陣手前の竹林の中でエリゴール様が、氷のエリゴール様が首を撥ねられ死んでいました!」
トウコが『あなたたちが?』というようにイイノたちを見る。
「違います、我々ではありません、やはりあの鎧武者がやったに違いありません」
ギシッギシッギリリリリリリリ
「何の音!?」
能面がいよいよ能鬼に変化し、自分の歯が砕けんばかりに音を発てる。
「ことごとく百人長どもが人間に負けたというのか」
「そういうことになるね、ちょっと驚きだ」
最後に東崖の陣から現れたのは長刀を携えた長髪銀髪に白軍服のエルフ族リンジン。
「私の相手をしたオーガ兵、副将ダバンだったか、卑怯者の弱者よ、隠れていた20騎も
帰ってくることは無いと知れ」
「貴様が、エルフの貴様が20騎をダバン諸共屠ったというのか」
アエリアが立ち上がる、まるで能面を被った巨大熊だ。
スラリとリンジンが鞘から長刀を抜き居合の構え。
「残念ながら、儂が屠ったのはダバン一人」
「では誰がやったというのだ」
「どうやら古戦場には怪物がいるようだ、2人も」
「あたし達も知っているよ、神弓アルテミス」
「俺も聞いたぜ、ローレライの唄声」
「そっ、そして黒蟻の狂戦士」
全員が振り返ったそこに……
黒い霧のオーラを纏った影が忽然と陣に現れる、鉛色に銀の光が煌めくハルバートが、唯一そこに立つものが幻ではないと知らせている。
悪い夢を見ているように非現実的な風景。
黒蟻の目に孔雀青の冷たく深い鬼火がアエリアを捉えていた。
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